第3話 もう一人の魔人
シュレディンガーの猫というのは間違った解釈をされがちだ。そもそもあれは成立しない思考実験だと言っていたはずだ。
女の魔人がいた。語り部症候群に罹り人間の病棟に入れられた哀れな子羊。そして彼女は死と生の狭間を行き来する実験をする事になる。
『老化処理』それは魔人を始末する唯一の方法。
魔人のテロメアを急激に加速し摩耗させて、死期を早める。
生命活動を満足に行えなくなった個体は「死んだ」と定義される。
では「シュレディンガーの箱」という装置は何か?
それは不観測領域に老化処理を施した魔人を放り込み、死んだか、生きているかを再観測する実験だ。それに意味があるとは思えなかった。
それは単なる人間種の手慰みだ。
面白いものじゃない。
ただ、副産物があった。
キャットと呼ばれた魔人の少女は、不観測領域にて老化を起こさなかった。彼女は五割の可能性を打ち砕いた。戦前、その功績に人間は歓喜した。
こうして人類はまた一歩不老不死に近づいた。そう信じたのだ。
不観測領域の安定化を目指し、調整する日々キャットという少女はつまらなさそうに呟く。
「ああ、私、死ねなくなったのね」
「? 魔人が死ねないのは当たり前の事だろう?」
研究員の一人がキャットの独り言に答える。キャットは苛ただしそうに。
「私はもう老化もしない! 真の意味での不老不死だ!」
「おお、怖い怖い。それで天使様? 何をお望みで?」
「コーヒー」
「あいよ」
キャットと人間の関係は友好だった。それも束の間。魔人戦線が突如として現れた。
そこでキャットは魔人側につく事を決意した、研究所を脱出し、戦線へと駆け出した。彼女もまた走り出す自由を手に入れた一人だった。
目指すは魔人帝国本拠地。目的は和平協定。
人間ならともかく、魔人の自分の声ならば姉君も耳を傾けてくれるだろうという腹積もりだ。
《ラストクイーン》。
魔人の長、長命かつ不死の魔人に終わりを告げる終焉の女王。
時代の転換期。
これはそういう戦いだ。
ラストクイーンは膨大な魔力を使って魔人帝国を一夜かけて、その首都を作り上げ、それだけではなく、装甲列車「ラストクイーン号」戦場へと繰り出し、縦横無尽に駆け出す列車の定義を切り崩す鉄塊。
兵士を死地へと送る急行快速。
ラストクイーンの魔力は無尽蔵だ。しかし、それは「生産」にしか向かない。
「破壊」に向かないラストクイーンの権能は戦線を維持するだけで推し進める事が出来ない。そこでキャットはラストクイーンに意見具申した。
「私が前線へと出向きましょう、敵基地の地図は頭に入っております」
『任せてよいのか?』
「貴女と私の仲でしょう?」
『不敬だな』
――今、ラプラスは最前線に居る――
語り部症候群、これにも慣れた。ラプラスという単語に聞き覚えはないが。そいつと協力しろという事だろうか?
「では私はラプラスと合流します」
『……ラプラス?』
「いえ、ラストクイーン、お気になさらず」
『いや私にも聞こえた孤軍奮闘している魔人だな、リユニオンを手に入れるために動いているのか』
「はい、リユニオンさえ手に入れば」
『人間の殲滅は容易いか』
「では行って参ります」
キャットは文字通り消えた。死と生の境界に消えたのだ。
シュレディンガーの猫の解釈をあえて間違えて生と死の境界を行き来出来るようになったのがキャットだった。
こうしてラプラスとキャットが人間の司令塔に潜り込んだのだった。
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