陽ブレイカー
「よー、瑠美奈」
「うわ出た。中学の頃よりセンスに磨きが掛かってやがる」
七月に入ってからの休日。
久々にバイトを休んで、溜まった金で夏服と新しい靴を買いに来ていた。
何の気なしに誘った火恋と陽火も一緒に行くことになり、待ち合わせをしていたのだが。
待ち合わせ場所にやって来たのは、レジーナ達にも匹敵するほどの美少女と化した火恋だった。
元々男の恰好をしている時から男装してる美少女にしか見えないんだから、女の恰好してたらただの美少女である。
今日は、普段アップにして纏めているレッドブラウンの髪を下ろして、巻いているようだった。サイドを丁寧に編み込んで後ろに流して纏め、前髪はピンで留めてと、めちゃくちゃ気合の入った髪型を作っていた。
しかも服は清楚系だった。花柄の白いワンピースに、赤いカーディガンを羽織っている。姉から借りたであろうブランド物の革バッグを片手に、優雅な佇まいを披露してくれる。
そのあまりにも美しすぎる火恋の姿に男はおろか、女までもが目を奪われていく。
「つーか、サンダルも高いの使ってんなぁ」
「サンダルとバッグは姉貴の借りた。キまってるっしょ?」
「逆にキめすぎだろ。隣を歩く奴のこと考えろ」
俺も衣類には金を掛けるが、流石に数万もするアイテムには手を出してはいない。あくまで年齢相応の物。
「はろー、お二人さん」
道行く人々の視線を根こそぎ奪っていくのは、火恋だけではなかった。
少し離れた所から声を掛けてきたのは、高校から出来た友人である百鬼 陽火。
太陽の光を受けると明るくなる、ブリーチありのアッシュブロンドが眩しい。
陽火はカジュアルな白シャツに、黒いスラックスを合わせていた。左手首には黒いブレスレットを付けている。
「火恋はいつにも増して可愛いね」
「口説くな口説くな」
「えー?」
バシバシと照れたように、火恋が陽火の背中を叩く。火恋の頬には薄っすらと赤みが差していた。
「しかし、遊ぶの久々だな。一ヶ月ぶりくらいか?」
「まあ、俺休日はいつもバイト出てるし」
休もうと思えばいつでも休めるんだけど。何となくヴィクトリアが放っておけなくて惰性で出てた。だけどヴィクトリアは俺が基準になってるから俺がバイトに出なかったらそもそも出なそうだ。
「火恋と陽火の方は、部活は順調か?」
火恋と陽火は、揃って演劇部に所属していた。
やや人員に乏しかった演劇部のスターとして期待されているらしい。ただ、陽火の見た目のインパクトが凄すぎて話に集中でき無さそう。
「順調順調。文化祭は俺もこいつも出るから見に来いよ」
「あたぼうよ」
近況報告もそこそこに、三人はある程度目星をつけていたお店へと歩き出す。
「はーるか、手繋ごうぜ」
何を血迷ったのか、火恋がいきなり手を繋ぎたいと陽火に申し出る。
「はい」
陽火が手を出すと、火恋は面食らったような顔をして、直後に爆発したかのように顔が赤くなった。完全に反撃を想定していない反応に、笑いそうになる。
「偏見と差別がないのは分かったけど、もう少しあんだろ……」
自分で仕掛けておきながら、恨み言を吐いて、陽火の手をとった。結局繋ぐんだ……。
「良いじゃん。火恋、可愛いし」
陽火は微笑むと、するりと指を絡ませて、恋人繋ぎまで持っていく。火恋は慌てふためき、謎のステップを踏んだ。
「つーか、二人が手繋いだら俺ただのあぶれた人じゃん」
「こっちの手、空いてるけど?」
気を利かせてのか、哀れんだのか、陽火が空いている方の手を差し出してくる。
「それはもう夢遊病だって」
「どういうワードチョイス?」
差し出された手を断り、陽火と初々しい様子の火恋を眺める。
火恋は中学時代、普通に女子と付き合っていたから、女装をしていても異性愛者なのだと思っていたが、このままだと両性愛者だな。今の時代によく合っている。
うんうんと頷き、長年の付き合いである親友の初々しい姿に顔を綻ばせた。
「じゃあ、店行こうぜ」
「おー」
「…………」
三人で並んで街を歩き、服屋を巡っていく。
普段イキり散らかしている火恋が、陽火とずっと手を繋ぎっぱなしで口数が少ないのがめちゃくちゃツボで、何度も笑いそうになる。
「腹減ったからご飯食べよう」
「そうだね。大分買ったし」
買った衣類は全て郵送サービスを利用したので、今の俺達は手ぶらだ。
「バイト代入ったから財布出してやろう」
俺が財布を出して軽く振って見せる。
「えー、まじ? ありがとう」
陽火が変に遠慮しなかったので、好感を抱く。「そんな、悪いよ」「良いって良いって」のくだりが面倒な人間もいるのだ。
「元々火恋と行く時はいつも奢りだしな」
「それは火恋の可愛さに貢ぐ的な?」
「まあ、それもあるけど……」
贖罪の意も多少ある。
中学時代、俺の起こした暴行事件のせいで火恋までもがサッカーの全国大会に行けなかった。
たかが食事を奢るくらいで償えるわけではないが、それを負い目に思ってのことだ。
幸い、火恋はそう言うのに遠慮はしないから、こちらも気持ち良く奢れる。
「じゃあ俺ステーキで」
「仕方ないなあ」
ステーキを扱っているファミリーレストランで、俺達は腹を満たす。
ついでにステーキを頬張って幸せそうな表情の火恋と、まるで父親みたいな表情でそれを見つめる陽火の写真もたくさん撮った。
最後にゲームセンターでシューティングゲームや、レースゲーム、果てはボウリングなんかを一通り巡って、俺達は帰路についた。
「次はこの面子でカラオケ行こうぜ」
「いいね。賛成」
知らない間に仲が深まっていた陽火と火恋を見ると、微笑ましい気持ちになる。
火恋はメンタルが強いのであまり気にしていないが、偏見と差別を受けやすい見た目をしているから、あまり友人が出来なかった。
俺と一緒で短気な所もあるから、サッカー部では火恋派と部長派で内部分裂してバチバチしてたし。
「そんじゃ、俺はここでお別れ」
立ち止まり、二人に別れを告げる。
「俺らはどうする? ホテルでも行く?」
「死ね、バカ」
すっかり陽火に手玉に取られて、同情を禁じ得ないほど耳まで真っ赤にした火恋が、手を繋いでいない方の手で彼の肩を殴りつけた。
恥じらいと怒りの混じった表情で、ポコポコ陽火を叩いている火恋は何というか、アレだった。
何というか、少し押せば行けそうな空気が出てる。
野暮なことは指摘せず、「それじゃあまた」と告げて、俺はその場を去った。
ある日突然、付き合うことになったと報告されても驚かない事にしよう。
一人、訪れるかもしれない未来に覚悟を決める。
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