Rain




「皆でどこかへ行ったのかと思えば、もう始めてたんですね」


 シャルロットの後ろからは、詩島を含む他の男子部員全員がやって来る。


「鈴木、星はどうだ?」


「とりあえずいい感じです。見ますか?」


 いつの間にか、優斗は何かしらを捉えていたらしい。望遠鏡の前から退いて、先輩に覗くよう勧めた。

 部長の高山が、一番手を務める。


「お~、すげぇ見えるな! こんなに綺麗に見れるとは思わなかった」


 感激したような声を上げ、他の部員達が俺にも見せろと喚く。テンションの高さは教室から引き継がれているらしい。


「藍川さん、何で私のことほったらかしにして行っちゃうんですか?」


 詩島は頬を膨らませて、ぐいぐいと圧を掛けるように胸元まで迫ってくる。首を目いっぱい反らして、下から上目遣いに睨んでくる詩島は、ほんの少し背後に手を回せば殆ど抱きしめているのと同じぐらいの近さだった。


「楽しそうにしてたから、邪魔しちゃ悪いと思って」


 思ってもいない弁明で乗り切ろうとするも、詩島は無言で睨みつけてくる。


「私が言ったんだ。先に準備を始めようと」


 背の低い詩島に目線を合わせるように屈んで、レジーナが俺を庇う。


「うー。本当ですか? なら許します」


「ありがとう。詩島」


 まるで子供扱いするように、レジーナが詩島の頭を撫でて慰める。ほんの少し納得のいっていない空気を出しながらも、詩島は下がってくれた。


「小麦~、星の海が見えるよ!」


「今行きます」


 望遠鏡が映し出す星の海に感激したシャルロットが、詩島を呼ぶ。彼女は早足で、望遠鏡とそれを囲む男子部員の下へ向かう。望遠鏡を中心に男達が360度取り囲んでいるのはカルト集団の儀式か何かか?


「瑠美奈、あっちに行こう」


 レジーナが唐突に手を引いて、引っ張った。


「せっかくだから、遠くに見える街を背景に写真を撮ろう」


「それは良いな」


「じゃあ、お姉ちゃんも一緒ね」


 背後から世駆兎が忍び寄ったかと思うと、俺の背中に両手を置いて、ぐいぐいと押す。押されるがままに、足を進めた。


 屋上から眺める街並みは、素晴らしかった。

 まだ八時だから、街はたくさんの灯りで溢れていた。

 海の上には大きな船が、遠くには灯台が、更に遠くには旅客機の光が見える。

 仁和令明の屋上のフェンスは容易に自殺できるほどフェンスが低い。だから、何にも遮られる事なく、辺りを一望できた。


「世駆兎、撮ってくれ」


「いいけど、次交代だからね~」


「分かっているとも」


 二人で夜景をバックに、世駆兎のカメラのフラッシュが焚かれる。

 何枚か撮って、レジーナと世駆兎が位置を変えて、また何枚か撮った。

 最後は三人並んで、両腕に絡みつかれた状態で、世駆兎が自撮りの要領でもう一枚撮った。


「ちょっとぉ、私を除け者にしないで!」


 拗ねたような声で明日美が声を荒げて近寄ってくる。


「悪かったよ。ほら、一緒に撮ろう?」


 俺が迎え入れるような仕草をすると、フェンスから無理心中するつもりなのかと問いかけたくなるような勢いで抱き着いてきて、そのままピースサインを世駆兎達に向ける。


「撮って。世駆兎」


「はい、チーズ」


 何度目か分からないフラッシュ。


「写真撮ってるんですか?」


「せっかくだし皆で撮ろうよ」


 今度は詩島とシャルロットが、男子諸君をぞろぞろと引き連れてやって来る。


「そうだな。では、私が集合写真を撮ろう」


 レジーナは高山に近づくと、手を差し出す。

 近づかれただけで、高山部長は委縮したハムスターみたいになっていた。


「君が部長だったかな?」


「あ、は、はい」


「スマートフォンを」


「あ、ど、どうぞ」


 高山は携帯を取り出すと、カメラ機能を起動した上で、レジーナに手渡した。


「君達は丁度十六人だから、八人屈んでくれ。シャルロット、詩島、明日美、ヴィクトリアは下段中央だ」


 言われるがままに並び代わり、部の天使達は下段中央に固まった。それ以外が男子部員となる。俺は上段左端になった。


「よし、バランスが良くなった。撮るぞ」


「はい、チーズ!」


 レジーナの横で、世駆兎が朗らかに合図を送った。

 部の男達はどいつもこいつもぎこちない笑顔を浮かべて撮られる。

 明日美達四人は撮られ慣れているだけあって、完璧な写りだった。


「よく撮れたよ」


 レジーナがスマートフォンを返却する時、高山は完全に恐縮していて、恭しく頭を下げて携帯を受け取る。これじゃ、本当にレジーナが魔王みたいだ。


「グループラインで共有するといい」


 そう言ってレジーナは愛想を見せた。

 グループラインとはRainらいんと呼ばれるチャットアプリのグループチャット機能のことを指す。


「あ、そういえば……グループライン、ないっす」


「今後も活動するなら作った方がいいよな……?」


「そ、あ……せ、せっかくだから作る?」


 菊池、斎藤、高山が、ちらちらと詩島達の方を見ながら挙動不審気味に相談している。


「そもそも、グループライン作らないと、写真送れないし……作った方がいいんじゃね?」


 本泉ほんずみ先輩の言葉が一押しとなって、総合芸術部はグループラインを作ることになった。 


「そ、その、というわけで、グループラインを作ることになったんすけど……」


「あー、そう言えばありませんでしたもんね、いいですよ!」


「是非、部員として参加させていただきます」


 詩島とシャルロットが二つ返事で参加してくれて、高山はほっとしたような表情を見せる。


「あ、その、ヴィクトリアさんと、明日美さんにも入って頂きたいんですが……」


 何で明日美とヴィクトリアの時だけそんなに畏まってんだよ。


「藍川は?」


「入るけど」


 高山を尻目に、ヴィクトリアは俺に確認を取って来る。この娘は自分の意思がないのかな?

