第79話 地下牢に眠るは、蛟の女王

どこまでも、続く地下への階段は、長く、途中、暗闇に呑まれてしまう錯覚に襲われそうになった。青嵐の背丈に、風蘭の衣服は、短く足元が、心許ない。地下から、噴き上げる風が、青嵐の着物の裾を巻き上げる。

「本当だろうか?」

瑠璃光が亡くなるなんて事、ある訳がない。まして、剣で無くなるなんて。青龍の剣を返したばかりではないか?紫鳳がいるのに、そのまま、刺さるなんて事はあるか?だとしたら、紫鳳が、先に倒れたに違いない。地下に降りる階段は、右へと左へと折れ曲がり、やっと階段は、終わるかと思われた。突き当たりに、灯る蝋燭の光が、妙に明るかった。

「誰?」

最後の段を降りる時に、角の向こうから、か細い声が上がった。

「風蘭?」

青嵐の着ている着物から漂う匂いが、風蘭と感じさせたのか、暗闇の牢の中から、か細い声が上がった。

「風蘭だね。きっとそう、もう少し、そばまで、来ておくれ」

階段の突き当たりには、牢があった。だが、灯りはなく、よく見ようと、青嵐が、掌の炎を突き出すと、牢の中に居た者は、悲鳴をあげた。

「やめて!」

暗闇の中で声の主は、両目を覆い、後ろを向いた。

「灯りは、やめて。風蘭」

そう言われて、青嵐は、掌をかざすのを止めた。暗闇の中で、声の主が動く度に、ずるずるとなにか、引摺る音がしている。

「どうして、ここに閉じ込められているの?」

青嵐は、風蘭の口調を真似して言った。

「閉じ込められているのではないわ。風蘭。ここが1番、落ち着くの。光は、嫌いよ」

角の壁にあった蝋燭の弱い光が、漏れて、チラチラと声の主の姿を映し出す。

「あなたは、風蘭なんでしょう。いつも、あなたの匂いを感じていた。陽の光を浴びてなんて、うらやましんでしょう」

声の主は、少しでも、風蘭の側に来たいのか、鉄格子の間から、腕を伸ばしてくる。が、鉄格子のあちこちには、札が貼っており、少しでも、触れそうになると、声の主は、悲鳴をあげて、手を引っ込める。

「そこは、不自由ではないの?」

青嵐が、声をかけると、声の主は、首を振る。同時に長い髪がゆれ、髪飾りが、美しい音を奏でる。

「ここは、何でもあるわ。風蘭。お願いよ。この中へ来て、私を助けてほしいの」

「わかったわ。そこへ行く。だけど、名前を教えて」

青嵐は、闇の中にいるそれが、何なのか、目を凝らす。

「私の名前?それは、累よ。ここで、待っていれば、私を救い出してくれる。あなたを待っていたの」

蝋燭の炎が、揺れたその時、光の中に、浮かび上がったのは、長い胴と幾つもの腕を持つ蛟の女性の姿だった。

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