祭祀場







 来客を知らせるベルが鳴る。

 女性客二人の来店だった。


「いらっしゃいませー。お好きな席へどうぞ」


 学校が休みの土曜日――駐車場だけクソ広い、周りを山と田んぼで囲まれた、周りに何もない街外れの喫茶店【トーチカ】で、俺は働いていた。

 客は今しがたやって来た二人のみで、閑散としていた。

 やる気のない店長に代わって俺は、テーブルに着いたお客様にお冷を出して、オーダーを取って、ドリンクと料理を作って、提供するという一連の流れを一人でこなす。

 この喫茶店はリピーターの来店が重なると忙しくなるが、大体暇。

 黒字が出ているかどうか不安になるが、経営不振で潰れることはない。

 それもそのはず。この店は世駆兎ぜくとの母親である有馬ありま 燐世りんぜが趣味で経営している喫茶店だからだ。


 燐世は俺の父親、有馬ありま 依御里いおりの姉。

 有馬財閥の顔として、最前線で活躍する娘の世駆兎とは違い、燐世は本家からは少し距離を置いており、曽祖父から受け継いだ莫大な資産を運用して生計を立て、のんびり過ごしている。

 総資産は二十億を超えていて、なおかつ年収も一千万を超えるらしい。赤字を百年垂れ流しても潰れることはないと断言していた。

 燐世曰く「雰囲気の良い喫茶店で働きたいけど、接客はしたくない」とのことで、普段は侍女数名がスタッフをしていて、彼女はたまにキッチンを担当するだけに留まっていた。


 世のアルバイターを舐め切ったぐうたら店長の燐世だが、喫茶店の外装及び内装に関してはガチで、生来の美的センスをフルに活用している。

 間取り、テーブル、椅子、カウンター、小物、食器、家具、音楽、料理、飲料どれをとっても素晴らしい。高価なオーダーメイド品をただ並べただけではなく、見事に調和させていた。普段ずぼらなくせにこと喫茶店に関しては掃除も丁寧で、完璧だ。

 抜群に優れた雰囲気の喫茶店は多くの客を魅了し、初見の人は大体リピーターになる。口コミによる評判も良く、立地がアホすぎるお陰で何とか過疎を保てているが、まともな場所なら間違いなく大繁盛だろう。

 しかしながら、喫茶店を経営している雰囲気を味わいたいだけの燐世にとっては、これぐらいの客入りが丁度いいと思っているようだ。


「あー、そうそう……言い忘れてた」


 客を見送り、テーブルを拭いている俺に、燐世がカウンター越しに話しかけて来る。

 いつも気怠そうで、眠そうで、やる気も覇気もないダウナー系美人。顔以外は世駆兎と全然似てない。


「何?」


「明日からバイトもう一人増やすから」

 

「え、誰?」


「あなたと同じ高校の人」


「名前は?」


「ヴィクトリア……ヴィクトリア、なんちゃら」


「…………」

 

 ヴィクトリアと聞くと当然ながら一人しか思い当たらない。

 あいつが? 俺より口下手で、愛想が無くて、協調性も無いけど大丈夫だろうか。

 この喫茶店【トーチカ】はリピーターが多い分、よく話しかけられる。ヴィクトリアが上手く捌けるか不安だった。


「ちなみになんで雇ったの? お付きの人、やめるとか?」


「どうしてもここで働きたいって熱意に負けて。あと顔」


 顔。


「あいつ美人だから、騒がしくなっちゃいますよ」


「それならそれでいい。どうせ私は接客しないし」


 騒がしくなったら、ヴィクトリア目当ての面倒な客来そうで嫌だな。

 まあ、始まる前から気にしていてもしょうがないか。

 俺は気持ちを切り替えて、掃除の手を進めた。


 翌日――


「あ、あ、藍川もここで働いてたんだ……き、奇遇だね……」


 店の制服に身を包んだヴィクトリアは、俺を発見すると挙動不審になった。

 

 奇遇の態度か? これが。 


 


 

 

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