第7話 どうして愛してくれない



 山中の開けた道路の中、ハッチを開いたままのトレーラー付近へと飛行艇が着陸する。

 レイジ=トールマンはそばにヴァルキリーのアウラを引き連れたまま、車内へと足を踏み入れた。

 トバ=トールマンはおっくうそうに倉庫の壁に背中を預け、じろりとレイジを見据えた。


「うまく撒いたと思っていた。『上』の連中とわしは話をつけて地上に降りたし、村長を介してわしらの身分は明かさぬようにしてたんだがな」

「カズラという自警団の男が教えてくれました」


 その言葉に、トバ=トールマンはきょとんとした顔で首を傾げた。

 彼にとってはそんな名前など記憶に残すほどの価値もない小物中の小物。まさか義息子のユイトに対する逆恨みと、村長の迂闊な発言が、レイジをここに招き寄せる結果をもたらすなど想像もできない。

 頭がいいからこそ、馬鹿が予想外の行動を起こすというのは計算外にもほどがあった。まるで取るに足らない路傍の石にけつまずいた様なものだ。

 レイジは強化スーツの仮面部分を開放し、素顔をさらしながらトバを見下ろした。

 眼差しは、自分を捨てた父親に対する溢れんばかりの悲しみで満ちている。


「お父さん……どうして、どうして……私を捨てたんですか」

「わしを父などと呼ぶな!」


 だが、縋りつくような悲し気な声を受けても、トバは不快気に怒鳴り散らすのみ。

 レイジは切々と狂おしい気持ちを訴える。


「納得できません! お父さん、私は完璧だった! あなたによって生み出された電撃能力ボルトキネシスの能力者だった私は、単独でヴァルキリーを上回る力を見せた。地上から『上』へと謀反を目論む連中だって叩き潰した!

 こんなにもできる息子だったのに……あなたは……一度だって私を褒めてくれたこともない!」

「レイジ様……」

「……すまない、アウラ。だが命令あるまで発砲は控えてくれ」


 そばに控えるアウラは、ゆっくりとレイジの横に回った。

 自分のマスターであるレイジをそばで見ていたからこそわかる。生まれながらにして選良であったが、力あるがゆえに誰からも距離を置かれ、親愛からほど遠い生活を送っていた。そんな彼は誰かに愛されたいのだと、認められたいのだとアウラにはわかっている。

 だが、アウラが何度言葉を尽くしても、彼の孤独や寂寥感を和らげることはできなかった。

 ……ずっと昔。レイジはもっと幸せそうに笑っていたはずなのに。彼のそばにはもう一人、仲良くしていた人がいたはずなのに――だがそれが誰かもわからず、アウラは沈黙を続けた。

 ひそやかに警戒モードに移行する。トバが腰に一丁拳銃を隠しているとスキャンしたからだ。

 トバは苛立たし気に立ち上がり、怒鳴り散らす。


「わしがいつお前の父親などといった! お前など老人どもから予算を分捕るために生み出した道具にすぎん!

 父だと?! DNAに改造を施し、培養槽ごしに経過観察してはいたが、親とはそういうものではないし、なったつもりもない!

 お前が勝手に父親の役割をわしに押し付けているにすぎん!」

「なら……どうしてユイトは! 弟は手元に引き取ったんだ! どうして……私ではいけなかったんですか、お父さん!!」


 どうして、彼だけが。

 双子の弟で、『上』では一緒に暮らしていたユイトのことを、レイジは憎んだことはない。だが嫉妬していた。

 完璧で優秀だった自分と違い、電撃能力(ボルトキネシス)に最後まで目覚めなかった弟。

 周りの人間がレイジを褒めたたえる中、父からの賞賛だけを得られなかったのに……父は自分ではなくできそこないだったはずのユイトのみを手もとに置いたまま空中都市艦を出たのだ。

 どうして完璧ではない弟のほうを大事にするのか、と困惑と憤りはまだ心の中に染み付いている。


 そんな困惑と怒りを浴びても、トバはつまらなさげに吐き捨てるのみ。


「ハッ……わしの専門研究が何か覚えているか。生体強化学だ」

「存じています。アウラのようなヴァルキリーも、私のような超能力者も、その研究をもとに生み出された」

「そうだ。そして学問、技術には、決して欠かせぬものがある」


 トバは出来の悪い息子に失望したような目を向ける。

 そんな視線を向けられるだけでレイジには……親と慕った人の失望を買ったという恐れが震えのようにせりあがってくる。


「それは……万人が利用できるということだ。

 ……わしは確かに超能力を使える人造人間であるお前を作り上げた。だがその恩恵にあずかれるのは、レイジよ。お前自身のみ。

 だがわしが確立したいのは、雷電のエネルギーを吸収し、我がものとする超人生成システムの確立だ。そのために普通の人間とは何ら変わらず、しかし電気エネルギーに対する強力な耐性を持つユイトが必要だ。

 奴が成功するか、失敗するか……それは分からない。だが限りなく生身の人間と変わらない奴が、雷の超自然エネルギーを経脈へと導き、超人となれば……あるいは失敗したとしても、そこから得られるデータがあれば、検証できる。

 完璧に一歩近づくのだ。

 ……だから、最弱である常人の身から至強へと至らねば意味がない。

 レイジ。お前は最初から強く完璧だ。だからこそ……わしの求めるものはお前にはない」

「それが……私を捨てた理由なんですか、お父さん!」

「そうだ。お前など不要だ」


 その言葉と共に、トバは拳銃を構える。必要のないものを処分する、感情の見えない冷酷な眼差し。

 レイジは……10年前自分を捨て、ようやく再会の叶った父親から愛してもらえないとようやく悟ると、泣き笑いを浮かべた。


「そんな拳銃で、私を殺せるおつもりですか……お父さん。あなたの言う通り、私は完璧なんですよ」


 完璧であったからこそ、父親から愛されたなかった。

 その皮肉な現実にレイジはため息をこぼしながら立ち上がる。スーツの性能、そして己が雷撃能力ボルトキネシスによる電磁装甲ヴォルテックスシールドはミニガンの斉射さえ食い止めるほどの力がある。

 だが、レイジの考えを打ち砕くようにトバは答えた。


「お前こそ、わしが誰か忘れたか。お前の能力はお前自身よりも知り尽くしているとも。

 この拳銃は大型の徹甲弾を発射できるように改造した特注品。

 そして電磁装甲の中和弾頭を搭載した代物よ。

 狙いを外せばわしは死ぬだろう。だが胴体に当たれば問題なくお前を殺せる」

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