イビルツイン
最近シャルロットが鬱陶しい。
「藍川くん、あのね、分かるよね?」
長い髪を二つに結んでいたシャルロットが、ツインテールを両手に持って見せつけてくる。
使われているヘアアクセサリーは、俺がエクレールにあげたものだ。
「分かってるって」
彼女はシャルロットとして過ごすエクレール。ちゃんと分かっていると返すと、満足したように笑って帰っていく。
「何が分かるんだ?」
「さあ?」
一部始終を傍で見ていたレジーナの問いかけに、俺は惚けて返した。
あの日、エクレールに幾つか贈り物をしてからと言うものの、髪飾りをしている日はやたらとアイコンタクトを試みてくるようになった。
無視していると、わざわざ俺の席の前にまでやって来て見せに来る。
翌日のシャルロットを挟んで次のエクレールの日、彼女は俺の前にやって来ると、後ろ髪を纏めているバレッタを見せてくる。今日の彼女は髪型をシニヨンにしていた。
普段は髪に隠れている白いうなじが眩しい。
振り返って顔の半分を見せながら、両手で髪を結っているバレッタを指差してきた。
目を細めて追い払うような仕草をすると、彼女は笑顔で帰っていく。
その間に一言も言葉は発せられておらず、もはや怪しい儀式である。
窓際とは言え、一番前の席である俺の所にシャルロットが来ると、流石に目立つ。案の定、後ろで男子数名がこちらを見てひそひそ話しているのが視界の端に映っていた。
翌々日のエクレールは、シュシュでサイドテールを作ってまた見せに来た。
照れくさそうに笑いながら、無言でシュシュを指差す。
「ちょっと来い」
俺は彼女の手を引いて、廊下へと連れ出す。諸に目立っているが仕方ない。
そこそこ人の行き来はあるが、広いから会話内容を聞かれる事が無い多目的ホールにて彼女と向かい合う。
「目立つからやめろ」
単刀直入に告げると、エクレールはもじもじして恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「だってぇ……私のこと知ってるの、藍川くんだけだし……」
「髪飾りを見れば分かるから、一々見せに来なくていい」
「少しくらいお話しようよ~」
「しない」
「じゃあ、代わりに藍川くんのこと名前で呼んでいい?」
「人前で呼ばないなら」
シャルロットは基本的に仲の良い女子以外は苗字で呼ぶ。そんな彼女が急に特定の男子だけ名前で呼んだら大騒ぎだ。
「じゃあ……瑠美奈くん」
「ああ」
「瑠美奈くん。今日部活にくる?」
「多分」
「一緒にゲームしようね」
彼女の十八番である男を魅了する天使の笑顔。
「読みかけの小説読むから」
「えー!? たまには皆とゲームしようよ」
「代わりに明日美とヴィカを向かわせるわ」
あまり長時間話すのも嫌なので、適当な所で会話を打ち切って教室へと戻る。
色々な人間に二人きりで会話していたのを見られていたので、今後は近寄りたくないな。既にシャルロット狂いの男が何人か見受けられる。可能な限り、関わらないのが吉だ。
週を跨いだエクレールの日。
対角線上の席からわざわざ俺の席まで歩いてきたヴィクトリアと会話をしていると、こちらを見つめるシャルロットを見つけた。
今日は長い髪をツインお団子にして頭の上に纏めている。
女子に囲まれながら話している彼女は、俺と視線を合わせながら、笑顔で小さく手を振った。ぶっ飛ばすぞ。
案の定、周りの女子達が疑問符を浮かべて、シャルロットの視線の先を追う。
俺は反射的にヴィクトリアの方へ向き直り、無関係を装った。
★
学校も部活も無事に終えたエクレールは、帰路につく。
家でだらだらゲームしているのも楽しいが、学校でしかできないこともあって、それが一番楽しかった。
身内や親しい人間であれば、双子を見分けられるというのは大嘘で、母親も父親も私達が自己申告しないと判断ができない。
「ねえ、お姉ちゃん。なんで最近髪型変えてるの?」
「気分転換だよ。皆、私が髪型変えると喜んでくれるし」
ゲームのコントローラーを片手に、ゲーミングチェアに座ってぐうたらしているシャルロットが迎え入れてくれる。
「さっき配信してたね。どうだった?」
「平日の昼間だからそんなに同接稼げてないかなあ」
