第6話 妖の姫 紗々。
どこか遠くで、太鼓の音が続いていた。腹の奥底に響く太い音。あちこちで、松明が群れをなし、消えては、また、光る。三華の塔の一つに、紗々姫は、いた。時の帝に、姉と同じ血を引くからと齢3歳で、嫁いでから何年も経っていた。正室とは、名ばかり。帝は、歳の離れた姉の面影を求めていたが、成長するにつれ、紗々は、姉とは、全く違う容貌に育っていた。それでも、それでも、歳の離れた紗々を帝は、可愛がっていた。
三かの塔は、朝廷の宝物殿となっていたが、その一つは、紗々への貢物などが、納められる塔がある。物心つく頃から、紗々は、そこに事あるごとに、入り浸り、夜を越す事があった。日も当たらぬ塔に、行く紗々を朝廷の者は、眉を顰めていたが、必ず、お供の老婆が側についていた玉枝御前である。3歳で、朝廷に嫁いできた時も、一緒に、ついてきた。乳母の様な否、紗々にとっては、母親の様な存在である。
「灯があちこちに、飛んでおるな」
紗々姫は、塔の1番上の窓から、外を見下ろしていた。
「何やら、物の怪が出た様です」
「物の怪とな」
紗々姫は、喉の奥で笑った。
「どこを探しても、元を立たなければ意味があるまい」
そっと、肩に触れる手を、優しく撫でる紗々姫。その手の爪は、長く黒い。
「人の心に住む鬼の方が、よほど怖いと思うが。。のう」
紗々姫が、後ろを振り向くと、数多の魑魅魍魎が、床の上を渦巻くように、這いのたうち回る。それらを囲むように、幾つもの棚が並び、見た事もないような壺や飾り箪笥、巻物、皿やガラスの置物が、重なるように置かれていた。紗々姫の側にあった棚から、青白い光が上がった。小瓶から、飛び出た爬虫類に似た妖が、紗々姫の顔に飛びついた。
「姫様!」
玉枝御前は、驚いて振り払おうとしたが、紗々姫は、顔色一つ変えず、右手で掴むと、振り払い両足で、踏みつけてしまった。
「造作ない。」
紗々姫には、妖を恐れる気持ちが、微塵もなかった。それよりも、虫ケラの様に扱い、妖は、紗々姫を逸れていた。
「立派に、育っていただきました」
妖を踏み潰した紗々姫を、玉枝御前は、誇らしく思った。
「それより。。玉枝。あれは、持ってきたか」
紗々姫は、玉枝御前が差し出すのを、待っているかのように、袖の下を覗き込んだ。
「はい。もちろんですとも、少しずつ、切り落としておきました」
玉枝御前が、取り出したのは、鶴白が持ち帰ったと同じ、黒褐色の黄熟香であった。
「全てを渡せば良いものを」
紗々姫は、黄熟香を受け取理、少し、削り取ると、香炉に放り込み、残りは、ガラスの箱に押し込んだ。
「それを、どうするおつもりで?」
「天と地を繋ぐのよ。玉枝も、嬉しく思う事が、これから起きていくのよ」
笑う紗々姫の顔は、恐ろしく灯の中に、妖として浮かび上がっていた。
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