第2話 おめでとうって言ってるだろう?

 地方の山間の小村。

 通称『風車村』。

 もともとは旧時代に存在していた大企業が、山中に設計した巨大な風力発電施設のメンテナンスチームを原型とするらしい。

 ネットワークに凶悪なウイルスが流布し、のちにモンスターと呼ばれる生物兵器が撒き散らされた《破局》だったが、この小村はネットもつながらない僻地だったことがかえって良い方向に働いたという。



 のどかだ。

 ここは気候的に涼しく過ごしやすい。

 周りでは村に住むおじさんおばさんがヤギの毛を刈り取り、ふわふわした綿毛みたいな毛をまとめている。

 これらは100パーセント天然羊毛として都市部の金持ちが大金で買い取ってくれるのだ。それにヤギの乳や肉は基本的には都市部には下ろしておらず、合成肉ではない肉の美味さはまがいものと比べ物にならない。

 この牧歌的な村で生まれ育ち、生涯を終えるほうがずっと幸せではないだろうか――外を知る人間としていつもそう思う。

 


「第一タレットよし……第二タレットよし。……あとはカタクラ都で落としてきたFCSの無料アップデートをインストールしてと……」


 今現在は義父が村長と大事な話をしているらしい。

 長引いているため今は義父がやるはずだった小村の対モンスター用防衛施設の点検を済ませているところだった。

 ディスプレイに表示されるダウンロードの進行が進むまで時間はかかりそうだ。できるならハードウェアも新しいものに用意したほうがいいが、余裕があるわけではない。

 暇つぶしのゲームでも起動させようかと思っていたときに……ユイトは銃声を聞いた。


 断続的な連射音。モンスターの苦悶の声。町の近くに来ていた奴を誰かが射殺したのだろう。

 ユイトは眉をひそめた。この村でもモンスターの襲来に備えて、都市部からハンターを教官役に連れてきて、若者を訓練させたりする。

 ただ……やはり力を持つと増長するものなのか、数名の若者たちは銃を持ち、強化スーツを纏って横暴なふるまいをすることが多く、愚連隊みたいな扱いになっている。

 嫌な奴がくるかもしれない。

 はやく終わってくれないかなぁ、とディスプレイを見守っていたが……やはり間に合わなかったようだ。


「よぉユイト! ユイト=トールマン! そろそろお前の顔も見納めかぁ!」


 ユイトはこの村のほとんどを愛しているが、例外もある。

 それがこの男、カズラだ。 

 身長は180センチ近く。腕にはアサルトライフルをひっさげ、強化スーツをまとっている。 

 体格がよく、筋骨も優れていて幼い頃から同年代の子供同士での喧嘩では負けたことがない。

 ユイトはこの十年近く、義父と一緒にトランスポーターとして生活しているがカズラと会わねばならない時は常に憂鬱だった。この村で食べれる焼き肉がなければきっと家出しただろう。


「カズラ。自警団のお勤めご苦労さん。……今タレットのシステムチェックなんだ。後にしてくれ」

「へ。タレットなんぞなくても俺たちがいる。問題ないさ。なぁ?!」

「ああ、いまさらお前にメンテナンスをしてもらわなくても問題ないぜ」

「俺たちがいる。役立たずは引っ込んでろよ……!」


 ……ユイトの義理の父はエリートだ。彼は息子であるユイトを引き取り、その知識を余すところなく教えてくれる。おかげで車両や大型機械の操縦にメンテナンスもこなし、改造だってできるほどに技術に通じている。

 この村に来るたび大人たちに歓迎されているのは、愛着を持ってほしいという意味もあるだろうが、優秀な技術者に離れてほしくないという下心も含まれているはずだ。

 そんな上の世代に厚遇されるユイトが、若者揃いの自警団は気に入らないのだ。


 ……それは仕方ない。

 ただ、だからといって人目につかないところで暴力をふるったりするのはやめてほしいが。

 

「それにユイト。お前はそもそも……強化スーツを着れないからなぁ」

「……」


 カズラの蛇のような陰湿な嘲笑が突き刺さり、ユイトは腹立ちを込めて手を握りしめた。

 彼らが自分に対して傲慢にふるまう一番の理由は……単純な暴力ではユイトに勝ち目がないからだ。

 強化スーツは着用した人間の戦闘力を飛躍的に高める。シンプルに筋力を増強するだけでも強力だが、脊椎の強化ユニットを搭載したタイプでは肉体の反射速度さえ強化する。

 それに加え、彼らが扱っているアサルトライル……グローバル・アームズテック社のアサルトライフル、通称GAT‐AR04は、強化服の使用を前提とした武器だ。

 威力のある銃は、比例して反動も強烈になる。だが強化服をまとった彼らはたやすく扱ってみせる……たとえ中身がまるで実力のない半端ものであろうとも。

 走り込みや筋力トレーニングを怠ったせいで走れば息が切れるし、銃で敵を狙う際は照準補正エイムアシスト機能がなければまったく当てられない。連中は強化スーツを着る、というより強化スーツの操り人形のようだ。


