星の綺麗な夜






 6月30日。


 遂に観測会の日が来てしまった。

 お祭りの気配を感じてか、先輩たちの出席率はすこぶる高い。その数、十一名+鈴木 優斗。

 可愛くて綺麗な女子達と夜空を見上げるということにはロマンを感じずにはいられないのか、皆目がキラキラしていた。


 女子の面子は、シャルロット、明日美、ヴィクトリア、詩島の部活メンバーに加えて、何故か世駆兎とレジーナもいた。


 天文に欠片も興味がない連中が、下心で集まった罰当たりな観測会だが、空はすこぶる快晴だった。


 同意書を用いて学校に夜間観測許可を貰った俺達は、今日は九時まで学校に残ることを許されている。

 顧問である音海は本来残らなければいけない立場だが、レジーナの侍女が監督と戸締りを務めるとのことで、普通に帰った。なんで侍女にそんな権限があるのかは分からない。


「今日は私と彼女も観測会にお邪魔させていただくので、よろしく」


「よろしくね~」


「あ、よ、よろしくお願いします……」


 レジーナと世駆兎の挨拶を受けて、緊張した面持ちで高山部長は迎え入れる。

 シャルロットと詩島である程度女子に慣れたとは言え、流石に王者の風格を持つレジーナ相手では平静を保つのも難しかろう。


「それじゃ、俺らは買い出し行ってきますよ!」


「な、何か買ってきて欲しい物、ある?」


 身体が横に広い菊池きくち まさる先輩と、対照的に縦に細長い円谷つぶらや 幸大こうだい先輩に続いて、他の先輩達も騒がしくなる。


「買って来てくれるんですか? ありがとうございます」


「ごちでーす」


 男を扱うのが上手な詩島とシャルロットは笑顔で男衆を送り出す。


「世駆兎さん達の分も適当に買ってきますね」


 比較的コミュ力の高いお調子者みたいなキャラの、伊藤いとう 康平こうへいが、レジーナ達に向かってそう声を掛けて、教室を出て行った。


「レジーナ達は、何か欲しい物ある? 夕ご飯、遅くなるから買って来るけど」


 優斗が気を利かせて、レジーナ、世駆兎、明日美、ヴィクトリアに要望を聞いた。


「では、適当に何か買ってきてくれるかな? 私達の分」


 レジーナが財布から一万円札を取り出して、優斗に手渡した。すぐ財布出す癖やめろ。


「お釣りはいらない」


「いいよ。奢るから」


 優斗はカッコつけて、差し出された一万円札を受け取らなかった。先輩達に追いつくべく、教室を駆けて出た。


「はい、瑠美奈」


 行き先を失った一万円札を、俺に差し出してくる。


「紙飛行機にするぞ」


「ふふっ、冗談だよ」


「金持ちが言うと冗談に聞こえないんすよね」


 彼女は目を瞑り、口角を上げた。

 拒否されたお金を財布に戻す。その際に見える札束の群れ。明日美といい、可愛くない額が入っている。


 俺は現実から目を背けるように踵を返して、教室を出た。

 一歩出た所で、ヴィクトリアに呼び止められる。


「どこに行くの?」


「……どうせ真面目にやらんだろうけど、一応機材を用意しておく」


「じゃあ、私も」


「せっかくだし、皆で行こうよ」


 ヴィクトリアが小走りにこちらへやって来る。後ろからは世駆兎が皆で行くことを提案しながらついてくる。それに、レジーナと明日美が続いた。

 残ったシャルロットと詩島も、こちらを見ていて、何となくついてきそうな気配を見せていた。


「資料室狭いから、ヴィカだけでいい。行くぞ」


「うん」


 最初に寄って来たヴィクトリアを指名して他を切り捨てると、彼女は嬉しそうにして、隣に並ぶ。

 その瞬間、背筋に悪寒が走った。

 反射的に顔半分を背後に向けると、笑顔のレジーナ達が見えた。

 何となく見てはいけないものを見たような気がして、俺は目を背けるように前へ向き直る。


「どうかした?」


 俺の不審な態度に、ヴィクトリアが訪ねてくる。


「別に」


 本当に何もないのだが、何故か冷や汗が滲み出た。


 部室からそこそこ離れた位置にある資料室で、俺とヴィクトリアは特に苦労することなく、天体望遠鏡を見つける。


 流石私立と言うべきか、あるいはかつての天文部が凄まじく活動的だったのか、天体望遠鏡は3つもあった。

 経緯台が二つと赤道儀が一つ。この不真面目な部活では赤道儀は使わないだろう。

 

