美しきもの





 今日はレジーナの誕生日ということで、豪勢なホテルをワンフロア丸々貸し切ったパーティ会場へと赴いていた。


 一週間前から招待状が届くような、平民の常識からは程遠い誕生日パーティ。

 父親の伝手で馬子にも衣裳な、しっかりしたスーツを借りて、服装規定に合わせた。


 階段で向かうには気の遠くなるような上階に、エレベーターで向かう。


 プレゼントは高価な髪飾りにした。

 レジーナの雪原のような銀色の髪によく映えるように意識した、赤い花の装飾が付いたヘアクリップ。ブランド品で、小さいのに二万六千円もする。

 きっと彼女は俺に分相応の物を選んで欲しいと思っているだろうけど、こちとら背伸びしたくて仕方がない年頃だから、こういうものに手を出すのも仕方がない。


 プレゼントは受付の人に渡す決まりになっているようで、それに従った。

 パーティ中に手渡してしまうとかさばるし、手渡しかどうかで感情の幅も変わるから不平等感があるとのことで、そう言う決まりになっているらしい。毎年の事ながら、やはり世界が違う。


 広い会場には、将来レジーナの伴侶になりうるかもしれない金持ちの御曹司が大量にひしめいていた。

 恐らく俺が買ったプレゼントは、彼らが送った贈り物の十分の一の値段にも満ちていないのだろう。


 劣等感による、胸の痛みが走る。いつまで経っても慣れない。

 時折、見た事のない記憶がフラッシュバックする。レジーナが、顔の見えない男と仲睦まじく過ごしている光景だ。俺の妄想の産物だと分かっていても、心に来る。


「やあ、瑠美奈。来てくれたんだね」


「ああ。ドレス、似合ってる」


「そうだろう。君を想って選んだんだ」


 彼女は幸せそうに笑うと、ドレスの両端を摘まんで、僅かに頭を下げる。


 レジーナは、銀色の髪と対照的な真っ黒なドレスを着ていた。真っ白な肩や腕は露出していて、誰の目にも晒したくないという独占欲が刺激される。

 今すぐにでも家に連れ帰りたかった。家に閉じ込めて、鎖で繋ぎたいとまで思ったのは今回が初めてだ。


「誕生日おめでとう。レジーナ」


「ふふふっ。ありがとう、瑠美奈。今日は多忙だからあまり構ってやれないが、ゆっくりしていってくれ」


「りょうかい」


 彼女は踵を返すと、パーティの参加者に一人一人声を掛けていく。

 これだけ膨大な人数がいるのに、顔と名前をよく覚えているものだと感心せずにはいられない。

 彼女は脳みそも異次元だ。


 来るんじゃなかったと、仄暗い感情に襲われるのは毎年のこと。

 だが、この世は愛情だけでは回らないと言うことを理解してから、絶望感は年々大きくなっている。

 特に高校生になってからは顕著だ。

 去年はここまで絶望に暮れることはなかった。


 パーティ会場にいるのは、レジーナだけではない。

 明日美と世駆兎もいる。

 彼女達も映画でしか見ないような綺麗なドレスでめかし込んで、いつもののほほんとした雰囲気とは全然違う、別世界の空気を纏っていた。

 明日美達も、複数人の大人を相手に、堂々とした佇まいで談笑していた。


 俺だけが場違いだった。

 高価なスーツを身に纏って、すかした態度で虚勢を張っても誤魔化せない。


 一応は有馬の血縁者ではあるが、認知もされていない愛人の子である。

 俺を知る者は冷ややかな目を向けて来て、ただ肩身が狭かった。


 携帯がバイブレーションで通知を知らせる。

 取り出して確認すると、ヴィクトリアからだった。


『今なにしてる?』


 なんてことはない、普通のメッセージ。


『地獄にいる』


 現状を簡潔に報告し、携帯をスリープに戻すと、すぐにまた通知が届いて画面が明るくなった。


『なんで?』


『なんでも』


『死なないで』


『死んだら行くのが地獄だぞ』


『藍川死んだの?』


『多分』


『私霊感ある?』


『ないと思う』


 クソどうでも良すぎる、他愛もないメッセージのやり取りが、救いだった。


 ――いっそヴィクトリアが恋人であれば、どれほど良かっただろうか。

 