 そして……そんな軽蔑すべき連中にさえ、ユイトは勝てない。『上』にいた時の処置、体内に埋め込まれたナノマシンのせいだ。

 沈黙したままユイトは腰の後ろに下げた武器を確かめる。

 そんな自分に許された有効な武器。

 カタナだ。


「それで……自警団のカズラ団長は嫌味を言うためにここにきたのか? モンスターを狩ったなら解体に向かったら?」

「あぁ? そんなもん村の爺や婆連中にやらせときゃいいんだよ。

 それより聞いたか? 都市の連中、ようやくうちの村にケーブルを引いてくれるらしいぜ、これでお前とお前の親父ともお別れだなぁ」


 正直な話、お前と縁が切れるならそれもいいな、とユイトは返事しかけたが黙っておくことにした。

 焼き肉は実に惜しいが。焼き肉は実に惜しいが。

 だからユイトは本心を隠してお祝いを述べた。

 

「ああ。おめでとう。……事故で死ぬ人もこれで減るな」


 その回答に、連中は当てが外れたような顔をする。

 ……この村にも医者はいる。ただしあくまで医療プログラムの診断に従って薬を処方するロボット。

 知識や経験が必要な外科手術ができる腕前の医者はいない。多分博学なユイトの義父がここ一キロ圏内で一番マシな医学知識の持ち主だろう。

 だがケーブルが敷設され、同時に有線でネットワーク回線が開通すれば……医者が遠隔で医療ロボットを操作できる。難しい手術も可能になる。そうすれば見捨てるしかなかった重体のけが人の命も救えるはずだ。


 同時にこの村から蓄電バッテリーを輸送する必要がなくなる。それはこの村に立ち寄る理由も失われる。

 6歳ぐらいからずっと、第二の故郷のように思っていた村に立ち寄れなくなるのは寂しいが……これも流れというべきだろう。ユイトは穏やかに笑った。


「なんだその面ぁ!!」


 カズラが叫んだ。

 ……彼は、幼い頃から三か月に一度の周期で村にやってくるユイトが無性に気にくわない。

 昔っから村の大人に大事に扱われてくる客人。科学知識に長け、自分たちではちんぷんかんぷんな機械装置を修理できる村に欠かせない逸材。

 もしこれでユイトが自分たちと同じく、強化スーツを問題なく着用できたらカズラが彼に勝っている点など一つもなくなってしまう。

 カズラがユイトに暴力を働くのは自分の卑近なプライドを守るためだった。

 強化スーツによって倍加した身体能力を見せつけてやれば青ざめて震え、怯えて許しを請うに違いない――自分が上だとマウントを取りたいからこうして威圧的に、恫喝的に当たり散らしているのに……彼の穏やかな笑みを見て、感情はもともと低い沸点をあっさりと超える。


「俺が見てぇのはてめぇの情けねぇ顔なんだよ!!


 ユイトはカズラが背中にマウントしたアサルトライフルを引き出す動きを見て咄嗟に反応した。


(こいつ、正気か?!)


 ……自分は強化スーツを使えない。

 しかし危険なモンスターが徘徊する荒野では、そんなもの何の言い訳にもならない。

 だからこそ自分でも扱えて、強化スーツ相手だろうとも有効なカタナを抜いた。

 短絡的で沸点の低いカズラが相手ならばもしかすると必要になると内心身構え、危急に備えて練習していた抜刀の動作を完璧に繰り出す。

 カズラがアサルトライフルを構え――だがそれより早く銃口の先端を、ユイトの横薙ぎに払った切っ先が見事に両断してのける。


「なっ、なっ」


 自分の目の前でぶった切られる銃。返す刃で突きつけられる切っ先。

 カズラの顔色が面白いように反転する。最初は目の前に切っ先を突きつけられ、生殺与奪を自分がさんざん虐げてきた相手に握られる恐怖。そして知識や技術ならともかく、暴力でさえこの瞬間はユイトに負けているというプライドを傷つけられたことへの激しい憎悪が彼の両目に漲った。

 

 ユイトは剣を突きつける。会話の途中で銃口を向けようとしたなら、それは宣戦布告に近い。その場で両断しても誰も咎めないだろう。

 だが長年流血と無縁だったこの村での穏やかな生活と、怯えた目で成り行きを見守る村の人々の目がユイトの手を縛り付けた。


「てめぇ!」


 ユイトがカズラに暴力で勝っていられるのはほんの一瞬。

 機を逃したユイトに他の仲間が蹴りを叩き込めば彼の体は木っ端のごとく吹き飛び、近くの建物に叩きつけられる。

 ああ、まぁ……そうなるよな、と激痛で顔を顰めていたユイトだが、心の中には不思議な満足感があった。生身の自分でも適切な機会と十分な修練があれば勝てるのだ。

 確かに強化スーツをまとったカズラと戦えば、100回中99回は殺されるだろう。

 しかし勝負とは最初の一度目に勝ち、相手の命を奪えたなら、その時点で決着がつく。

 自分はカズラの生殺与奪を一時手中にしながらも殺さなかっただけ。

 

 お前の負けだ、カズラ。やーいばーかばーか、そんな気持ちを込めて中指を突き立て……ユイトは意識を緩やかに手放していった。



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