第4話 天使との戦

俺は猛烈に焦っていた。


クラスの女子とは、我が高校生活2年間の中で合計10分も会話したことはないであろう俺が、学園一の天使と名高い、ひよりんとカラオケにいくことになったのだから、緊張でガチガチになるのは、当然だろう。

しかし、俺が焦る理由はそれだけではないのだ。


俺は極度の音痴なのだ……。


恋愛マスター(知識だけ)のまっつんに、助け船を求めようと、隣を見てみる。

しかし、彼はなぜか背筋をピンと伸ばし、某ミサイル国家の軍人のように、1点を見つめながら規則正しく行進している。


(こいつは、これから戦にでも行くつもりなのか?)


そうツッコまずにはいられないほどのガチガチぶりだ。まぁ、ある意味、我々にとって一大決戦であることは間違いないのだが……。


(しかし、この状況で頼れるのは、こいつしかいない)


楽しげに会話をしながら、前を歩くひよりんと、人間拡声器に聞かれないよう、ダメ元でまっつんにラインで相談をしてみた。


『まっつん、実はおれ音痴なんだ。。。歌わなくても、場の空気を壊さずに盛り上げる方法とか知らない?』


一点を見つめていたまっつんの視線が、スマホに移り、文字を打ち始める。


『お前、肝っ玉ちっちぇえな!たかだか、クラスメイトの女子とカラオケ行くだけだろ。別に一緒にカラオケ行くなんて、友達同士でもするんだから、そんな音痴とか気にせずに楽しめばいいんだよ』


なるほど、これが俗にいう“おまいう”(お前が言うな)ってやつか。


どういう仕組みになっているのかは謎だが、まっつんはライン上では普段のままのようだ。


『楽しむたって、無理だわ! ひよりんに音痴ってバレない方法なんかないの?』


『ったく、しょうがねえな。YAH〇〇知恵袋にお前と同じ相談があったのを見たことあるから、その方法教えてやるよ。とにかく、音痴のやつはアップテンポの曲を歌うと、それっぽく聞こえるんだと』


『なるほどね! さすが、まっつん。アップテンポの曲ね!』


『いきなり、酔いしれ系のバラードとか入れたら、女子もドン引きするからな。テンションあがるようなアップテンポにしておけよ!』


そうこうしているうちに、すぐに駅前にあるカラオケ屋についてしまった。

しかし、ラインのやり取りでいつもの調子を取り戻したのか、まっつんの表情がさっきよりも柔らかくなっていた。

部屋に通され、女子二人がキャッキャと何を歌うか話あっているなか、まっつんがおもむろに曲を入れる。


(おお! さすが、まっつん!! この状況でトップバッターをやってくれるとは!!)


やっぱり、なんだかんだで頼りになるんだよなとまっつんに尊敬の眼差しを向けると、彼はマイクを手に取り、威勢よくこう叫んだ。


「松本、歌います!」


「聞いてください『同期の桜』」


いや、軍歌!

確かにアップテンポだけども!

確かにテンションを上げるために作られた曲だけども!

ってか、軍人の伏線ここで回収しなくていいから!


さまざまなツッコミが脳内を駆け巡るなか、まっつんは『同期の桜』を大声で熱唱する。


「貴様と俺とは同期の桜~♪」


しょっぱなから、軍歌を入れるなんて、女子たちはドン引きだろうと、恐る恐る女子二人の様子を伺ってみる。


「なにこの曲~? 軍歌じゃん! ちょ~、ウケる!! しかも、めっちゃうまいじゃん! アハハハ」


人間拡声器はただでさえデカイ声をさらに張り上げ、腹を抱えて笑いながら、タンバリンで合いの手を入れている。確かに、やつがいうようにまっつんの歌は、うまかった。一方のひよりんはというと、


「この曲、私のおじいちゃんがよく歌うやつだー!」


と言って、ニコニコしながら手拍子をしている。なぜか知らないけど、しょっぱな軍歌でドン引きはしていないようだ、むしろ、意表をついた選曲がウケている気さえする。


まっつんは、これを見越しての選曲だったのか!


彼のファインプレーで、場は一気に盛り上がり、まっつんが歌い終えると、人間拡声器は、


「松本、ちょ~おもしろ~い!腹痛い~」


と、大爆笑している。その高いテンションのまま「次、私、歌う~!」とノリノリの曲をいれ、さらに場が盛り上がる。ひよりもずっと、ニコニコしていてとても楽しそうだ。まっつんは、軍歌で爆笑をかっさらったことで、自信がついたのか、積極的に人間拡声器の歌に合いの手を入れて、盛り上げている。


「あっ、次、私の!」


そう言ってマイクを握ったひよりんが歌うのは、流行りの女性シンガーが自分のことを商品に例えて、取り扱い説明書を、彼氏に説明していくという歌だった。どこか幼さを残した声で、純粋な乙女な恋心を歌う彼女の横顔は、天使という言葉以外では説明ができないほど、かわいらしかった。


思わず、その横顔に見惚れてしまっていた俺は、ひよりんが歌い終わったことにも気が付かなかった。そんな俺の視線を感じたのか、ひよりんはこちらを向き、それまで握っていたマイクをこちらに差し出しながら、笑顔でこういった。


「はい、次、松本君の番だよ?」


ついに来てしまった。せっかく、盛り上がった空気をおれの音痴な歌で台無しにしてしまうかもしれない。そんな不安で頭のなかがいっぱいになる。

まっつんのアドバイス通り、アップテンポの曲を入れたが、それでごまかせるのだろうか。


俺が入れたのは、アップテンポと聞いて、真っ先に頭に浮かんだ。90年代に一世を風靡した有名パンクロックバンドの大ヒット曲で、有名歌手の名前が曲名となったドブネズミの歌を入れた。


「あっ、萩原くん、この歌好きなんだ~! 私もこれ好き!」


「ハハハ。そうなんだ」


乾いた笑いで、緊張をごまかすが、自分の心臓はバクバクと波打っている。

まっつんから教わったアップテンポの曲を入れたのだから、大丈夫だと、

必至に自分に言い聞かせて、心臓の高鳴りを抑え込む。


そして、ついに、曲が始まった――。


「ど~ぶね~ずみ……みた……♪」


(しまったーーーーーーーーーーーー!!!!)


(これ、出だし全然アップテンポじゃねえーーーーーーーーーー!!!!)

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