トゥルーダメージ






「そう言えば明日、世駆兎とデートに行くんだけど……おすすめのデートスポットとかってある?」


 いつも通り部室で小説を読んでいると、唐突に優斗がそんなことをほざいてきた。こいつも頭狂ったのか?

 明日美も目を丸くして優斗を見ていた。


「なんで世駆兎とデート?」


「その……バレてたかもしれないけど、ずっと世駆兎のことが気になってたんだ。それで、この前勇気を出して誘ってみたら、オーケーしてくれて……」


 恥ずかしそうに告げてはいるが、何となくマウントを取ろうとしている雰囲気をひしひしと感じている。いや、俺の性格が悪いだけかもしれない。


「僕は、水族館に連れて行こうと思ってるんだけど……」


 マウントを取ろうとしているな、これは。

 もう行く場所決まってんなら俺に聞く必要がない。


「つーか、デートすんならちゃんと美容室行けよ。お前、そう言うところ無頓着だからな」


「え? あー、うん……」


 煮え切らない返事。こいつ行く気無いな。

 何で世駆兎はお洒落な服を着込んで、メイクもして来るのに、お前はありのままの自分(笑)なんだよ。やる気あんのか。


「まあ、頑張れよ」


「ファイトだよ、優斗」


「うん……二人とも、ありがとう……」


 優斗は照れたように、頭の後ろを掻いた。


「優斗、面子が一人足らないから入らないか?」


「あ、やります!」


 今日も今日とてゲームで盛り上がる先輩達の一人から声を掛けられ、優斗はこの場を後にした。

 その時、二人の少女がこちらを見ていることに気づく。


 詩島はにっこりと微笑むと、ハートマークを胸元で作った。

 シャルロットはほんの少し頭を傾けて、髪をアップにしている部分の髪飾りを見せた。


 やめろそれ、と内心で毒づき、小説に視線を戻す。

 ふと、自分が貧乏ゆすりをしていることに気づく。


「なんで世駆兎、優斗なんかのお誘い受けたんだろうねー?」


 明日美が心底理解できないと言った様子で告げる。俺も同じだった。理解できない。


 小説に集中しようとするも、貧乏ゆすりが止まらない。

 苛立ちを込めて小説を閉じた。

 椅子を後ろに飛ばしながら立ち上がり、明日美に告げた。


「ちょっと世駆兎の所行ってくる」


「すーぐ嫉妬するんだから……」


「違う。難解な数式を解けないとイライラするだろ。それだけだ」


「世駆兎が難解な数式扱いは笑う」


 教室を出て、旧校舎二階にある料理部の下へと向かう。


「世駆兎さんなら、今日はピアノの稽古があるって……」


 肝心の世駆兎は、料理部にいなかった。

 悶々とした気持ちを抱えたまま、部室に戻る羽目になる。


「世駆兎は何だって?」


「いなかった」


「そう言えば習い事の日だもんね」


「まあいい。どうでもいいし」


 椅子に座って再び小説を開くが、まったく内容が入ってこない。


「めっちゃ気にしてるじゃん」


 止まらない貧乏ゆすりを指摘して、明日美が笑った。


「こういう時はラインで聞くに限るよ」


 明日美がスマートフォンを取り出し、巧みなフリック操作で文字を入力していく。

 