「これは持っていかないの?」


「それは天体撮影用だから」


 箱に入った望遠鏡を二つ、台車に乗せて屋上へ続く階段まで持っていく。

 二人どころか一人でも余裕な仕事だった。


 そこそこ重い望遠鏡を屋上入口まで運び、俺の仕事は終わった。




 ★



 


「お菓子大量に買って来たよ」


 お菓子がたくさん入った白いレジ袋を掲げて、戻って来た菊池きくち まさるが笑う。


「俺も」


 円谷つぶらや 幸大こうだいも同じく、お菓子が入った袋を机の上に置いた。


 ぞろぞろと男衆が戻って来ては、机の上に食べ物が増えていく。


「好きに食べて良いから」


 それからはいつもの部活という感じになっていた。

 詩島とシャルロットを囲って、駄弁って、挙句の果てにはカードゲームを始める。

 天文部OBが泣いてらあ。


 俺はスマートフォンで、望遠鏡の使い方と観測のやり方を学んでいた。

 学校の望遠鏡は多少勝手は違うかもしれないが、大体は一緒だろう。


「レジーナ、近い」


「私も天体観測には興味があってね」


 熱心に読んでいると、レジーナが頬がくっつくほど顔を寄せてきて、いい匂いとほっぺの感触で妨害してくる。


「自分のスマートフォン」


「仕方ない。叩き潰すとしよう」


「見てていいです」


 レジーナが自分のスマートフォンを叩き潰そうとしたので、仕方なく傍で見ることを認めた。


 負けじと、明日美が別サイトからくっついてくる。


 はっきり言えば嬉しいけど、ここでは恥ずかしいからやめて欲しい。


「このぐらいでいいか。俺らだけでも天体観測しよう」


 夜の校舎という非日常空間に加えて、皆が憧れている美人と一緒という事実が、先輩たちの気を大きくしていた。

 教師の見回りが無いのを良い事に、普段のぼそぼそした喋り声からはかけ離れた大きな声で騒いでいた。


 彼らのどんちゃん騒ぎを尻目に、俺達はこっそりと抜け出した。

 

「レジーナと世駆兎は防寒具持って来たんだよな?」


「君に言われた通り、隣の教室に置いてあるよ」


「なる」


「先輩達、連れて行かなくていいの?」


 教室を出ようとすると、優斗が引き留めてくる。


「じゃあ、お前が呼んで来い」


「…………」


 優斗は何か言いたそうな選手権優勝の表情で、黙った。目を合わせていると、優斗が先に視線を逸らす。俺の勝ち。


「よし、行くぞ」


「おー」


 明日美と並んで、教室を出る。ぞろぞろと、大人数が教室を出て行ったので、恐らく先輩方には気付かれただろう。別にこそこそ隠れているわけではないから問題ないんだけど。

 地味に場所を取るからという理由で、俺と一部の面子は隣の空き教室に防寒具を畳んで置いておいた。

 暖房の利いた部屋から出ると、廊下の時点で寒かった。廊下でこれなら屋上はもっと寒いだろう。この高校はが小高い山の上に立っているので、更に寒さが加速している。


 教室を抜け出してきたのは、レジーナ、世駆兎、明日美、ヴィクトリア、優斗の五名。

 ヴィクトリアは同じ教室のレジーナ、同じ部活の明日美とは知人程度には話している。唯一まともに会話していないのは世駆兎ぐらい。ただ、彼女は距離感がバグっているのですぐ打ち解けられるだろう。

