【聖女】詩島 小麦子






「藍川さん、私と会話しませんか?」


「今まで生きてきて初めてだわ。そんな会話の切り出し方」


 今日は用事があるとのことで、明日美もヴィクトリアも部室にはいない。シャルロットは相変わらず器用にオタサーの天使をやっている。

 独りぼっちでジョブナイル小説を読んでいる俺が哀れに思えたのか、【聖女】詩島しじま 小麦子こむぎこが声を掛けてくれた。ありがた迷惑だ。

 聖女様を連れ戻せと、先輩方にアイコンタクトを送ろうとするが、全員目を逸らす。ふざけんな。


「同じクラスで、同じ部活なのに、私はまだ藍川さんと全然話していない気がします」


「そうだな」


「藍川さんは小説がお好きなんですか?」


「ああ」


「どんなジャンルの本を読むんですか?」


「SF」


「他にはどんなものが好きなんですか?」


「レジーナ、世駆兎、明日美。順不同」


 順不同にしないとあの子達は怒る。


「…………」


 聖女様が急に黙ってしまったので、小説から詩島へ視線を向けると、あからさまに困惑していた。

 眉が八の字になって、次に何を喋ろうか思案しているようだった。


「しりとりしませんか? しりとり!」


「リン酸」


「…………」


 詩島について、今まで散々頭がイかれてると思っていたが、こうして会話してみると本当に狂っているのがよく分かる。


「藍川さんは、どこの中学校だったんですか?」


大正御剣たいせいみつるぎ


「去年、連続で自殺が続いた所ですか?」


「そう」


 俺が三年生の時の秋くらいに、短い期間で四人の生徒が自殺した。

 自殺の動機は分からず、自殺にしては明らかにおかしい点があるのにも関わらず、簡単に事件性は無いものとして処理されたことから、闇の深い事件としてネットで度々話題に上げられた。

 この連続自死が話題になる事によって、炎上していた俺の暴行事件は多少なりとも人々の記憶から薄れた。

 俺が炎上するきっかけとなった、暴行事件を収めた動画を投稿した女子生徒も自殺した一人だ。俺は心根が腐ってるからざまぁ見ろとしか思えない。


「藍川さんは、私に何か話したい事はありませんか?」


「懺悔室?」


「いえ、そういうわけでは……」


 そういえばと、詩島は実家が教会でシスターをやっていることを思い出す。

 この意味不明な問答はそれの影響なのだろうか。

 あるいは、聴き上手なだけでトークスキルはゴミなのかもしれない。


「藍川さんは、何かを信仰していますか?」


「無宗教だけど……詩島は?」


「天体望遠教……なんちゃって」


「は?」


 クソつまんな過ぎて顎が外れそうなほど驚く。


「ご、ごめんなさい」


「いや……めちゃくちゃ面白すぎて……多分、寝る時に思い出し笑いしちゃうわ」


「忘れてください……」


 顔を真っ赤にして、詩島は俯いた。

 これだけ塩対応しても下がんないのは流石聖女様と言った所か。博愛主義を極めておられる。


「私も私の家族も、恐らく何も信仰はしていません。表向きはエテルノですが」


「実家が教会なんだろ?」


「神に祈ってはいますよ。もう何も落ちてきませんようにと……毎日、祈ってます」


「そうか」


 両手を胸の前で組んで、祈るような仕草を見せて、詩島は微笑む。一々仕草が可愛らしいのが憎い。計算でやっているのか、天然なのか。

 

「……藍川さんは、私に何も語ってくれませんね」


「逆に何でそんなに語られてんだよ」


 思わず突っ込んでしまう。

 まだ出会って一ヶ月も経っていないが、詩島が一人でいる所を見た事が無い。いつも誰かの話を楽しそうに聞いて、話し手が気持ち良くなれるような相槌を打っている。

 内容にちゃんと興味を示してくれるから、語り手はとにかく詩島に語り続けるのだ。

 聴き上手なだけでなく、彼女自身が持つ独特のふんわりした柔らかい雰囲気も人気の一因になっているように感じる。テクニックではどうにもならない、天性の領域。最強の愛され体質。


「詩島に聞きたい事あったわ」


「何でしょうか?」


 唐突に興味が湧いた話題を突きつける。


「詩島は恋愛に興味はないのか? もう何回も告白を断ってるって聞いたけど」


 視界の端で、先輩方がより一層、聞き耳を立てるのに集中しているのが見えた。


「私が告白を受けてしまうと、大勢の人が悲しんでしまうので……」


「フラれた人も悲しんでるぞ」


「……最大多数の最大幸福です」


 また困り眉で笑顔を浮かべながら、とんでもないことを言う。今度のは普通に面白い。

 詩島は一応、自分の人気を正しく理解しているみたいだった。あれだけ人気なら自意識過剰でも何でもない。


「それだとずっと独り身では?」


「良いんです暫くは。初恋もまだですし」


 詩島の言葉に、先輩方が気持ち悪く揺れ動く。少なくとも身形を何とかしないとワンチャンもないぞ。いくら詩島相手でも。


「私は当分、誰か一人を愛することは無いと思います」


「もっと気楽に生きればいいのに」


 感想を呟きながら、小説に視線を戻す。


「会話終わり。先輩方が寂しがってるから戻ってあげな」


「私への対応が雑すぎではありませんか?!」


 詩島が隣で、可愛らしく怒る。

 俺が無反応で小説を読み進めていると、小さく唸った。


 彼女は少し拗ねたような態度で立ち上がると、元の定位置へと戻っていく。


 詩島はまたオタサーの聖女へと戻り、オタサーの天使シャルロットと共に部活動を盛り上げた。


 面白い女。 


 


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