【天使】シャルロット・グランデ





「そろそろ諦めたら?」


「もうちょっとで行けそう」


「二人とも、何やってるの?」


 俺と明日美が屋上に続く扉の前で話していると、我が校に舞い降りた天使、シャルロット・グランデがやって来た。普通の声量で喋ってたので、屋上前にいるのを感知されたようだ。

 周りが光ってるんじゃないかってくらい存在感が凄まじいな、相変わらず。思わず目が釘付けになるほど美人なのに、印象に残るのは幼さの感じる無邪気な笑顔。そういうアンバランスさが人気に繋がっているのだろう。


「お話」


「私もお邪魔しちゃおうかなぁ」


 そう言って彼女は階段を上がり、明日美の隣に座った。

 明日美がピクリと眉を動かし、隣の圧倒的美少女を横目で見る。

 彼女は無遠慮に、明日美のスマートフォンの画面を覗き込んだ。画面に映るゲームを見て、目を輝かせる。


「あー。世界さんもプリンセスオブレジェンドやってるんだ」


「ロッテもやってるの?」


「やってるやってる。フレンドになろうよ!」


 シャルロットは何かと距離が近く、それは明日美や他の女子だけでなく、有象無象の男子に対してもそうだ。


「これ、ルーミもやってるから、後で三人でやる?」


「いいね! やろやろ」


 そう言ってシャルロットは向日葵のような笑顔を浮かべた。うーん、天使。


「それで、藍川くんは何やってるの?」


「青春ごっこ」


 答えるのと同時に、カチリと小気味良い音がその場に響く。

 ドアノブの中心からは二本のピンが伸びていた。ピンを回収し、ドアノブを捻る。

 本来は鍵が必要な屋上の扉が開いた。

 大きな風と、明るい陽射しがぶつかる。


「あー、いけないんだぁ」


「青春って感じがしないか?」


「先生に怒られるまでがセットだね」


 明日美が野暮なことを言う。

 そこそこ部活に通っていて分かったことだが、旧校舎四階には教師は滅多に来ない。

 加えて、屋上への扉は他の階同様、踊り場を経由しなければ視界に入らないので、騒がなければバレることはないだろう。


くじら!」


 シャルロットが遠くの空を指差す。

 確かに、遠くに見える。

 

くじらじゃなくてえいじゃね」


「私の地域では鯨だった」


「ミライでいいじゃん……」


 呆れたような明日美の突っ込みが虚しく響く。

 シャルロットが指差す先には、早期警戒戦闘攻撃両用防空全翼機ミライが海の上を飛んでいた。

 一般的に想像できる航空機とは大きく異なった、長方形に近いフォルムの航空機。遠くからだとでかい板が飛んでいるように見える。

 日本の上で静止軌道を取っている太陽光発電システムから放たれるレーザーで電力を補充する為、半永久的に空を飛び続けている。日本の守護神。


「屋上で何するの?」


「何も……ただ来たかっただけ」


 強いて言うなら、景色を眺めたかった。

 海も、街も、山も、全て見える。別に下の階からでも遠くの景色は見えるが、全方位見渡せるのはここだけだ。

 

