第12話 紗々姫の思いのままに。

宙に舞い上がった香炉は、血飛沫を上げながら、苦しみのたうつ、紗々姫の頭上にあった。紫凰も瑠璃香も視線は、香炉にあった。香炉を手に入れる事も、目的の一つであった。漢薬に通じる方法が、三華の塔の香炉にあるという話を聞きつけ、大陸から、東の国、陽の素の国にまで、きた。師匠の妻を、殺したという濡れ衣をはらさぬまま香炉を追いかけてきたのは、阻止しなければならない責務があったから。

「まずい」

神獣に振り回されていた阿と吽が、小さく叫んだ。

玉枝御前が、小さく微笑んだ気がした。紗々姫は、苦しんでいる。一瞬、紫凰が、紗々姫に勝ったと思た。紗々姫の体から、噴き上げた血飛沫は、香炉と神獣を、一直線に結びつけた。三華の塔からは、怪しい香が、焚き上がっていた。

「作動する」

そうだった。阿も吽も、もはや、どうする事もできない。瑠璃香は、香炉越しに、紫凰の顔が見えた気がした。

「立派な式神になったじゃないか」

そんな事を思った瞬間、一直線に光が、走った。香炉を中心に、紗々姫、神獣を結びつけた。点と点を結ぶように。天と地を結び、人を結びつける香は、紗々姫の血と混ざり合い、神獣と香炉を共鳴し、光となった。

「紫凰」

使いし物を守る青龍の剣は、紗々姫の血糊で、発動できない。光は、弾け合いその線上にいた、瑠璃香と紫凰の体をへじ蹴飛ばしたように見えた。

「上手くいったのか」

眩しい光に、目をくらませながら玉枝御前は、空を見上げた。両目を押さえながら、もはや、変化を解いていた紗々姫も、玉枝御前に、寄りかかりながら聞いていて。神獣も、術は、解け、紗々姫の古い鏡の中にあった。

「うぅ。。」

呟きながら、紗々姫は、顔上げた。

「手に入ったのか?」

問いかける紗々姫に、玉枝御前は、答えた。

「いえ。。」

何て答えたらいいのか。わからなかった。光が消えると、また、空は、闇の戻っていた。静かな闇だ。三華の塔の上には、紗々姫と玉枝御前。空の端に阿と吽が、おそるおそるの顔で、こちらを見ていた。

「どうなったのだ?」

痺れを切らし、紗々姫は、聞いた。順調であれば、塔の上には、瑠璃香と紫凰の骸が、転がっている筈だった。

「それが。。」

一羽の大きな鳥が、倒れているだけだった。翼をしっかりと、内側に、折り込み何かを抱くようにして、落ちていた。

「紫凰!」

阿と吽が駆け寄ろうとした。翼の間から、何か、もそもそと、這い出てくる姿が、見えた。瑠璃香だ。瑠璃香は、動けるようだが、その大きな鳥は、翼を固く閉じたまま、動こうとは、しなかった。瞬時に、式神、紫凰は、主を庇い、光に焼け落ちていた。

「まさか。。。簡単に騙されるとはね」

紫凰から、這い出した瑠璃香は、乱れた髪を直しながら、呟いた。

「少し、欲張りすぎたようだ。なかなかの術師です」

瑠璃香は、紗々姫を、真っ直ぐに見つめた。

「素の姿の方が、好きですけど」

冷たく笑った。

「愚弄しおって。。」

玉枝御前は、恐ろしい顔になっていた。

「いつまで、そんな口を聞けるかな」

玉枝御前が、着物の袖を振ると、三華の塔の中で、蠢いていた百鬼達が、次から次へと、現れてきた。

「そうおいうの、無駄だと思うんです」

瑠璃香は、軽やかに扇子を、振ると、光の粒となって香が、立ち上がった。

「いい加減、話ししませんか」

光の粒は、矢となって、百鬼達を射抜いていった。瑠璃香は、軽やかに、舞うように、光を矢に変えていく。

「お互いに、損はないと思うんです」

瑠璃光は、沙耶姫の鼻先にまで、迫っていた。

「可哀想に、私の連れは、焼き鳥になってしまった。お互い、ゆっくり、話したほうがいいと思いますよ」

瑠璃香の美しい目に見つめられ、紗々姫は、後ずさった。

「私は、帰らなければならない。あなたが、この国で、何をするのかは、興味ないんです。まあ。。私を骸にして、使うというなら、話は、別ですけど」

冷たい仮面の下には、計り知れない、説得力があった。

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