第10話 美しき妖の姫

 紗々姫は、少し違う。誰もが気づいていたが、真実の姿は、誰の想像より上まっていた。三華の塔は、紗々姫の塔。そこには、真実の姿があった。いつからか、この国を転覆したいという呪いは、紗々姫とある物を結びつけていた。集めていた怪しい物に宿る魄が、また妖を呼び、凝り固まった中に紗々姫は居た。天と地を結ぶ香は、多種多様が集まり、紗々姫は、思うままに妖達を操った。

「もう少しで、手に入る故」

香を操る陰陽師とも、大陸より渡らし魔導師。その能力こそ、紗々姫の手に入れたい物。三華の塔に眠る俗物など、何の、魅力もない。

「必ず。。手に入れるのだぞ。紗々姫」

紗々姫の影から、誰かが呟いた。

「安心してくださいませ。必ず、手に入れます」

紗々姫は、天を見上げた。望む瑠璃香が、剣を放ち、真っ直ぐに、三華の塔目掛けて降り立とうとしている。

「主を守る青龍剣は、ないと見た」

紗々姫の袂から、黄熟香が、飛び出してきた。扇状に広がり、細い糸のように絡まり合い、天に広がる。

「私の腕も、なかなかよのう」

紗々姫の髪が、長く伸び糸となった香と絡まり、広がっていく。紗々姫の体が、ふわりと浮き上がった。いや、浮き上がったのではなく、長く伸びていった。そう蛇のように。

「うわ。。」

まさに、三華の塔に降り立とうとしていた瑠璃香は、足元から伸び上がってくる気配を察し、急に、意気消沈した。幾つもの妖と戦ってきたが瑠璃香には、苦手な物がある。

「細くて。。長くて。。鱗のある物」

そう蛇の妖。

「ウエェ」

呻いたが、時すでに遅し。紗々姫は、変化した体で、塔の上に踊り出、瑠璃香は、いやいや塔の上に降り立った。

「これは。。また、麗しの姫」

瑠璃香は、恭しくお辞儀していた。

「わざわざ、そちらから、おいで頂くとは。。」

紗々姫は、瑠璃香の顔を、正面からまじまじと見ていた。見れば、見るほど美しい。ますます手に入れたくなり、紗々姫の目は、瑠璃香の顔から目が離せなくなっていた。

「私が、ここにきたのは、あなたに用があったからではないんですよ」

瑠璃香は、扇子で、口元を覆った。ねばつく視線を少しでも、外したかった。

「ふん。。」

紗々姫は、笑った。

「大陸には、香を用いる術師がいると聞いて、一度、逢いたかった。この塔の中には、お主らが、欲しいものが、たくさん眠っているからのう」

「えぇ。。少しだけ、用があったんです。ここに持ち込まれた物を返してほしいと」

瑠璃香が、言い終わらぬうちに、紗々姫の着物の裾が、宙に浮いた。煌びやかな着物の中から、ゾロッとした姿が、見え隠れする。

「ますます。。無理だ」

襲い掛かる紗々姫の、胴を身軽にかわしながら、瑠璃香は、紗々姫の姿に嫌悪を覚えた。天上では、変化した紫凰が、神獣と闘っている。

「紫凰!」

瑠璃香は、着物の懐から、香を取り出し印を結んだ。

「天を結び、地を繋ぎ、我に、道を」

紫凰の体が、ピクンと、跳ね上がり、瑠璃香の体が、一瞬のうちに、光に消えた。

「まて」

何としても、瑠璃香を手に入れたい紗々姫が、鱗だらけの手を伸ばした先には、位置を反転した紫凰が、姿を表していた。

「あれ」

揉み合っていた神獣から、鱗の化け物に変わり、紫凰は、目を見張った。

「ずる!」

「紫凰」

神獣を両手で押さえながら、瑠璃香は、叫んだ。その手には、青龍剣が握られていた。

「消滅させてはならない」

「え?」

紗々姫は、焦っていた。目の目にいた美しい手に入れたいと願っていた瑠璃香が、鳥の化け物に変わったのだから。目は、赤く燃えていた。両翼が、恐ろしく大きく、両手の先には、長い爪が生えていた。その爪は、紗々姫の喉元を裂こうと迫っていた。

「紗々姫様!」

玉枝御前だった。差し出した両手の中には、光り輝く香炉が、あった。

「これを」

瑠璃香の関心が一瞬それた。それは、紫凰も同じだった。喉元を引き裂こうとした手元が狂った。

「ぎゃっ」

紗々姫の悲鳴が上がり、緑色の生臭い血飛沫が、宙に散った。それを見た玉枝御前は、香炉を宙に放り投げた。スローモーションのように、紫凰や瑠璃香が、香炉を掬い上げようと身を乗り出した。


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