 中学時代の出来事と、普段あまり笑わないことからコミュ障なのかと思っていたが、案外明日美とは仲が良い。いや、この場合は明日美が社交的だったのかもしれない。


 薄暗い校舎に足音と声を響かせて、集団は屋上へ向かった。

 屋上の扉は既に解錠されており、床に適当に置いてある望遠鏡に気を付けながら、屋上に足を踏み入れる。


「流石に寒い」


 既に夏に入っているが、流石に夜は冷える。というか、真夏でも夜は冷える。

 数十年前に小惑星が落ちて来たせいで、地球の平均気温は三度も下がった。昔と比べると夏は快適になったらしいが、代わりに冬が地獄になったと聞く。


「屋上から見上げると、夜空が近く見えるな」


「何となく分かる」


 宇宙規模で考えると、地上から見るのも屋上から見るのも大した差は無いのだが、何となく、屋上から見る夜空の方が星々が良く見える気がした。

 入り口に置いておいた望遠鏡を運び、屋上で展開する。


「ヴィカ、灯りくれ」


「うん」


 傍で可愛らしく座り込んでいたヴィクトリアに灯りを要求する。

 俺としたことが、ライトを用意するのを忘れていた。探せば学校にも一つや二つあるだろうが、今から探しに行くのは面倒だ。

 月明りが青白い光で僅かに地上を照らしてくれているが、人類の英知であるスマートフォンの灯りの方が頼もしい。


 雑に資料室に積まれていた望遠鏡だが、質感と作りから恐らく五万以上は余裕でするだろう。

 暗闇でうっかり壊してしまわないように、スマートフォンの光を頼りに展開していく。


 不慣れながらも、三脚を立て、顕微鏡をマウントに組み合わせていく。


「これ夜にやる作業じゃねえわ。明るい内にやっておくべきだった」


「でも、もう完成するじゃん」


 ヴィクトリアに並んで、明日美もスマートフォンで手元を照らしてくれる。

 ドライバー不要のネジを締めて鏡筒を固定し、ファインダーを取り付けて、ようやくそれっぽい形になった。初心者向けのものなのか、あるいは天体望遠鏡自体が大体そうなのかは知らないが、組み立て自体は簡単だった。


「完成したね、お疲れ様」


 世駆兎が傍に寄ってきて頭を撫でてくれる。

 恥ずかしかったが、その手を跳ね除けられず、俯く。

 もう一台あるけど、面倒くさくて開ける気にならない。一台あれば充分だろ。


「ファインダー合わせは僕がやるよ!」


 優斗がしゃしゃり出てきて、俺と同じ付け焼き刃の知識でファインダーを望遠鏡の照準と合わせていく。

 数キロ先に灯台があるので、それで照準を合わせるようだ。


 俺は何気なく新校舎にもある屋上へ目を向けると、人影を一つ見つけた。


「あれはゲルトルートだよ」


 人影に言及するよりも先に、レジーナが正体を教えてくれる。ゲルトルートは知っているメイドだ。

 彼女のメイド数名とは面識がある。ゲルトルート、ガートルード、スートリア、フラムニカの四人だ。全員頭がおかしいのであんまり関わり合いたくない。


「ファインダー合わせ終わったよ」


 優斗が笑顔で世駆兎達に向かって報告する。


「優くん、頑張ったね~。お疲れ様」


 世駆兎は笑顔で優斗を褒め称えた。

 優斗は照れた笑いを浮かべて、望遠鏡から一歩離れる。


「どうせならそのまま月に合わせてくれ」


「……分かった」


 俺に指図された時だけちょっと不満そうな顔を浮かべるのやめろ。俺も優斗から同じこと言われたら額に青筋浮かべるだろうけど。


「それにしても、綺麗な夜空だな」


「ああ」


 優斗が満月の方へ望遠鏡を向けて、ファインダーで探している背後で、レジーナがぴったりと傍に寄り添った。

 腰を掴んで抱き寄せると、恋人みたいに肩口に頭を擦り付けてくる。

 背後からは無理やりおぶさるように明日美が背伸びして寄りかかってくる。

 左側は、さり気なくヴィクトリアが占拠していた。

 世駆兎は俺達の状態を見つけると、不気味に微笑んだ。


「…………よし、月に合わせたよ」


「おー、凄いねえ」


「世駆兎、見てみなよ。綺麗だよ」


 合わせ終わったとのことなので、饅頭状態を解いて天体望遠鏡の方へと向かった。


「こんなによく見えるものなんだね」


「僕もびっくりした。てっきり天文台にあるような奴じゃないとこんなに見えるとは思ってなかったから」


「私にも見せてー」

 

 代わる代わる、天望鏡を覗いていく。

 最後に俺も覗いた。灰色の土と、無数のクレーターと、漆黒の影が織り成す月の表面が良く見えた。

 これだけでも活動は成功したと言えるだろ。

 接眼レンズに専用の付属カメラを取り付けて、何枚か写真を撮った。ケーブルを使えばスマートフォンやPCに写真を送れるらしい。


「土星とかは見れないの?」


「あんなに月が明るいと見つけ辛いだろうな」


 今日は月の自己主張が激しい。月が目立ちすぎてそれ以外が探し辛かった。


「まあでも、せっかくだし探してみようよ」


「優くん、出番だよ」


「分かった。やってみる」


 世駆兎と明日美に促され、優斗はうきうきで星を探し始めた。

 すると、忍び足で世駆兎が俺の方へやって来て、するりと腕を絡ませてくる。

 悪戯っぽい笑みを浮かべて、寄りかかる。


 やれやれと呆れたジェスチャーを見せて、今度は明日美が優斗の傍についた。当番制なの?


 世駆兎とレジーナがやっていたからという理屈なのか、ヴィクトリアもやたら至近距離で接してくる。

 二の腕も肩も触れていて、いつもより三割増しで近い。こいつ絶対俺のこと好きだろって勘違いするくらいには。


「あー、やっぱりここにいた!」


 屋上の入口から天使シャルロットの声が聞こえてきて、俺を固めていた少女達がするりと離れていく。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る