メイドラグーン






 瑠美奈とキスをして別れてからというものの、レジーナはすぐ近くにあった三年生の教室で膝をついていた。


「すぐ腰砕けになるんですから、学校でのキスはお控えください」


 ガートルードが傍について、脱力していて身体に力を籠められないレジーナを椅子に座らせる。

 レジーナは瑠美奈とキスをすると、それだけで足腰が機能しなくなるくらい感じてしまうのに、所構わずキスしようとするきらいがあった。


「仕方ないだろう。堪えられないのだから」


「堪えてくださいよ~」


 呆れたような物言い。ガートルードが諦めたように目を瞑る。


『レジーナ様、先ほどの様子を何者かが撮っていました』


 静かな教室に響く、無情なノイズ混じりの声。ガートルードが腰に下げている無線機からだった。

 ガートルードはがっくりと項垂れる。


「ほらぁ~」


「別にいいじゃないか。撮られても」


「あのですね、レジーナ様は地上波や雑誌等のメディアにも露出していますし、有名人なんですよ~。スキャンダルが拡散したらお父様が黙っていないと思います」


「その時は例の計画を実行するしかないな」


「すぐそうやって解決しようとするの、良くないと思います」


「可能な限り、そうならないようにするさ。私は平和主義なんだ」


 レジーナは机に手を着き、何とか立ち上がった。


「ゲルトルート。撮影した人間を追跡しろ」


 ガートルードが監視班へ命じる。間髪入れずに、無線機から返答があった。


『追っているが……対象がそちらへ向かっている』


「何だと?」


『あと5秒』


 無線の通り、5秒後に教室の扉が開かれた。


「あっ、まだいた。良かった良かった」


 入って来たのは軽薄そうな三年生の男子だった。顔は良いが、女癖が悪いということで有名な男だ。

 男子バスケ部で、先ほどもレジーナが試合をしている姿を目で追って鼻を伸ばしていた。

 レクスクラトル家の足元には及びもしないが、両親は権力者らしい。犯罪をもみ消したという噂もあり、悪名が絶えない。


「何か御用ですか?」


 鋭い目つきでガートルードが男を睨みつける。


「そんな怖い顔しないでよ、メイドさん。ちょっと話をしに来ただけだって」


「手短にお願いします」


 そう言うと、男は下卑た表情を浮かべて、ポケットからスマートフォンを取り出した。


「いやぁ、さっきさ、めちゃくちゃ凄い画が撮れちゃってね」


 男は、ガートルードとレジーナへ向けて画面を突き出し、動画を再生した。

 やはりというか何と言うべきか、瑠美奈とレジーナが深いキスを交わしている姿がばっちり映っている。拡大率的に相当遠くから撮ったようだが、それでも誰なのか鮮明に分かるくらいに、くっきり撮られていた。プロカメラマンか。

 

「これが何か?」


「流出したら不味いっしょ?」


 男の目と口角が厭らしく吊り上がる。


「ガートルード、話は応接室でするとしよう」


「……分かりました」


「交渉がしたいので付いてきていただきたいのですが」


「ああ、もちろん。ついてくよ」


 恭しく畏まるレジーナを見て、男は鼻息を荒くする。彼の中では、既に彼女と致す瞬間まで妄想は進んでいた。

 ガートルードとレジーナは並んで歩き、新校舎四階にある応接室まで男を案内する。


 一体レジーナはどうするつもりなのだろうと考えながらも、今現在、何も指示が無いのでガートルードは待機するしかない。

 応接室に辿り着き、ガートルードが持つ鍵を使って中へと入る。


「学校に侍女用の応接室があるなんて、金持ちはすげぇなぁ」


「…………」


 この応接室は学校から借りたもので、レジーナの侍女達の詰所となる。

 パソコンが何台かあるのと、高価で座り心地の良い椅子以外は、ただの教室だ。

 今は誰もいないが、飲みかけのココアなど、先ほどまで誰かがいた形跡はあった。


 男は無遠慮にソファに身を投げるように座り、足を組む。

 その態度にガートルードは顔を顰めながら、話を切り出した。


「それで、何がお望みでしょうか」


「レジーナちゃんの身体」


「…………あ?」


 ヘラヘラしながらとんでもない要求を男はして来た。

 ガートルードが低い声で唸る。真っ黒で淀んだ瞳で睨みつけられても男はどこ吹く風で、余裕そうな笑みを崩さない。

 レジーナは微かに笑いながらも、無反応だった。


「別にいいっしょ、減るもんじゃないし。どうせあいつとヤリまくってんだろ?」


「…………」


「俺に大したメリットないからやりたくねえんだけど、聞いてくれないんだったらネットに流すわ」


「肖像権の侵害に名誉棄損だ。どうなるか分かっているんだろうな」


「裁判しても良いぜ。負けても親父が金払うだけだし。痛くもねえ。レジーナちゃんがエロい顔しながらキスをして、夢中になりすぎて窓から落っこちそうになる映像がネットに流れ続けるだけだ」


