第5話 嵐の騎手

 次の日の朝方。ユイトとトバの二人は山奥へとトレーラーで進んでいく。これから山中にある他の風車の点検をしに行くという。

 いつも村のために骨身を惜しまず働いてくれる彼らを送り出すために保存していた肉を包んでやる。手を振って見送る村人に、トバ=トールマンは一瞥もくれず。息子のユイトは手を振りながら皆に答えた。


「あの子が次に来るのはだいぶ先か」

「根無し草だがいいやつだ。そろそろ村の娘にもそれとなく見合い話でも向けてみたらどうだ?」


 ユイトがこの風車村を第二の故郷のごとく大切に思っているように。村人たちも周期的に顔を出す男の子を親戚の子供のように大切に思っていた。

 ケーブルの埋設工事をしても、モノを運ぶ仕事はなくならない。いっそこの村で家庭でも持ってくれないもんかと、親戚さながらのお節介話に花を咲かせて。



 それは嵐と共にやってきた。

 

 

 まず異常の予兆は――急な天候の変化から始まった。

 

「おい……」

「ああ……天気の代わりが早いな」


 村の中からでもはっきりと姿が見える巨大な風車。

 その回転が常よりもだいぶ早い。風は湿り気を帯び、空に墨を流したような黒雲が沸いてきた。


「都市部から送られてきた情報じゃ、今日は快晴のままだったんじゃないのか?」

「天気予報は万全じゃないとはいえなぁ……」


 そう囁く村人は――遠方の黒雲に瞬く雷光の瞬きを見た。


「雷雲……? 急すぎる」

「おい、放牧してた連中を戻せ!! ……トールマン親子にも連絡だ!」

「だめだ、親子とは通信がつながらん。……だがまぁ心配するな。あの親子なら急な雨風にも慣れてるだろう」

「窓のシャッターを下ろせ。もしかすると嵐かもしれん!!」


 急激な気候変動とそれに伴う大量の豪雨は、彼らの財産を押し流し、死者さえ出すかもしれない。

 それでも適切な防衛手段を即座に取れるのは、彼らがモンスターと自然の脅威に備え、生き延びるすべを体得してきたためだ。

 連絡を受けた村人たちが養羊場に羊たちを囲い込み、それぞれの家に戻っていく。

 指揮所代わりの村長の家で、村人はコンソールを操作する。

 村の周辺には振動検知センサーが事前に埋設されているし、村の外周には防衛用のタレットがある。それらを起動させれば一安心だ。


「強くなって……きたな」


 次第に村の中に吹き付ける突風は強さを増していく。

 村人たちは温まるようにヤギの乳を沸かし、チョコレートに煮溶かして飲む。暖かく甘い飲み物は不思議なまでに元気が湧いてくるものだ。

 避難は終わった。これで一安心だと……そう思った時だった。


 村長の家の中で、突如として通信機から呼び出し音が響く。

 彼らは顔を見合わせた。この通信機の電波が届く距離はそれほど長くない。たいていは村の近くで放牧している仲間と連絡を取るためにしか使われない。

 そして放牧していた仲間が全員無事でそれぞれの自宅に帰っているのは確認済みだ。

 いったい誰から? 疑問と不安は残されたままだが、村長は全員に声が聞こえるように設定し、意を決して受話器を取った。


「……はい。風車村だ……誰なんだ」

『……そちらの村から通報を受けた。空中都市艦『ノア』より脱走したトールマン親子の所在を知るためにやってきた調査部隊になる。ひいては着陸の許可をいただきたい。その村にいるカズラという人物と話をしたいんだ』

「カズラが?! い、いや……それより『上』の……?」


 村長はこの一件が孫の引き起こした愚行ゆえと気づく。

 だがそれと共に、村長は恐怖で息を呑んだ。『上』がかかわっているならこの急激な天候の変化に一つ心当たりがあるからだ。


「こ、この急激な天候の変化……まさか! ……今ここに『嵐の騎手ストームライダー』が来ているということか?!」

『自分でそう名乗った訳ではないがな』

「わ、わかった。許可する!」


 青ざめながら許可を出し、迎え入れる準備を始める。

『上』と敵対するという訳ではない。しかし相手は空中都市艦に住まう選良たちへの反逆を目論むものを焼き尽くした人類最強の異能者。自然現象さえ操る超人だ。もし応対を間違えればこんな小さな村など一人で滅ぼせるだろう。


「トールマン親子に、用だと?」


 そしてもう一つの疑念。

 それは……通信機越しに聞こえた声が、間違いなくユイト=トールマンと同じものだったからだ。





 巨大な飛行艇が、ゆっくりと村の中央へと接近する。

 周りに集まった村人たちは、飛行艇が誤ってぶつけて家を壊さないか冷や汗ものだったが、それを無用な心配というように完璧な着陸だった。

 エンジンがアイドリング状態に移行し、後方のハッチが開いていく。

 