 ヴィクトリアはレジーナと並ぶほどの美人だが、家は普通だ。俺と同じ庶民の生まれ。

 レジーナではなく、彼女に最初に出会っていれば、今ここまで苦しむことはなかった。


 レジーナ達に狂って行く者達を今まで散々馬鹿にしてきたが、俺が何よりも狂わされている。

 全て同族嫌悪だ。


 遠くにレジーナが見えた。彼女を囲うのは同世代か、それより少し上の男達。


 にこやかに愛想を振りまいて、一人一人に丁寧に言葉を返しているのが、見て取れた。


 この場にいればいるほど、自分の期限が迫っていることを実感させられる。

 苦痛だった。


 ふと、俺と同じく手持無沙汰にしている優斗が、壁際に見えた。

 存在が場違いであることを気にも留めず、じっと世駆兎のドレス姿を眺めて鼻を伸ばしている優斗を見て、俺は羨ましいと思った。

 それだけ図太くて、鈍感な神経であれば、きっと苦痛なんて感じないんだろうな。

 皮肉ではなく、心の底から羨ましいと思った。ゆえに憎い。


 レジーナが二十代前半のイケメンに肩を抱かれて、笑顔でツーショットを撮られている場面を偶然見てしまう。

 誰からどう見てもお似合いな美男美女で、ただでさえ遠かった彼女が、更に遠い存在になった気がした。


 冷や汗と、激しい動悸、吐き気が一気に押し寄せる。


 もう、限界だった。


 これ以上、ここには留まれない。

 そう判断して、踵を返す。


 目頭が熱くなり、涙が溢れ出そうになる。


 涙を零すなんてダサすぎる。絶対にダメだ。


 早歩きに会場を去って、エレベーターではなく、最初に目に入った階段で高層ビルを降りる。


 ビルのエントランスまで降りてきた俺はそこで見知った顔を見つけた。


「瑠美奈様、どうしてここに?」


 レジーナの侍女の一人、スートリアだった。未だにファミリーネームは分からない。

 主人と少し似ている真っ白の髪が背中まで流れ、ふんわりと外側に広がっている。髪はぼさぼさで、思わず手入れを申し出たくなるようなほど。彼女が掛けている赤縁の眼鏡の奥からは、澄んだ青い瞳が真っ直ぐにこちらを捉えていた。

 彼女を含む、ガートルード、ゲルトルート、スートリア、フラムニカのメイド四天王は、全員綺麗で整った顔をしている。レジーナの表の付き人として、面の良い人材を揃える辺り、外見至上主義がここでも出ている。もう少しポリコレに配慮したらどうだ?

 スートリア特有の、メイド服の上から白衣を着るという謎のファッションは今日も健在だった。

 長身で俺より年上な筈だが、話してみると何となく幼い印象を受ける。


「スートリア。俺はもう、プレゼントを渡したから帰る」 


「なんだ。もう少しゆっくりしていけばいいのに」


 スートリアの横を通って帰ろうとすると、彼女に手を引っ張られた。


「な――」


 何かを言う前に、抱きしめられる。

 スートリアの悪い癖だった。


「なにか?」


「悲しそうな顔してたから、つい」


「もう大丈夫」


「そうか?」


「驚いてそんな気分じゃなくなった」


「なら良かった」


 スートリアは特に何かをすることなく、大人しく俺を解放してくれる。


「今日はお嬢様方はここに泊まるから、今夜はお姉さんが相手してあげよう」


「結構です」


 レジーナが忙しい時はすぐこれだ。


「私はいずれ君の所有物になる。遠慮することはないんだぞ?」


「それは、レジーナが俺のことを好きでいてくれたらの話だ」


 加えて、所有物になったからと言って好き放題したいとも思えない。


「俺はもう行くんで」


「なら、私が車を出そう」


「結構です」


 寄ろうとするスートリアを片手で制して、そのままビルの出口へと向かった。


 時刻は午後七時を回っていた。

 この前の快晴だった観測会とは打って変わって、どんよりとした雲が空を覆っている。


「まったく……」


 寒さに体を震わせながら、俺は帰路についた。


 心はどこまでも惨めで、虚しい。


 今までたくさん積んできた筈の幸せな想い出、レジーナ達の笑顔、何一つ思い出すことが出来なかった。





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