「はい、送った」


「ああ」


 興味がない風を装っていたが、内心は返信が待ち遠しくて仕方がなかった。


 結局、メッセージが返って来たのは部活が終了する間際だった。


「えーと、優くんと最近遊んであげれてないから、だって……」


「そんな義務感で付き合う必要ないだろ!」


 小声の明日美に対し、苛立ちが募っていた俺は声を荒げる。

 何事かと、部員の面々がこちらを見た。睨みつけると、慌てて視線を逸らす。


「ルーミ、そんなに怒んなくても大丈夫だよ。取られたりしないって」


「別にそこの心配はしてない。ただ、分かっていてもイラつくだけだ」


 明日美がよしよしと、俺の頭を撫でる。


「ルーミの嫉妬深い所、好きだよ」


「俺はみっともなくて嫌いだけどな」


 吐き捨てるように言って立ち上がり、帰り支度を始める。

 明日美も同様にして、スマートフォンを鞄にしまった。


「先帰ります。おつかれーっす」


「お疲れ様でーす」


「「「おつかれー」」」


 形式的な挨拶を交わして、俺は明日美を連れて部室を後にする。

 もう何も集中できないから、家に帰って不貞寝することに決めた。


 明日美は珍しく母性を爆発させて、バスの中でもずっと俺に寄り添ってくれた。

 客観的に見てもクソ面倒な奴によく付き合うものだ。


 そもそも、今世駆兎を閉じ込めたって、いずれは少しずつ環境が崩れていくのを眺めるしかないと言うのに、なぜ俺は抗っている。

 変化を受け入れた方が楽になれるのに。今は保険彼女だっている。

 別に、世駆兎に固執する理由なんて――


 そう思い込もうとするも、無理だった。絶対に優斗と二人きりにはさせたくない。勿論、他の男とも。


 二人のデートは明日と言っていた。

 ここら辺で有名な水族館といえば、サブノーティカぐらいか。乗り込んで、無理やり世駆兎を連れ帰れば――


「ルーミ、私が傍にいるからね」


 透き通る小さな声で、明日美が耳元で囁いた。

 不快な苛立ちが嘘のようにスッと消えて行く。

 俺はなんて哀れなんだろうと、両手で顔面を覆った。


 最近、情緒が安定しない。

 未来への不安しかないから、自分に自信が持てないから、いつまで経ってもこうなのだろう。


 明日美の手を握ると、彼女も握り返してくれる。

 今はこの幸せに浸って、全てを忘れることにした。


 家に帰って鞄を適当に放り投げると、すぐさま明日美を抱きすくめた。長い前髪を掻き上げて、現れたルビーの瞳にキスを落とす。

 小柄な彼女を突き飛ばして、ベッドに倒して圧し掛かった。


「ルーミ……大好き」


 プラトニックなキスから、徐々に深い大人のキスへと移っていく。

 今日はレジーナもいなかったから、思う存分、愛を確かめ合った。

 身体を重ねている間は、何もかも忘れられた。

 心地良い明日美の鳴き声だけが、俺の心を落ち着かせてくれる。


「るーみ、だいちゅき♡」


「俺も大好きだよ」


 舌ったらずな発音で、愛を囁く明日美を腕の中に閉じ込めて、ひたすら愛でる。


「だいちゅき♡ 絶対逃がさないからね。ルーミはずっと私の左目だからね♡ 逃げだしたら捕まえるから!」


「ああ……ずっと傍にいさせてくれ」


 ずっとそのまま、変わらずに俺を愛してくれと祈る。

 ことが終わり、明日美とは互いに裸のまま、緩く絡み合った。

 玉のような汗を舌で拭い、不健康で白いが、スベスベな肌を撫でる。

 

 お互いの身体を汚す体液だけをさっと拭い、そのままシャワーも浴びずに、泥のように眠りこけた。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――






「おはよう、ルーミ」


 朝目が覚めると、目の前に真っ赤な宝石の瞳が視界一杯に広がった。


「それホラーだからやめろ」


「はいこれ」


 寝起き一発で、問答無用で強力なブレスケアを口内に捻じ込まれる。

 明日美は既に使用したらしく、口からは清涼剤のスースーした香りがした。


「臭うなら近寄るな」


「やだ」


「デリカシーがない」


「別にそんなに臭ってないって」


「ちょっとは臭ってるんじゃねーか」


 起き上がり、昨晩汚した布団を畳む。


「汚いから風呂入るぞ」


「うん」


 下着一枚の明日美を連れて、二人で乾いた体液を落としていく。


「世駆兎は今頃デートだね。ホテルまで寄っちゃったりして……」


 俺は無言で、シャワーを冷水にした。


「つめたっ?! ちょっ、虐待反対!」


 恐らく学校一長い明日美の髪は、洗うのが苦労する。

 まず最初にぬるま湯でゴミを落とす段階で時間が掛かるし、シャンプーを全体に馴染ませるのも時間が掛かるし、しっかりとシャンプーを洗い落とすのも同じ。次は同じ要領でトリートメント、コンディショナーと続く。多分トーチカで働くより怠い。

 一通り、明日美の超長髪のケアを終えてお風呂を上がると、今度は地獄のドライヤーが待っている。


 完璧に乾かすのに、ガチで一時間掛かる。

 特に美しい髪になるように俺が拘るせいでもあるが、本当に時間が掛かるので、なるべく明日美のヘアケアはしたくなかった。


「いい加減髪を切れ」


「やだっ。私の髪が長ければ長いほど、ルーミが私の為に時間使ってくれるからね」


「その狂った考えで髪伸ばすのやめろ。せめて常識の範囲内にしろ」


 俺が彼女の髪の手入れをする義務は当然ながらないのだが、放置をしたらしたで問題があった。

 明日美は面倒くさがって髪の手入れをしないので、彼女の美しい長髪はどんどんぼさぼさの荒れ荒れになる。 

 見栄えも最悪になるのは勿論のこと、明日美の名誉も地に堕ちるので、俺が仕方なく整える羽目になっていた。


 明日美のヘアケアに時間を掛ければかけるほど、彼女は喜ぶので悪い気はしないが、怠いものは怠い。

 せめてレジーナや世駆兎くらいの髪の長さであればもうちょい楽なのだが。


 明日美は昔話の髪長姫の如く髪が長かった。




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