陽火恋





 入学してから、早くも二週間が経った。

 相変わらず、同じクラスに同性の友人はできていない。別段欲しいとも思えないが、いなければいないで暇だ。


 人の噂というのは恐ろしいもので、俺の中学時代の暴行事件は高校でも広がってしまっていた。それが影響していて、一部の人間以外寄り付かない教室の孤島になってしまっている。

 検索すれば今でも暴行した時の動画は出て来てしまうからな。ネットというのは恐ろしい。


 後悔しているかと問われれば、後悔はしていない。加害女子生徒達がヴィクトリアに売春を強いていた所とか胸糞が悪すぎて、殴った時の爽快感は人生史上トップレベルだった。

 ヴィクトリアは俺が孤立しているのを負い目に思っているらしく、同性の友人を放置して俺の方に話しかけて来るが、義務感が前面に出過ぎていて正直鬱陶しい。


「こんにちわ、藍川さん。私と会話しませんか?」


 会話が絶望的に下手くそだと判明してしまった詩島も、時々俺に関わってくる。

 ヴィクトリアが過去の負い目による義務で話しかけて来るのだとすれば、詩島は慈悲と博愛で俺に接してくる。


「話題ないからいいや」


「今日は良い天気ですね」


「はい」


「藍川さんは朝ごはん、何食べましたか?」


「バナナ」


「健康的ですね。ふふふ。ちなみに私はコーンフレークを食べました」


 にこにこしながら、詩島は英語の教科書の例文みたいな会話を繰り広げてくる。


「やあ、瑠美奈」

  

 AIがランダムで生成する話題みたいなのに付き合っていると、レジーナがカースト上位グループとの会話を切り上げてこちらへやって来た。

 

「こんにちわ、レジーナさん」


「どうかした?」


「いやなに。二人がどういった話をしているのか気になってね」


「会話らしい会話をしていない」


「なんだ」


「ええ?! 会話してたじゃないですか!」


「ロボットの質問に答えるのを会話と呼んでいいのかどうか……」


「わたしロボットじゃないです」


 頬を膨らませて、睨みつけてくる詩島。馬鹿みたいに可愛い。だけど君の血はオイルだよ。


「そういえば瑠美奈。火恋が”アレ”で来ていたぞ」


「早いな」


「アレって何ですか?」


「それは――」


 見た方が早いと言おうとした瞬間、視界の端で例のアレを捉えたので、口を噤んだ。


「はろー、瑠美奈。レジーナパイセンも」


 噂をすれば影が差す。

 火恋が陽火を連れて俺のクラスへと遊びに来た。


「出たよそれ」


「似合うっしょ?」


 萌え袖で口元を隠し、小悪魔的な笑顔を浮かべる火恋。

 彼は女子生徒用の制服を着ていた。紺のブレザーに、ベージュのカーディガン。ブラウン系統四色が交差するチェック柄のプリーツスカート。クリームとホワイトの縞々ネクタイ。

 いつもは後ろでアップにしている髪を下ろしていて、化粧もばっちり決めていた。

 もはや女子生徒にしか見えない。それどころか、称号持ち美少女でないと対抗できないくらいに可愛い。


 俺は無言で携帯を構えて、写真を撮った。


「待ち受け火恋にするわ」


「レジーナパイセンに殺されっからやめてくんね?」


「俺は火恋にしちゃった。待ち受け」


 陽火はそう言って携帯を取り出し、笑顔の女装火恋が映った画面を見せてくる。


「火恋って中学もこうだったの? 今日初めて見て超びっくりした」


「そうだよ。二年の時くらいから時々女装して登校してた」


 そこら辺の女の子より可愛いとはいえ、中学という若い世代の理解は得られず、大層ネガティブな言葉を陰で囁かれていた。なのにこの男は、不細工共の嫉妬が気持ちいいと涼しい顔をしていた。中学生のメンタルじゃない。

 女装趣味が判明した後、火恋は男子にも女子にも普通に告白されてた。元々、化粧の有無に関わらず、レジーナ達に肩を並べるほど顔が整っているのだ、火恋は。結局顔が良いのが正義。この世に生きる者の多くは外見至上主義からは逃れられない。


「ここの制服って十万以上すんのに」


「姉貴が進学祝いで買ってくれた」


「あー、なるほど」


「皆すげービビってて笑った」


「偏見無くても普通ビビるわ」


 現にこのクラスでも、火恋を知る人物はぎょっとした表情で、食い入るようにその姿を見ていた。

 火恋がいなくなってからすればいいものを、既にそこかしこで彼を話題にし始めていた。


 火恋の中学時代の異名は【悪魔】

 距離感や話し方こそ男友達のそれだが、女の顔に、女の声に、女に近い体、女子用の制服という要素で脳みそをバグらされ、近くにいるといつの間にか好意を抱くようになってしまう。

 皆は悶々として苦しみ、挙句独占欲のようなものまで見せ始めて、人間関係に亀裂が入り始める。特にモテない男子ほど影響を受け、火恋に執着する傾向にあった。火恋はそれを見て嗤っていた。悪魔の名に寸分の違い無し。バイセクシャル製造機。


「それにしても、相変わらず女装が様になっているな。火恋は」


「本当に男性なんですか……? 女性と言われても何も違和感が……」


「いえーい。ぴーすぴーす」


 レジーナと詩島の言葉に、火恋は嬉しそうに目を細める。


「陽火とか俺にめっちゃメロメロになってたよな」


「こんだけ可愛かったら普通見惚れるから」


「……う、うん」


 火恋は萌え袖で口元を隠し、視線を流して虚空に向ける。

 頬がいきなり赤くなり、瞬く間に耳まで伝導した。


 え? 何その反応。


 かつて見た事が無い反応に、俺は戸惑う。


「今日、際どい自撮り送ってやるよ」


「えー、本当? じゃあ、今日はそれ使う」


「じょーだんに決まってんだろアホが」


 満更でもない表情で、陽火の二の腕を小突く。

 火恋の顔はアホみたいに赤かった。


 火恋の異様な反応を見て、俺とレジーナはどちらともなく顔を合わせ、互いになんとも言えない表情を浮かべる。 






――――――――――――


【あとがき】

伊瀬 莉愛と違い、火恋はヒロインではないのであしからず。



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