アトリビュート
数十年前、地球に巨大な隕石が落ちた。
直接の被害はたったの二百万人。
地球には80億を超える人間がいて、その内の1%にも満たない数字だ。
しかし、災害の影響で環境が大きく変わり、混乱で物流が止まり、一日、一週間、一ヶ月と時間が経つに連れて、多くの生命が死んでいった。
1000種を超える生物が絶滅し、十億を超える人間が飢餓と凍傷で死に絶えた頃、戦争が起きた。
軌道エレベーターによる無限の電力に、食料自給率を改善する為の大規模農業プラントを保有し、なおかつ隕石の被害を受けていなかった日本は、三つの隣国から成る連合軍の攻撃を受けた。
それらの攻撃を退けたのが、早期警戒防空全翼機ミライだった。
軌道エレベーターから宇宙に広がる太陽光発電から一生パワーを供給され続け、なおかつ空中補給で弾薬も補充するため、成す術がなかった。
ミライに空を支配され、制空権が取れない中、陸軍が上陸に成功した所で出来ることも少なく、戦争はあっという間に停戦交渉を迎えた。
何十年にも亘って日本を護っていたミライが、遂に地に降りる。
元々整備の時は地上に降りていたが、それ以外の理由で地に足を付けるのは初めての出来事だった。
どこのニュースサイトも、新聞も、テレビも、大々的に取り上げるのはミライによる自国領土への攻撃だ。
日本を脅威から護ってくれた無人機が、唐突にミサイルを自国に放って大量の人間を死なせた事実は、多くの日本人に衝撃を与えた。
「CEO就任おめでとう。レジーナ」
暗いニュースから目を背けるように、傍でゆったりとファッション誌を見て寛いでいるレジーナへと視線を向ける。
「ありがとう……とはいえ、私が本格的に関わるのは大学を卒業してからだけどね」
「まだ学生だから妥当と言えば妥当だが……それはそれで会社、大丈夫なのか? CEOって最高経営責任者だろ?」
「問題ないよ。信頼できる人間に任せてある」
「最近、信頼してた幹部に裏切られて会社を乗っ取られるみたいな感じの映画見たんだけど……」
本当に大丈夫なのかと、俺は不安に思ってしまう。
レジーナがCEOを務めるメガリス社は、戦争時にレクスクラトル家を中心とした財閥と成り、不安定な経済環境の中であっても、急速に成長した。
今や誰もが知っていて、誰もが憧れる世界一の大手企業。血生臭いフィクションのような派閥争いもあると聞く。
いつもと変わらない態度のレジーナではあるが、その華奢な肩に一体どれほどの重責が圧し掛かっているのか、想像もできない。
「大丈夫だよ、瑠美奈……私を信じて欲しい」
不安がる俺を安心させるように微笑み、レジーナは顔を近づけてキスをする。
「私は……私達の未来を邪魔する人間には容赦はしないんだ」
頬を上気させ、うっとりとした表情で、彼女は俺の唇に吸い付いた。
「その”私達”には、もちろん私も入っているんだよね?」
睦み合う俺達にそう声を掛けたのは、有馬 世駆兎だった。
「ふふ、もちろんだとも……君も、明日美も一緒だよ」
「もー、大好き」
世駆兎は駆け寄ると、レジーナと俺を纏めて抱きしめる。
そのまま笑顔で、頬ずりをしてくる。
三人が仲良くしていると、愛犬のルナまでもが勢いよくかけてきて、前足を上げて圧し掛かってきた。
「暑苦しい……」
「いいじゃないか、たまには」
「言うほどたまにか?」
レジーナが幸せそうに微笑む。
世駆兎がニコニコと嬉しそうに笑う。
先ほどまで辛気臭い顔をしていたであろう俺も、釣られるように口角を上げる。
レジーナが幸せそうに笑ってくれるのが、嬉しかった。
家族が死んで、悲しんでいたから。
――いや、悲しんでいたか?
葬式の時は泣いていたが……。
次の日からは――
「瑠美奈?」
「瑠美奈、どうかした?」
ぼんやりと最近のレジーナの様子を思い出していると、件の彼女と世駆兎が、僅か数センチの所まで顔を近づけて瞳を覗き込んできた。
「何でもない」
くしゃくしゃと、二人の国宝級の髪を荒っぽく撫でて誤魔化す。
「そうだ瑠美奈。次の休みは温泉にでも行かないか?」
「良いね。ちょうどバイト代も入ったし」
「ははは。何を言ってるんだ。私の奢りに決まってるだろう」
「俺をヒモにしようするのやめろって言ってるだろ」
三人でワイワイと年相応に騒ぎながら、休みの予定を決める。
途中で土日にバイトがあることに気づいたが、まあ休んでも問題ないだろう。
★
「ちょっとお手洗い」
そう言って瑠美奈が席を外した瞬間、残された世駆兎とレジーナの纏う空気が一変する。
「そう言えば、あの子達はどうするの?」
世駆兎が無表情で、レジーナへと問いかける。
「あの子とは?」
「瑠美奈にちょっかいを掛けてる子達。知ってるでしょ?」
「何もしないさ」
「へえ、以外」
瑠美奈は中学の時、何度か女の子に告白されているが、その度に告白はきっぱりと断っていた。
レジーナ達と関わってるせいで、瑠美奈の美意識は極限までハードルが高くなっており、クラスで一番程度の容姿では瑠美奈の心は動かせない。
しかし、今瑠美奈の周囲にいる女の子達は危険だ。
ぱっと見だけで世駆兎の本能が警笛を鳴らすほど、容姿レベルが高い。
だからこそ、レジーナは対策に乗り出すものと思っていたが、彼女の反応はさっぱりしたものだった。
「君も私も、卒業したら忙しくなるだろう。明日美だってそうだ」
「うん」
レジーナが片手間でルナを撫でながらも、柔らかい笑みを浮かべながら告げる。
「その間の性処理係は必要だろう」
「性処理係て」
「私が多忙の間はメイドを宛がうつもりだったが、瑠美奈が望むなら別に彼女達でも構わない」
「レジーナって頭ぶっ飛んでるよね」
「優斗と必要以上に絡んで、瑠美奈に嫉妬させるような悪趣味なことをしていた君に言われるのは心外だな」
「虐殺よりマシじゃないかな?」
世駆兎が告げると、レジーナは「確かに」と短く答えた。
数秒の間を開けて、二人はくすくすと小さく笑った。
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