第8話 望みはない

「待て、アウラ! 撃つな!」


 マスターの危機だ。空間圧縮技術を利用したウェポンコンテナを起動させる。

 虚空から巨大な槍じみた電磁加速機関銃レールマシンガンを構えるアウラ――その彼女をとどめるようにレイジが重ねて命令を伝える。

 十年の間、ずっと父親と再会し、家族らしい関係を気づくことを願っていたレイジにとっては、父との和解は何にも代えがたい悲願だった。それを成せるなら、自分の命を危険にさらしても惜しくはない。

 だがレイジの安全保護を何より優先するヴァルキリーのアウラにとっては、マスターへの加害は絶対に許せない。


「ですが……」


 どうすればいい、そう困惑するアウラに、トバが面倒そうに口を開いた。


「V-P、第一世代。認証コードは998453、『システムリセット』」

「う……?! 」


 聴覚から入り込む言葉はアウラの脳髄に侵入すると、まるで操り人形の糸が切れたかのように彼女の五体から自由を奪い去った。

 驚愕で目を見開くアウラ。手足が萎え、体が動かない。

 呼吸器など生命に必要な機能は生きているが、眼前に表示されるシステムメッセージは完全に異常をきたしていた。

 

「アウラ?!」

「緊急停止コードだ。その程度の備えはしている。

 ……ふん、第一世代オリジンが生んだ第二、第三世代の戦闘適合人類ヴァルキリーは人間の血が混じり、兵器としての確実性は薄れているが……ほぼ機械と変わらぬ第一世代オリジンならこういう手も効く。

 覚えておくがいい、最強が常に最善とは限らぬのだ」


 レイジが焦りの声をあげれば、アウラはままならない五体を床に横たえながら……主人を守れない焦りと、彼に心配してもらえているというかすかな喜びを覚える。

 レイジは動けない。

 彼はけた外れの雷撃能力者だ。その気になれば自分に拳銃を向ける父を焼き殺すのも難しくはない。

 しかし……父は認められたかった唯一の相手。彼を自分自身の手で殺める……それは自分自身の愛する心を切り捨てることに他ならない。

 

 何かを愛するという事は、自分自身を含めたすべてのものに優先順位をつけること。

 レイジは自分自身が殺されたとしても、家族を欲する気持ちを捨てられなかった。それこそが完璧な力を持った彼の、人間的な不完全性だった。


 レイジは穏やかに笑った。 

 今では父の野心の道具だったユイトが……幼い頃は仲の良かった双子の弟が羨ましく、十年近く父と暮らした事実が妬ましい。

 

「……ユイトは?」

「……」


 トバは不機嫌そうに眉を寄せる。話したくはないのだろう。


「弟です、再会して話をする程度ぐらい認めてほしいのですが」

「会ってどうする。……そこの、機械女でも連れて見せつけてやるのか?」


 トバはちらりと視線を……全身が自由にならず、手足が萎える体をどうにか起こそうと、必死になっている。


「マスター……お、に、げを……」

「家族の会話に入るな、アウラ」


 レイジもまたアウラを見てはいなかった。

 今はただ自分を愛してくれない父に対して苦しみと悲しみの視線を向けるのみ。

 そしてトバがレイジに向ける目は、人生の障害物をどうにかして除こうという、ひどく乾いた敵対の意志だ。

 

 レイジはその目が我慢できなかった。自分は父のことを愛していたのに。十年間ものあいだ、お父さんと呼びたかったのに……愛する気持ちがまるで報われない事実に心の奥底で怒りが煮えたぎる。


「ユイトはあなたの研究のための大切な道具……」

「それが、なんだと」

「……なら……ユイトの首を持ってきたら、あなたはどんな顔をする」

「き、貴様ぁ! 奴に手出しはさせんぞ!!」


 レイジにとっては父から感情を向けられるならば、愛していた弟の命さえ、惜しくはない。

 顔面蒼白になりながら入り口をふさぐように動き、トバは拳銃を構えた。 

 最後の台詞だけを聞くなら、我が子のために命を賭ける父親の感動的な光景だが……レイジも父が探求に身を捧げ、それ以外にはかけらも興味を持たない科学に魂を売った男なのだとわかっていた。

 

「お父さん。確かにその拳銃なら私を殺害できるかもしれませんが……あいにく、お父さんは戦闘のプロじゃない。

 ……肘と背中は曲がり、呼吸は荒くて腕が上下している。まともに当たる構えじゃない。胴体、頭蓋に当てて私を戦闘不能にできるならともかく……殺し損なったなら……私はユイトを追いかけて、殺します」

「ま、待てぇ! 何が……何が望みだ!」


 は、とレイジは笑った。

 ここに来る前には望みがあった。ユイトと父と再会し、子供の頃のようにおだやかな家族を持ちたかった。

『上』にあるのは冷酷な権力闘争と、見せかけの情愛だけ。見せかけの情愛の最たる存在、ヴァルキリーのアウラに冷たい一瞥をくれてレイジは進む。

 父との距離が近づく。

 接近は命中率が高まり、自分が死ぬ恐れがあるが……それでもよかった。

 愛されない未来が永遠に続くよりも。天運というものに自分の未来をゆだねてみる気になったのだ。


「望み? 望みはすでについえた。あなたが潰したのだ、父さん」


 レイジは悲しそうに微笑む。


「もう何もかも……どうでもいい」

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