第3話 天使からのお誘い
「まあ、男子の間ではよく知られた話だけどな、お前友達いねーしな。知らなくてもしょうがないか」
「ちょくちょくおれへのディス挟まなくていいから、とっとと教えてくれ!」
「まぁ、昔の話なんだけどさ、ひよりん、小学校時代は、相当性格悪かったらしいぞ」
「え? あんな天使なのに? てか、その情報ソースは確かなんだろうな?」
「ひよりんと同じ小学校だったやつから聞いたんだけどな。まぁ、そいつもひよりんと小学校時代に一緒のクラスになったことはないらしいから、噂で聞いたって程度だけどね」
「そうか……」
「どうしたんだよ? まさか今の話を聞いて、ひよりん親衛隊を抜けるなんて言うんじゃねえだろうな?」
「なんだよ親衛隊って?そんなもんに入った覚えはないわ! ってか、まっつんも、よくそんな話を知っていて、我が愛しのひよりんなんて言えるよな?」
「えっ、だってめちゃくちゃかわいいじゃん」
「なんだよ、それ! 顔だけで人を判断してんのかよ!」
「そういうお前は、ひよりんの人間性なんて知ってんのかよ?」
「ぅぅ…。確かに――」
「まぁ性格が悪いなんて、人それぞれの感じ方の問題だろう。俺の性格だって、悪いと思うやつはいるだろうし。お前の性格だって、俺は好きだけど、悪く思っているやつだっているだろう。性格なんて、そんなもんだ」
「といってもな……」
まっつんの言うことは、ごもっともだ。どうせ、経験に基づかないネットで仕入れた浅い知識なのだろうけど、まっつんのこの話は深く心に刻んでおこうと思う。
授業が始まっても俺は勉強なんかに集中できるはずもなく、ひよりんのことで頭がいっぱいだった。
(やっぱり、ひよりんって性格悪いのかー。だって、俺の書いたクラスメイトを虐殺していくデスゲーム読んでいるくらいだもんな)
ふと、俺の斜め前に座っているひよりの横顔に目を向ける。
目は大きくパッチリしているのに、控えめな顔立ちで、どこか品がある。顔から優しさがにじみ出るような顔つきだ。
滑り落ちるようなツヤツヤの黒髪は、きれいに一本にまとめられ、伸びたポニーテールは、彼女がノートに文字を記すたびに、かすかに揺れている。
熱心にノートを取っているひよりんは、頭もよくて、テストではいつもクラス上位として名前が張り出されている。それを鼻にかけることもなく、よく放課後に、佐藤や、ほかの女友達に一生懸命勉強を教えている姿を見たこともあった。
(いやー、こんなかわいい子が性格悪いなんてわけはない! 俺の小説はきっとたまたまチラっと見ただけだろう。うん、きっとそうに違いない)
まっつん同様に、自分も顔で人を無意識に判断してしまっていることに、この時のおれは気が付かなかった――。
授業が終わり、万年帰宅部の俺はチャイムとともに教室を出る。
今日は、まっつんも一緒で、学校から駅までの途中、唐揚げ屋『中山』で買い食いをしていくことになった。
店内で、唐揚げが揚がるのを待っていると、昨日と同じように黄色い声が近づいてきた。
ひよりんと佐藤だ。
「あっ、また萩原だ! 松本もいる――」
「はい! お待ちどう。唐揚げ2人前で、600円」
人間拡声器の声と、唐揚げ屋のおばちゃん威勢のいい声が重なる。
そこに、もう一人の天使のような声が食い気味にかぶさってくる。
「あっ、私が払うよ。携帯拾ってもらったお礼!」
急な出来事に棒立ちしている2人と、おばちゃんの間にひよりんが割って入り、お会計を済ます。
「え? いいよ。お礼はチョコもらったし」
突然の出来事に何もできない俺と、固まっているまっつん。
そんな二人に対して、ひよりはにっこりとほほ笑む。
「ううん。いいの、いいの! 松本君は、貸し一つってことで。ね?」
おいおい、まっつん、大チャンスじゃねえか。
「唐揚げのお礼に、今度メシでも奢るよ」とか朝言っていた方法で、今後の展開を切り開いてくれるんだろうな。
そう思い、まっつんに期待のこもった視線を送ると、まっつんは、なぜか背筋をピンと伸ばしてこう答えた。
「はひぃ!」
緊張しすぎたのか、まっつんは「はい」さえ、噛んでまともに言えなかった。今日はお互いの傷を舐めあおう、同志よ。
「またー、ひよりは優しすぎるんだって! 萩原はともかく、なんで松本の分まで奢ってあげるのよ」
人間拡声器のあきれた声が、大音量で響き渡る。
「だいたい、あんたら二人も男のくせに女子に奢ってもらうなんて、情けないと思わないの?」
「はひぃ!」
またしても、「はい」という二文字すら噛むまっつん。しかし、まっつんのことを笑ってばかりもいられない。佐藤から投げかけられた問いに、答えねば。
「佐藤の言う通りだな。右京、携帯拾っただけで、こんなしてもらっちゃ悪いよ。おれにも何かお礼させてほしいな。……そうだ、この後、4人でカラオケでも行こうぜ。俺らが金あ出すからさ」
なんてセリフは俺の顔が佐〇健だったら、言えたかもしれないが、現実は違う。おれは不愛想キャラで通っているのだ。そんな俺が、愛想よく振舞えば、ひよりに好意を寄せていることがバレてしまうかもしれない。そう思った俺が出した結論はこれだ。
「じゃあ、払ってもらった600円、返すよ」
はい、オワタ。ひよりんとの接点はこれですべて消えました。今までありがとうございました。萩原朔人先生による次回作にご期待ください。しかし、ひよりんは、そんなおれの愛想0の返事に対しても優しくこう言ってくれた。
「いいの、いいの。むしろ、ごめんね、萩原君。お礼のつもりが変に気を使わせちゃったね」
「いや……別に……」
お話を終了させかけた俺だったが、人間拡声器の言葉で予想外の方向に展開していくことになる。
「あー、もう! じゃあ、こうしましょう。私たち、これからカラオケいく予定だったから、そのカラオケ代、奢ってよね」
「はひぃ!」
もはや、「はひぃ」というだけの人形になってしまったまっつんの言葉が耳に届いたが、そんなことにつっこんでいる余裕はなかった。
(ひよりんとカラオケに行けるだと!?)
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