 全部俺基準じゃん。嬉しいけど。


「私も入る」


「明日美も入れ」


「入るって」


 無事に全員が参加し、男子勢は再びテンションが上がったのか、内輪で何か騒ぎだしていた。


 その後は、何度か部員達は星々を探して望遠鏡を彷徨わせ、大して星空に興味がない人間ばかりであっても、そこそこの盛り上がりを見せた。

 一応活動記録があった方が良いと、何枚か素人写真を撮って、データに残す。

 準備は俺達がしてくれたからと、片付けは先輩達がやってくれたが、分解するのに四苦八苦していたので結局俺がやる羽目になった。

 部室を片付けて、活動限界の九時よりも、少し早い時間に解散となった。


 運動部も帰宅した後の学校は静かで不気味で、異世界に迷い込んだような錯覚さえあった。


「楽しかったね、観測会」


「クソ寒いけど」


「確かに」


 シャルロットが話しかけてきたので、今更ながら、彼女の髪を注視する。

 今日はストレートで、ヘアピンもしていない。本物のシャルロットのようだった。

 昨日がエクレールだったから当たり前といえば当たり前か。彼女達は交互に入れ替わっているから。


「皆さん、観測会、お疲れ様でした。後の戸締りはお任せください」


 戸締りはガチでレジーナのメイドがやってくれるとのことだった。

 昇降口で合流したガートルードが、総合芸術部の面々に深々と頭を下げて見送る姿に、慣れていない先輩達は見事に面食らって動揺していた。


「今度は合宿とかもいいかもな?」


 味を占めた伊藤先輩がそんなことを宣う。今日の観測会の雰囲気を見た上での発言だろうが、下心を隠しきれていない。


「どうせ夏とか暇だし、いいかもな」


「でも、合宿先とかどうすんの?」


 予定調和の如く、同調する男子部員達。女性陣は置いてきぼりだ。


「藍川さんは、合宿とかどうですか?」


「まあいいんじゃね」


 話を聞いていた詩島が、小声で俺に問いかけてくる。楽しそうではあるけど、面倒そうでもあった。


「じゃあ、俺達はこっちなので」


「みんなお疲れ、また来週」


「お疲れ様でした。高山部長」


「おつかれでーす」


 詩島とシャルロットが愛想良く、部長達へ別れの言葉を返す。

 最後までにこやかな笑顔を浮かべて、自転車通学の先輩方は駐輪場へと向かっていく。自転車通学

 詩島は迎えの車で、シャルロットはバスで帰るらしい。二人とは校門の辺りでお別れとなる。


 大慌てで自転車を引いて駆けてきた鈴木 優斗が、俺達に追いついた。


「あれ、瑠美奈は自転車じゃないの?」


「最近はバスにしてる。山登んの怠いし」


 怠いというのは方便で、本当は明日美や世駆兎と一緒に通学したいからというのが正しい。レジーナはたまに高級車で迎えに来て、送ってくれたりする。

 あんまり車に甘えていると、自慢だった持久力がどんどん落ちるので、ルナとサイファーを使ったジョギングは欠かさない。

 住まいを変える前は優斗と通学中に一緒になる事もあったが、今ではもうルート的に、途中で会うことは滅多にない。


「瑠美奈、送っといたから、許可して」


「何の話」


「スマートフォン」


 ヴィクトリアが何か携帯を操作していたかと思えば、唐突に確認を促される。

 言われるがままに携帯を開くと、通知が何件か来ていた。


【ロッテ さんがあなたを友達に追加しました】

【詩島 小麦子 さんがあなたを友達に追加しました】 

【ヴィクトリア さんがあなたを友達に追加しました】


 Rainの機能が悪用され、グループメンバー経由で俺個人に友達申請が飛んできていた。


「やりやがった」


「ね、お願い……」


 切なそうな声と表情で惑わしてくるヴィクトリアは、おおよそ高校生を通り越した色香を纏っていた。

 豊満な胸を押し付けて、緩やかに腕を絡ませてくる。


「分かったから」


「やった」


 送られてきた友達申請を纏めて許可する。


『送っちゃった☆ よろしくね~』これはシャルロットから。

『送っちゃいました。これから末永くよろしくお願いします』これは詩島から。

【喜んでいる血塗れのウサギのスタンプ】これはヴィクトリアから。


「何このスタンプきも」


「ひどい」


 ヴィクトリアは小さく笑って、継ぎ接ぎのクマや、血塗れのウサギ、ロボットみたいなネコなど、ヘンテコな動物のスタンプで画面を埋め尽くす。


 釣られたように笑って、俺も一つだけスタンプを返した。


 ピースサインを作る変なサメだった。





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