「ぐっ……」


 ぐうの音も出ない正論に、ガートルードは押し黙ってしまう。ことが済んだらレジーナにずっとお小言を言いたい気分だった。


「つーか俺ってあっちの方、超上手いから。試しでやってみようぜ。男の経験は多いに越したことはないだろ? やったら動画消すからよ」


「ふむ……」


「あの男では経験できない快楽を味あわせてやる。完全に合法の良い薬があるんだ」


「そうか……」


 レジーナは思案に耽った表情で、ぼんやりした言葉を返す。

 大丈夫かと、ガートルードは主の精神を案じた。


「……困ったな……私は好きな人以外に触られたくないんだ」


「大丈夫だって、ヤってる内にすぐどうでもよくなっから。少し我慢すりゃいいんだよ」 


 レジーナはとことこと、部屋の中を歩き回ったかと思えば、ガートルードの傍に歩み寄った。


「一般的な美意識であれば、この娘は相当な美人であると見受けられるのだが……彼女ではダメだろうか?」


 ガートルードの腰に手を添えて、自らの方へと引き寄せる。

 何も話を聞かされていないガートルードは、いきなり売られて大層焦った。しかし、主君に逆らう訳にもいかず、口を噤む。


「ダメだね。俺が欲しいのはお前だ」


「お金はどうだろうか。一億ならすぐに出せるが」


「レジーナちゃんのとこほどじゃないけど、俺の実家も金持ちなんだよ。金なんて要らねぇわ」


「……なら、他の娘を用意しよう。それで――」


「しつこいな。お前じゃなきゃ駄目だ」


「そうか……」


 残念そうな表情を浮かべて、レジーナは俯いた。

 

「ガートルード、スカートをゆっくりたくし上げてくれるかな」


「ええ?! そんなぁ……」


 嫌そうな顔を隠そうともせず、無言の抗議をするも受け入れてもらえなかった。

 諦念の表情で、仕方なくガートルードは言われるがままにロングスカートの裾を掴んで上げていく。


「色仕掛けしたって答えは変わんねえって」


 そうは言いながらも美人が顔を赤くしながらスカートをゆっくり上げていく姿は、そそるものがあった。

 白いソックスが途切れ、ガーターベルトと真っ白な太ももが露になっていく。無意識的に男の目は釘付けになってしまう。

 そして男は、違和感に気付く。


「あ? 何だ、それ……」


 ガートルードの右太もも上部には、黒いベルトが巻かれていた。それはレッグホルスターだった。

 男がそれの正体を理解する前に、レジーナは動いた。

 レジーナは中腰になると、ガートルードのレッグホルスターから素早く銃を引き抜く。

 安全装置を外し、中腰のまま男目掛けて二連射する。

 銃声は殆ど無かった。本来、消音器を付けていてもそこそこの音が鳴り響くものだが、レジーナの持つ銃からは銃声らしい銃声が発せられなかった。


「ぐっ……?!」


 胴体に二発食らった男はよろめき、本能のまま反射的に逃げようとする。

 レジーナは容赦なく、その背中に弾丸を追加で撃ち込んだ。

 痛みと衝撃とショックで足がもつれ、無様にもうつ伏せで倒れ込む。

 レジーナは倒れた男に近寄ると、頭と胴体上部に向かって弾倉が切れるまで銃を撃ち込んだ。

 部屋に硝煙と血の匂いが広がる。

 男は物言わぬ骸となり、血溜まりに沈んでいた。


「さて、ガートルード。私はバスケ部に戻るから、後始末は任せたよ」


「後片付け面倒なので気軽に人殺すのやめてもらっていいですか?」


「善処しよう」


 まだ熱を帯びている銃身を持ち、ガートルードに銃を返す。


「こんなクズでも、貴重な資源ではあるんですから……無闇矢鱈と殺してはダメです」


「ふふっ、責任は取るとも。私が奪った命の分だけ、瑠美奈の子を産む」


「子沢山じゃないですか……」


 レジーナは楽し気に笑うと、応接室を出て行った。


「スートリア、ゲルトルート、フラムニカ。後処理だ」


 死体と共に、一人残されたガートルードは、本来、詰所にいる筈だった他のメイド達に、無線で連絡を入れる。


『了解』


 ノイズ混じりの声が、部屋に響いた。




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