第4話 ハイエナの世紀

 ユイト達が軒先を借りているこの村に正確な名前はないが、近隣にある発電用風車があるため『風車村』と呼ばれていた。

 町の周囲には自衛用のガンタレットが設置されているうえ、最近では若者たちに訓練を施し銃器と強化スーツを与えている。

 村に常駐する自警団たちだが、力を手にしたゆえに彼らは戦う機会に飢えていた。


「なぁ。機嫌直せよカズラよぉ」

「うっせぇ」


 当然だがアサルトライフルはこんな村では貴重品。

 先端を切断され、自分用の獲物を失ったカズラは屈辱感に打ち震えながら村の中をずんずんと進んでいた。


「へ。まぁスーツも着てねぇ奴に剣突きつけられて小便ちびってりゃ不機嫌にもなるよなぁ」

「てめぇ!」

「お? なんだ、やるのかぁ?」


 にやにやと嘲る笑いを浮かべながら自警団の仲間が答えた。

 不快気に吐き捨てカズラは彼らから離れて、村の一番奥……村長のいる小屋の中に入る。


「なぁ村長……俺の話は聞いてくれたかよ」


 老いた村長はカズラの言葉に首を横に振った。


「……お前はなんと冷酷なことを言うのだ。カズラ」

「だがユイトとその親父の二人はもうこの村にゃ用なしになるだろ。

 ……別に手伝ってくれなんていいやしねぇよ。ただちょっと、ちょー……とだけ、眼を瞑ってくれりゃこっちで片付けるからさ。

 どうせあいつらは根無し草。どこで野垂れ死のうが騒ぎ立てる親戚もいない。あいつらを殺して車を奪えば結構な収入になるだろ」


 あの一家は巨大なトレーラーを運送業に使っている。ロードマスター社の『モビルフォート』モデルだ。

 舗装された道路ではなく劣悪な悪路をまるでスケートリンクでも滑るかのように滑らかに滑り、それでいて確実な減速、制動力も備えている。急な傾斜を階段でも行くように力強く駆け上がるパワーも備えた一級品だ。

 都心部でもめったに見ない高性能の車体。彼らの一番の財産だろう。

 ……あのトレーラーを売りさばいたらどれだけ高く売れるかはまだわからないが、少なくとも脳天にぶち込む弾代よりは高額なはずだ。


「彼らはこの村に、長年物資を運んでくれた運送業者だ。どうしてお前は……そんなにも血も涙もないことを言える」

「どうせ余所もんだろうが。あんたらこそ、どうしてよそ者をああも歓迎する?」

「……信義のない取引を続けても最後には破綻するのだと……どうしてわからん」

 

 村長は大きくため息を吐くと……馬鹿げた意見の孫を思いとどまらせるため一つ教えることにした。


「お前は知らぬだろうから教えてやるが……彼らは別に騒ぎ立てる親戚がいないわけではないぞ」

「は? ……だったらなんだよ。どうせそいつも運送業者なんだろ? だがこの近くの運送業者なんてあいつら程度だ。わざわざここまで来て死因を探ろうなんてやつがいるわけ……」


 村長は言葉ではなく、ただ無言のまま指を上に向ける動作を返事とした。


「な……なんだよ」

「二人は『上』の、われわれを見下ろす空中都市艦から追放された人間だ。

 いいか、『上』にはかかわるな。それが地上に住むすべての人間の……一番重要な掟だ」




 カズラは村長の部屋から出ると……近くにあった小鳩程度の大きさの小型無人機を準備する。

 電波通信が聞かない山奥でネット回線用の通話もできない環境では、都心部に連絡をつける手段はこういう場合小型のデータチップに通信内容と連絡アドレスをまとめて集め、GPS搭載の小型のドローンに載せて都心部へと送り出すのだ。

 もちろんドローンを飛ばすのもタダではない。一度の連絡でそれなりのまとまった金額が必要になるため、数十人の要件をまとめて送り出し、費用を割り勘にするのが通例だ。だが今回カズラは自分のなけなしの金をはたいて通信を送った。


 ユイトに銃を切断され、仲間内でのカズラの地位は下がった。

 カズラが失った面目を取り戻すにはユイトに対して上位であると示さねばならない。



 ……だが、カズラはそれを一人でできなかった。

 ユイトと彼の父トバを殺害する提案をしたのも、カズラ一人で事を成し遂げる自信がないせいだ。自分は銃も強化スーツも持っている。もう一度戦えば勝てるはずだ。

 なのに、目の前に突きつけられた切っ先の冷たさが彼の肉体を恐怖で金縛りにする。一度染み付いた『敗北』は彼から自信を奪い去っていた。


「……通信内容は……追放された『上』の人間が、この近くに潜んでいる。何らかの犯罪行為を目論んでいる……そういっときゃいい。きっと反応があるだろ。へへ」


 村長はカズラに思いとどまらせるためにトールマン親子の秘密を教え、手出し無用と諭したつもりだったが完全に裏目に出た。

 彼にとってはユイトが自分の上にいるのが許せない。だが一人では勝てないから……もっと強大な力を借りる。

 本来なら底の浅い目論見。誰も見向きもしない情報だが……。

 

 不運にも、敵を招き寄せる結果となった。

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