 まず村人が見たのは青の装甲スーツに身を包んだたおやかな美少女だった。

 髪は長く月光をくしけずったような銀。頭頂部からは角にも見えるユニットをつけている。すらりとした肢体はサーベルのようにしなやかで、纏う気配は抜身の刃物を連想させるほどに剣呑だ。目から上を覆い隠す仮面めいたゴーグルのせいで顔は見えない。だが間違いなく大変な美少女だろう。


「うわ、すっげえ美人~」「……おいお前たち! ぶ、無礼な真似はよさんか!」


 品のないヤジを飛ばす自警団の若者たちに、『上』の連中が癇癪を起して射殺しないか、同席している村長は気が気でない。

 彼女からは何ら感情を感じ取れない。その身に纏う武装も強化スーツも村の自警団のものよりはるかに高額ではるかに強力だと分かる。その気になればこんな村など一瞬で灰にされるだろう

 じろじろと嘗め回すような視線の自警団に気が気でない村長だが……そこで彼女の頭から生える角めいたユニットが、頭の周りに付けているのではなく、頭蓋骨を突き抜けて直接脳髄に触れているインプラントの類だと気づいた。


「な、なんてことだ……ヴァルキリー、それも皆が知るような第四世代じゃない……人工子宮で育成され、遺伝子改造を直接受けた第一世代オリジンだ……まだ稼働している個体があるなんて……」


 遺伝子改造によって生み出され、体内に経絡回路(チャクラサーキット)を内蔵する人間の域を超えた超人種。戦闘適合人類種『ヴァルキリー』。

 旧時代の超高度なテクノロジーが生み出した彼女は、仮面めいたゴーグルの単眼式カメラアイを収縮させ自警団らを一人ひとり確認しながら言った。


「通報者、カズラ氏。こちらへ。直答を許します」

「あ、ああ」


 生物としての根源的な部分が自分たちと違う。

 少しでも機嫌を損ねれば死ぬかもしれない。カズラもユイト憎しとはいえ、しだいにとんでもない怪物を招き寄せたのかと不安に駆られる。

 

「……君が、トバ=トールマンとユイト=トールマンを見かけた通報者か」


 ヴァルキリーの少女の後ろ、飛行艇の中から一人の男性が姿を現す。

 高度な強化スーツをまとった男性は、フルフェイスメットを開放し、その素顔をさらけ出しながら前に進み出た。

 その素顔を見て自警団たちはあっと言葉を呑む。

 半日近く前までこの村に駐留していたユイト=トールマンとうり二つの涼やかな容姿がそこにあった。


「な……なんでお、お前、お前がっ、ユイト!」


 カズラは驚きで呂律が回らず。

 明らかに見知った相手に対する反応に、ユイトと同じ顔を持つ青年はそばに控えていたヴァルキリーと目を合わせる。あるいは秘匿回線で会話を済ませたのかもしれない。

 尻もちをついて後ずさる。

 恐ろしい。自分がさんざん侮辱し、痛めつけていたユイトの双子の兄が、このいかにも強そうな男だったなんて。


「ひ、ひいいぃ!!」


 もし自分がユイトにしたことを知られれば絶対に復讐される――そう考え、おびえてカズラは逃げ出した。

 

「その反応。どうやら間違いないようだな。結構。帰っていい」


 要件は終わったと言わんばかりに背を翻し、手をひらひらさせる男を前に、自警団の団員たちは面白くないと感じる。


「な……なぁ、あんた」

「……君たちと同類に思われるのは不愉快だから名乗っておこう。私の名はレイジ。レイジ=トールマンだ」

「あ、ああ。あいつの兄弟かなんかかよ」


 なれなれしい発言を受け、横に控えていたヴァルキリーがひそやかに火器の使用制限を解除する。

 レイジがそれを片手で制さねば、一瞬で飛行艇のハッチは血の海と化していただろう。

 レイジはほほ笑んだ。こちらが名乗ったにも関わらず、自分は名乗らないまま質問ばかりの彼らに対する評価を最低と定めたのだ。

 それを見て無作法を許されたのだと誤解した彼らは言葉を続ける。

『上』の空中都市艦の人間。彼らに気に入られれば、『上』で選良の暮らしができる、そのきっかけができるとでも勘違いしたのだろうか。


「ユイトの奴は強化スーツも使えねぇゴミだったが、あんた違うんだな」

「はは。どこをどうしたらあんたみたいな最高級スーツ持ちと差がでるんだろうな」

「そっちのねぇちゃんもすげえ美人だけど、やっぱ上の奴って一家に一台愛人代わりにヴァルキリー作ってもらえるのか?」


 レイジは穏やかにほほ笑みながら……静かに答えた。


「……私は、辺境の激戦地で戦うハンターと会った時、彼らは常に礼儀正しいことを知った」

「は?」「なにいってんだ?」

「なぜなら彼らの手にはモンスターを倒すための武器がある。礼儀正しくあらねば、自分の頭を仲間に吹っ飛ばされる恐れが付きまとうからだ。そういう意味では君らのいるこの村は、まるでぬるま湯だな。無礼者でも生き残ることができるのだから」