「言うて結構スパチャ貰ってるじゃん」
「思ってたよりかは貰えたねぇ」
エクレールは実はVtuberを営んでいた。
声優にもなれそうな甘ったるい愛らしい声と、ギャップを感じる圧倒的なプレイヤースキルで、群雄割拠のVtuber群では上位に位置するほどの人気を有していた。
エクレールはVtuberを、シャルロットはコマーシャルモデル、ファッションモデルを生業として、活動している。稼いだお金の幾ばくかは親に渡すとは言え、二人とも年齢不相応のお金を持っていた。
母親は、シャルロットが高校卒業後、エクレールも駆り出して双子のモデルとして営業を掛けたいようだ。
高認を取るという条件があるとはいえ、本来なら許されるはずもない中卒を認めてもらっているエクレールは、母親の願いを無下にはできない。
既に何度か、シャルロットとしてモデルの仕事をしたことがあるエクレールは、特にモデルとして活動することに異論は無いが、忙しくなったら嫌だなあとは思う。
シャルロット単体であれだけ人気なのに、双子でメディアに露出したら人気が爆発してしまう。
モデルである内は声が入らないからいいけど、声を入れる仕事が出てきたら、Vtuberであることも芋づる式にバレて更に人気が爆発するのは想像に難くない。
人気になればなるだけお金稼げるから、別に悪い事ではないけれど。
「化粧落としてくる」
「あいよー」
家に帰って来たエクレールは鞄を置いて、洗面所へと向かう。
その間に、シャルロットが鞄の中を整理していく。
「戻り」
「じゃあ、勉強会ね」
「はーい」
エクレールが洗面所から戻ってくると、シャルロットは鞄から幾つかの教科書とノートを取り出した。
テーブルの上にあったコントローラーを片付け、起動していたゲームを停止させる。
ゲームをやっている間は人に見せられないくらいぐうたらしているグランデ姉妹だが、二人ともきっちりした性格をしている。
大きなテーブルに勉強道具を並べると、今日習った事の復習と、今後の予習、出された課題の片づけなどを、僅か一時間、二時間でてきぱきと終わらせていく。
双子は自分を律する能力が凄まじく、時間を掛けてお互いの学力を丁寧に揃えていく。エクレールも、仁和令明に落ちたのが不思議なほど、黙々と真面目に勉強に取り組んだ。
全科目のおさらいと予習を終えて、二人は揃って背筋を伸ばした。
「今日はここら辺でいいかな」
「終わりー」
「ゲームしよ」
勉強会が終わり、二人はコントローラーを手にする。
口には出さないが、今度は報告会だった。
学校で起きた出来事、シャルロットとして知っていなければならない事、印象的な友人との会話内容、その全てをゲームしながら報告していく。
要領が良い二人は、今までボロを出したことが無かった。最初の頃は危うい場面もあるにはあったが、誰も双子が入れ替わっているなんて思いもしていないので、機転次第でどうにでも誤魔化せた。
入れ替わりに慣れてくると、ミスらしいミスは殆ど無くなった。でも、油断はしない。
「部活はどうだった?」
「相変わらずだよ」
相変わらず先輩達はシャルロットの周りを固めてお姫様のように扱う。
彼らには勇気がないから、ボディタッチやセクハラの類が無いから接するのは割と楽だ。
最近は身嗜みに気を遣うようになったのもあって、居心地の悪さと言うものは感じられない。
そして相変わらず、藍川 瑠美奈は素っ気ない。
「ふふっ……」
「?」
エクレールが思い出したように、顔を綻ばせる。
シャルロットには、瑠美奈から髪飾りを貰った事、名前呼びを許可された事は話していない。
エクレールだけの秘密だった。
自分で選んだ道とは言え、全員が全員、エクレールを認識していないことに寂しさを感じることが時々あったけど、今は瑠美奈が正体を知っている。
瑠美奈だけが、エクレールを認識しているのだ。
それがなんだか嬉しくて、ついつい彼の方ばっかりに意識が向いてしまう。
もう少し、しっかりしないといけないのだけれど、こればっかりはしょうがない。
エクレールは心の中で、妹に謝罪した。
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