第66話 囚われた式神

紫鳳が連れて行かれたのは、アルタイ国の本陣だった。術の綱は、紫鳳の変化した大鳥の体を縛り付けるだけだったが、本陣に連れて来られた頃には、その術は解けていた。

「よく、来た」

相変わらず、拘束されたままの紫鳳は、壇上にいる深く足を組み、両腕を肘掛けに乗せた若い王に目を向けた。

「本陣は、もぬけの殻と聞いていましたが、そうでも、なかったんですね」

紫鳳はそう言う。

「逃げる必要はない。空からの侵入を防ぐ術はしてある」

アルタイ国王のシンは、そばにいる怪しげな男の横顔を眺める。

「随分と簡単に捕まった様だが」

瑠璃光に似たその姿をアルタイ国王は、上から見下ろしている。外見は、自分よりは、幼く見えるが、相手は、式神故、見た目の年齢と姿は、比例しない。主の瑠璃光に似せて造られたと聞いているが、瑠璃光と会った事はないが、半妖と聞いて想像していたのとは、違う。龍神の娘の子と聞いていた。さぞかし、人間離れした容貌かと想像していたが、紫鳳の面差しから、察するに、人間離れしているとしたら、面差しが女性に近いという事だった。アルタイ国王のシンも、先王が、数ある美女の中から、選んだ母親から生まれただけあり、草原の戦士の割には、面差しは整っており、深く編み込まれた長い髪と曇り空とよく似た瞳の色が、冥国とは、違った民族である事を物語っていた。

「簡単に?捕まった?」

紫鳳は、術で固定された綱の下で、両腕を軽く重ね、両肘を両脇に軽く引いた。緩む筈のない、綱は、紫鳳が力をほんの少し、入れただけで、千々に切れてしまった。

「!」

国王シンと側近のシャーマンは、思わず顔を見合わせていたが、紫鳳の次の行動で、安心する事になった。

「初に、お目にかかります」

紫鳳は、片手を胸に、膝まずく。

「おや?」

予想しない反応に、国王シンは、身を乗り出す。

「冥国の使者として、参りました。此度の戦は、当主は、望んでおりません。このままでは、両国の無辜の民の死者が数多出るかと思われます。どうか、我が主人、瑠璃光と停戦の話し合いをお願いできないでしょうか?」

側近のシャーマンは、そっと国王シンの顔を横目で見る

「ふむ」

国王シンは、若い面差しには、似合わない顎髭を撫で上げる。

「我らの土地は、痩せた土地で、貧困に喘いでいる。戦をせねば、餓死する民が出る。それは、どう考える?」

「侵略のための戦さですか?」

紫鳳は、顔を上げる

「侵略で、得た土地は、また、他国の侵略で、奪われます。どうか、我が主人と話し合い、活路を見出してください」

「今まで、何度か、使者を差し向けたが、何の返事もなかった。今回は、お前だけの判断ではなかろう」

「はい。主に、直接、話す為に故意に拉致されるよう、仰せ使いました」

「主とは?誰か」

アルタイ国王シンは、改めて尋ねた。現王朝の風蘭は、傀儡ではないか。先王の御子は、行方しれずと聞いている。その皇子が帰ってきたと言うのなら、話し合う余地はあるが、側近の成徳は、信じられない。直接、側近の式神が会いに来たのなら、話し合う価値は、あるのではないか。

「直接、会う事はできるのか?」

「内密であれば」

成徳に知られれば、邪魔されてしまう。内密に話を進めなければいけない。

「では、お前に機会を与えよう」

国王とて、交渉なしに死者を出す訳にはいかない。自分から、交渉に動いた瑠璃光を信じてみる事にした。

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