 その眼差しが自警団員たちを見据えたと思った瞬間。

 システムからけたたましい警告音声が響き渡る。異国の自動音声で言葉の意味は分からないが、どこか不吉さを漂わせた音を聞けば何か致命的かつ深刻な事態が発生したと理解できた。


「へ? えっ、ちょ、ちょ待って!」

「曲がらない曲がらないそっちには曲がらな……ぎゃあああぁぁぁ!!」


 ぽきぽき、と、枯れ枝を踏みしだいてへし折るような異音は、スーツによって強制的に関節を逆に曲げられ骨が砕ける恐怖の音だ。

 村長は恐怖に震え、後ずさり……そして、自分が強化スーツもインプラントも用いておらず、ハッキング攻撃を受ける気遣いがないと内心胸をなでおろした。

 自警団の若者たちから次々に悲鳴があがる。

 彼らが着用する強化スーツは次々にリアルタイムでのハックを受け、関節可動域に設けられた角度限界を超える動きを強制される。それぞれが関節を逆に曲げられ、骨をへし折られて激痛に悲鳴をあげた。

 突如降りかかる不幸に泣きわめく彼らを、レイジは見下ろした。


「ち、ちくしょ~……俺らが、何したって……!」

「レイジ様。この無礼なものたちは、いかがなさいますか」

「捨て置け。……村長」


『上』の人間に視線を向けられるだけでも恐ろしい。膝をついてひれ伏す村長からはそんな恐怖感がありありと伝わってくる。

 少しだけレイジは傷ついたような顔をしたが……こんなものだろうとあきらめる。

 レイジ=トールマン。

 地上の人間が『上』へと反乱を企てる際に投入される戦力。単独で強化サイボーグと人型兵器で構成された精鋭部隊を叩き潰した『嵐の騎手ストームライダー』。

 彼が、その気になれば、こんな辺境の村など片手間に滅ぶだろう。

 こんな怪物がそばにいるだけでも恐ろしい。村長は震えながら、早くどこかに去ってくれと願った。


「勝手ながらあなたの電子口座に彼らの治療代を振り込ませてもらった。それから応急処置用の治療薬を置いておく。これで許していただきたい」

「は。はいっ!」


 冷静に考えればこの一瞬で携帯端末も開いていないのに口座番号を突き止め、勝手に入金するとか恐ろしい話だが、今はその気持ちを飲み込む。

 思ったより温情ある言葉に村長は胸をなでおろし。

 レイジは少しだけ悲しそうに目を伏せる。


「……一つ聞かせてくれ。ユイト=トールマンはどんな男だった?」

「へ? あ。はい。……村の機械を整備し、村の仲間が困っていたら骨身を惜しまず働いてくれる良い子です……あの。それがなにか」

「いや。ありがとう」


 レイジ=トールマンは、同じ顔を持つ双子の弟は恐怖の象徴である自分と違い、ただの誠実な少年として受け入れられているのだと知った。

 そのことに安堵と嫉妬を覚えつつも、飛行艇の中へと戻る。

 横に控えていたヴァルキリーの少女が口を開いた。


「レイジ様。村の外側に大型八輪車両のタイヤ痕を発見しました。痕跡からロードマスター社のモビルフォートモデルと考えられます。

 追跡を開始、20分ほどで追いつけるかと」

「ああ。始めてくれ」


 ふわりとした浮遊感と共に飛行艇がゆっくりと浮上を開始する。流れゆく風景を見下ろしながらレイジは思った。

 父であるトバと、双子の弟であるユイトと……これで十年越しの再開となるのか。

 レイジは……『上』では出来損ないとさげずまれていた弟が、自分に仕えるヴァルキリーを愛し気な目で見つめていた記憶を思い出し、言った。


「アウラ」

「はい。レイジ様」


 ヴァルキリーの『アウラ』。

 レイジに次ぐ単一の究極戦力である彼女は主たる彼の問いかけにたおやかにほほ笑んで答えた。

 

「ユイトがこの先にいる。何か……思ったことはあるか」

「いえ」


 双子の弟と十年ぶりとなる再会にレイジはわずかに心に浮き立つものを覚えている。

 なのに。ユイトが恋心を向けていたアウラは、きわめて硬質で機械的だった。

 自分には親し気にするくせに、弟には冷淡で。

 ヴァルキリーである以上、彼女の責任ではないと知っていても……レイジは彼女のこういう部分は好きになれなかった。 




 カズラは這う這うの体で、自分の部屋に逃げ帰りガタガタと震えていた。

 復讐される。

 ユイトとあの男が出会ったなら、その口から今までの自分の所業すべてが明るみにでて報復を受けるだろう。どうしてあんなやつを呼んでしまったのだと後悔しても遅い。

 逃げなければ。この村から。


「ひいいぃぃ!!」


 空で輝く雷鳴がまるで罪人である自分に対する怒りのように思える。

 ここから逃げなければ、自警団の仲間のように全身の関節を曲げられ、骨を砕かれ、無惨な最期を遂げなければならなくなるだろう。

 カズラは銃を取った。

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。



 生き延びるためならどんな悪逆にでも手を染めるつもりだった。 


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