第2話 天使の裏の噂

次の日、俺はいつものように学校へ向かい、教室に入った。


「、、、、、、」


教室に入るときはいつも気だるい雰囲気を醸し出す。

本当は気だるくなんかない。むしろ、血圧高めのおれは朝の目覚めはバッチリなタイプなので、本当は、「おっはよー!」と明るく教室に入っていきたい。


しかし、恐いのだ。


明るく元気よく、挨拶しながら教室に入っていて、

もしも、誰も反応してくれなかったら、、、


想像するだけで恐ろしい。「なに、あいつ? なんで急に明るく振舞ってんの? ダルっ」なんて陰口を叩かれるのが怖すぎるのだ。

だから、誰からも話かけられないよう、寝起きで機嫌の悪い感じを出す。


しかし、今日はそんな不機嫌オーラを突き破ってくる人物がいた。


「おはよう。萩原君」


そう、右京ひよりだ。


「昨日はスマホ拾ってくれたのに、ちゃんとお礼も出来なくてごめんね」


「これ、よかったら食べて」


ひよりはそう言って、某世界的有名な赤い箱のチョコレート菓子を差し出してきた。


(マジ天使やん)


と思いつつ、ほとんどしゃべらない萩原に学園一の美女が話かける。

今までありえないシチュエーションにクラス中の視線が集まっているように感じた。

いや、実際には集まってはいないのだろうが、俺はそう感じてしまうのだ。


「おー、ありがとうな!むしろ気を使わせてごめんな」


ぐらいの気の利いた返しをしたいところだが、

いつも不機嫌な雰囲気を醸し出している俺がそんなことを言ったら、

“あいつ、右京の前だとキャラちがくね?”

なんてことになるのは明らかなので、


「あー」


とだけ、返した。


しかも、梱包されている赤い箱に、ひよりが黒の油性マジックペンで、


“スマホを拾ってくれてありがとう”

“とても助かりました”


と女の子特有のかわいらしい文字で書いてある。


(いや、マジ天使! )


……


いかん、いかん。不機嫌な表情を決して崩してはいけない。あくまで、俺は気だるいキャラなのだ。せめて、ありがとうとだけは返さなければと思い、ひよりの方に目を向け視線が合うと、彼女は微笑んだ。

ニコッと音が聞こえ、彼女の周りにキラキラの星が見えたのは俺だけではないはず。


ひよりの笑顔にキャラを忘れて、思わず頬が緩みそうになったので、慌てて視線を逸らす。

そのまま目線を合わせることもできず、お礼も言うこともできず、軽く会釈するのが精一杯だった。


(うん、子宮からやり直すわ)


ぎこちない会釈を見て、ひよりは「ふふふ」と笑って、「じゃあ、ありがとうね」と言って去っていった。


学園一の天使との接点を不意にした俺の後悔はマリアナ海溝よりも深い。

海の底で物言わぬ貝になりたいとは、まさにこういう気持ちだろう。


後悔の気持ちとともに浮かんでくるのは、

なんで、あんな天使のような子がデスゲーム小説なんて、読んでいるんだろうという疑問だ。


(学校生活に、なんも不満なんてなさそうなのにな)


(友達だって多いし、いつもニコニコ笑顔で過ごしている)


(まあ、人間拡声器のマシンガントークに付き合わされているのは苦痛だというのはあるだろうけど、、、)


机で色々と考えを巡らせていると、ヌッと知った顔が現れる。


「フッフッフ。見ていたぞ」


コイツは、俺が唯一クラスで話せる友達、松本壮介だ。


「俺は悲しいよ。学園一の美女からチョコをもらったのに、お前はありがとうの一言も言えないのか!」


「うるせー、おれは朝はテンション低いんだよ」


「情けない。本当は血圧高めで朝からテンション高いくせに。何があったか詳しくは知らんが、女の子からチョコをもらったら、"ありがとう! お礼に今度、中山の唐揚げ奢るよ"くらい、なんで言わんかね」


「こうやって、自然な流れでどんどん彼女との接点を増やしていくのが、恋愛のセオリーだって、何度教えたらわかるんだ!これだから、陰キャはモテないんだよ」


「俺だってわかってるわ、それくらい! そもそも、お前が俺の立場だったらできてたのかよ?」


「えっ? できるわけないじゃん。俺だって朝はテンション低いし」


じゃあ、なんで今はテンション高めに偉そうに講釈垂れているんだよとツッコミたくなるが、それをしていると話が全然進まなそうなので、あえてスルーする。


松本はネットで仕入れた恋愛ハウトゥーをよく偉そうに披露してくるが、典型的な頭デッカチのタイプで実践にはうつせていない。

しかし、それを隠すこともないので、どうにも憎めないタイプだ。


しかし、俺と違って男子の友達は多く、学園内の事情には人一倍詳しい。


「なあ、まっつん。右京って家庭環境とか複雑なのか?」


「我らの愛しのひよりんの家庭環境が複雑? 誰情報だよ?」


「いや、誰かから聞いたわけじゃないんだけど、なんとなく、、、」


「はっはーん!お前、あの噂を聞いたんだな」


「あの噂!? なんだよ、それ?」


おれは身を乗り出して松本に聞くと、やつは眼鏡の奥を光らせて口を開いた。

松本の口からどんな話が飛び出てくるのか。俺の胸の鼓動は早まった。

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