銃機世界の武術無双

八針来夏

序幕

第1話 地上にて

 山のふもとから遠くを見渡せば、雲に近い高度を空中都市艦が航行しているようすを見ることができた。

 あれが真上を通り過ぎれば三十分近く巨大な影があたりを覆い隠す。

 あんな巨大な物体を半永久的に空に浮かべられるなんて、《破局》前の人類はどれほどの力を持っていたのだろう。

 


 自分があの空中都市艦に乗船が許されていた幼い日、好きだった彼女は今も兄さんと一緒にいるのだろうか。



 あまやかな恋の思い出と、失った恋の痛みを思い出し、しばし動けなかった。

 ……ほほをなでる渓谷の涼風を受けて、ふと我に返る。


「……おっと、仕事仕事と……」

 

 彼、ユイト=トールマンは自分のやるべき仕事を思い出して視線を周囲に向けた。

 厚手の頑丈な作業ズボンとシャツ、そして手元の作業用タブレットを操る手慣れた動きは腕のいいメカニックのあかしだ。

 それでも職業病か、長いあいだ液晶画面とにらめっこすると目の奥に疲れを感じる。

 こめかみをもみほぐし、顔を上げる。

 見上げればそこには巨大な風車。

 山間を吹き抜け、駆け上がってくる山風を受けて回転を続けてごうごぅと音を響かせている。

 旧時代からも、発電システムの基本的な部分は変わらない。タービンを回転させて電力を得る。ここでは山間を抜けてくる勢いのついた突風を糧に発電を続けていた。


 近隣の村の主産業は風車を利用した売電。

 それと、ヤギや牛など家畜類の放牧。そして汚染されていない土壌での野菜の栽培など。このあたり一帯の村ではだいぶ経済的に恵まれている。

 三基ある直径30メートルの巨大風車の足元には、近くの村の人々が蓄電用のコンデンサを交換していた。これが最後の一つだ。


「いくぞ、そーれっ!」「ふんっ!」


 コンデンサの取っ手を掴んで大人が数名取り囲み、掛け声を上げてトラックに収め、そして代わりの電力が空になったコンデンサを既定の位置に戻す。そのままコードを繋げば……数か月後には電気をたらふく収めたコンデンサができあがるわけだ。

 戦闘用の強化スーツでなくてもいい。作業用の強化外骨格エグゾスケルトンや強化スーツでもあれば作業効率はもっとあがるのだけど。

 その様子を遠目に、ユイトは手元にあるタブレット端末を操作する。

 周囲の地形の中や木々などを積み重ねた偽装で隠している警備用の自動機銃ガンターレットの動作を確認。

 異常は検知していない。幸いモンスターの影も形もなかった。

 警備や整備の手間を考えるなら、対人地雷でも埋設しておいたほうがいいんじゃないか? と提案してくる、知恵者づらのさかしらぶった傭兵連中も多いが、自分はその提案に絶対反対の立場を取り続けている。

 一度地面に埋まった地雷原をもとに戻すのは大変な労力がかかる。ネットワーク通信で地雷を無効化モードに切り替えようと思っても……たった一個、動作不良品が混じっていれば人が死ぬ。そして時間が過ぎれば経年劣化で動作不良品はますます増えていくだろう。対人地雷という選択はその土地に愛着を持たない連中の戯言だ。


「おーい、ユイト! 終わったぞ、あとはこいつらをお前と親父さんに町まで運んでもらうだけだ」

「次に会うのは三か月後かぁ。……毎年会うたび、お前さんはでっかくなるなぁ」

「そろそろインプラント手術もできる年齢だな。いいか、中古はやめとけよ。特に脳直のインターフェイスや神経系は、な」


 話をする村人たちには何人か義肢義足に取り換えているものもいる。

 ユイトは空中都市艦の中で、もっと高性能でしなやかな動きをする、生身の腕とまるで変わらない質感の腕を見たことがあったが、それと比べれば最安価で必要最低限の機能を持てればいいという代物だ。

 もっとも、高性能で高価な義肢を使えればそれだけで幸せというわけでもない。

 物で満たされているから幸せだなんて、そんな事はないのだ。


「俺はポーターだ。インプラントなんて必要ないよ」


 ユイトは穏やかに笑って頷く。ここはおだやかで、幸福に満ちている、

 都市と辺境の村々を繋ぐ配達人トランスポーターにして流浪者。それがユイト=トールマンの生業だった。



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