「うー、寒い……先戻る」


「戻る前に明日美の写真撮っていいか?」


「手早く」


 携帯を向けると、明日美は無表情でピースをしてくれる。素早く何枚か、写真に収めた。


「私のことも撮っていいよ~」


 ダブルピースを頬にくっつけて、笑顔を浮かべてポーズを取ってくれるシャルロット。モデルなだけあって様になってる。

 撮影ボタンを押した瞬間、画面いっぱいに明日美の真っ赤な瞳が写った。ホラーすぎてビビるからやめろ。


「容量が勿体ないからダメ」


「ええ~?! 数十メガバイトじゃん!」


「だめ。はい、戻る」


 滞在時間短めに、俺達は屋上から屋内へと戻った。

 ピンで鍵を掛けるのが面倒すぎたので、次に屋上に行きたくなった時は正規の手段で行くことにする。


 そこそこ屋上付近で時間を潰していたが、部室にはまだ誰も来ていなかった。

 俺達は今日は6時限目で終わりで、先輩方は7限目まであるからだろう。


「そういや、気になってたんだけどロッテってなんでこの部活にしたんだ?」


「だってぇ、人多い部活に入るとめちゃくちゃになっちゃうんだもん。ここは幽霊部員しかいないって聞いたから」


「あー、うん」


 美しい少女達を間近で見てきたからよく分かる。


「でも結局、人多くなっちゃったな」


「あの人達は、奥手でー、小心者でー、考えてることが手に取るように分かってー、凄く御しやすいから、楽! ふふふっ」


 天使のような笑顔で、小悪魔的な発言。

 計算尽くしのオタサーの天使だった。確かに、能動的な陽キャよりは、受動的な草食系男子の方がコントロールしやすいのかもしれない。


「ルーミ、ロッテ、ゲームやろー」


 明日美が携帯を取り出し、ゲームを起動した。ゲーム起動時のサウンドエフェクトが、静かな部室に響く。

 そのタイミングで、鈴木 優斗が部室にやって来た。

 携帯を構えて、固まって座っている俺達を見て、目を泳がせる。なんで一々挙動不審になるんだよ。


「えっと……皆、なにやってるの?」


「プリンセスオブレジェンド」


「あ、なら……僕も混ぜて貰っていい?」


「いいよ。おいでおいで」


 ロッテが笑顔で迎え入れる。優斗は嬉しそうな表情を浮かべて、ロッテの隣を陣取った。


 プリンセスオブレジェンド。

 俺が唯一やっているプレイヤー同士が戦う対戦型ソーシャルゲーム。

 ソシャゲそのものはそんなに好きじゃないが、プリンセスオブレジェンドはpay to win(金を掛けた方が有利)並びにtime to win(時間を掛けた方が有利)が無いから好きだった。空いた時間の暇潰しに最適。


「えー? 藍川くん、その顔でサポートなんだ」


「顔関係ないだろ」


「ギャップ凄いねぇ」


 対戦相手が見つかったので、各々自分のキャラをピックしていく。


「ちょっ! ADCは私がやるの!」


「藍川くんの隣もーらい」


 明日美がメインロールをシャルロットに奪われる。俺はシャルロットをサポートすることになった。


 それぞれキャラクターをピックし、戦闘に臨む。


 今までずっと明日美のサポートばかりしてきたから、違う人をサポートするのは新鮮だった。

 まだ序盤だからなんとも言えないが、彼女の操作精度は高い。


「ジャングラーを怒らせたらどうなるか、思い知らせてやる!」


 相手チームに切れ散らかし、明日美が動物園の猿になる。いつも通りの光景。

 何となくポンコツでゲームが下手そうな印象だが、最高ランクに到達するほどその腕前は高い。


 結果は圧勝。次も。その次のゲームも、圧勝。相手が可哀そうだ。


 明日美が強いのは知っていたが、シャルロットも鬼強かった。

 雰囲気的にはゲーム弱そうなので、ギャップが凄い。

 姫プレイでレート上げてる雑魚だと思ってごめんな。


「楽しかったぁ……またやろうね! 社交辞令じゃないよ」


「うん」


 一緒にゲームをしたこの日以降、明日美とシャルロットは急速に仲良くなっていった。

 明日美は打ち解けづらい代わりに、きっかけさえあればすぐに仲良くなるタイプの子だ。


 二人がゲームをしていると、当然ながら、男子部員が放っておかない。

 先輩方の中にも同じゲームをやっているよ人がいるようで、そこから未プレイの人も参加し始めて、ちょっとしたプリンセスオブレジェンドブームが、部内に広がった。

 彼女達は五人面子を集めて、毎日飽きもせずチーム戦に勤しむ。e-sports部との親善試合にも勝ったらしい。大丈夫か、e-sports部。

 明日美が他の男からのサポートを受けて、万が一にでも仲良くなられるのは嫌なので、彼女が参戦する時は必ず俺も参加してサポートロールを分捕った。 明日美とシャルロットはメインロールが被っているせいで、俺は時折シャルロットのサポートをすることもある。


 何度かシャルロットをサポートしている内に、俺はある違和感を覚えた。


 シャルロットは何故か、日毎に動きが違う。

 間近でサポートしているからこそ気づける程度のものでしかないが、物凄く気になった。


 その動きの違いは、調子が悪い、良いとか、そういうレベルのものではなく、もっと根本的な……言語化するのが難しい。

 設定が変わっていたり、ビルドの組み方が違ったり、戦闘中の動き方も微妙に違う。


 ある日、違和感を無視できずに直接聞いた。


「ロッテって、何で毎日動きが変わるんだ?」


「うえぇ?! え?! 嘘っ?! いつも通りでしょぉ?!」


 シャルロットはあり得ないほど動揺して挙動不審になっていた。ますます気になる。


「そうか? 何かいつも微妙に動き違くない? めっちゃ気になるんだけど。蓄積してるわ。違和感が」


「これが普通だもん! 気のせいです! ほら、ちゃんとサポートして!」

 

 彼女は強引に会話を切って、ゲームに集中するふりをした。

 シャルロットは冷や汗を掻いていて、あまりにも貴重な貧乏ゆすりを見せる。


 え? 怪しすぎて逆に気になるんだが。


 とはいえ、それ以上追及しても答えは得られそうになかったので、俺はモヤモヤを抱えたまま、ゲームに興じる羽目になった。


 集中できない。








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