蜘蛛の糸




 中学生の頃、道徳の授業で蜘蛛の糸と言う小説を読んだことがある。

 過去に善行を行った罪人を救うべく、一筋の蜘蛛の糸を垂らしたという有名な物語だ。


 総合芸術部員達は決して罪人ではないが、詩島達が蜘蛛の糸にしか見えなかった。


 男子部員の殆どは自身の容姿に無頓着な者が多かった。あれでは異性は寄り付かない。

 救いを求めて、突然垂れてきた蜘蛛の糸に群がるのも理解できる。


 彼らのことは理解できる。


 理解できないのは、詩島とシャルロットだ。

 俺が思っていた以上に、彼女達は頭がイかれていた。

 二人は群がってくる部員達に愛想を振りまき、共にゲームや漫画に興じている。無理をしている様子はなく、楽しそうに過ごしていた。

 囲いの男子の中には、すれ違った時に匂った者もいた。恐らく風呂に入っていない。それなのに、二人の態度は変わらない。嗅覚疲労するまで笑顔を浮かべ続ける理由は何だ?

 正常な反応を示したのは明日美とヴィクトリアだけ。彼女達は言い寄って来る部員達を疎ましく扱い、距離を取る。異性の厳しい目つきに敏感な彼らは、すぐに明日美とヴィクトリアに関わるのを諦めた。


 こんな光景を見てしまうと、【聖女】と【天使】なんていう大層な二つ名が付けられてしまうのも頷ける。

 二人はもはや人間じゃない。


 正直、部活は適当に参加するつもりだったのだが、蜘蛛の糸の結末が気になり過ぎて毎日参加してしまっている。

 部内の誰かが上り切るのか、途中で切れるのか(退部)、あるいは部外の者に奪われるのか……一体、どのような結末を辿るのだろう。


 小説を読みながら、青春を謳歌している彼を眺めていると、部室に来客が訪れた。


「こんにちわ~」


「あ、有馬さん……どうかした?」


世駆兎ぜくと、どうしてここに?」


「えへへ、ちょっとね~。差し入れを持ってきました」


 急に部室にやって来たのは、【女神】有馬 世駆兎ぜくと。彼女は小さなダンボール箱を両手で抱えていた。

 世駆兎と同じクラスの先輩方が、彼女に群がっていく。ついでに優斗も。

 世駆兎は蜘蛛の糸じゃないぞ。寄るなクソ共が。

 俺は慌てて立ち上がり、罪人達を押し退けて世駆兎に駆け寄る。


「世駆兎、何?」


「はい、瑠美奈。皆で食べてね」


 世駆兎が持つ小さなダンボール箱には、小さなカップチーズケーキがラップフィルムに包まれて大量に並んでいた。

 彼女が所属する【料理部】で作った物だ。世駆兎は昔からお菓子作りが大好きで、良くこうして人に分け与える。


「……ありがとう」


 俺は受け取ったダンボール箱を、部長に突き出す。


「あ、ありがとう、有馬さん! 味わって食べるよ」


「女神……」


「女神様、最高です」


「ありがとう、世駆兎」


 詩島達と話すことで少しは男としての自信がついたのか、慣れ慣れしく持ち上げるのが最高に気色悪い。


「ちょっといいか?」


「なぁに? 瑠美奈」


 俺は世駆兎の手を引っ張って、廊下へと連れ出す。


「部室まで送る」


「ふふっ、ありがとー」


 料理部の部室は旧校舎二階の端。

 そこに辿り着く前。四階と三階の間に位置する踊り場で、俺は世駆兎の肩に掴みかかる。


「きゃっ♡ なにー?」


 世駆兎は驚きながらも、楽しそうに笑っていた。


「あいつらに愛想を振りまくな」


「えー? 瑠美奈、可愛い」


「いいから」


「前向きに善処して検討します」


「あー、もう!」


 ふわふわした笑顔を浮かべてる世駆兎の唇を、強引に奪う。

 さっきまでの幼い少女のような笑顔が一転して、妖艶な微笑に代わる。

  

「んー、ちゅっ……ふふふっ。あはは♡」


 世駆兎はキスをすると、何故か笑う。幼い頃から変わらない。彼女特有の癖だった。


「ね、瑠美奈。帰りにコンビニ寄ってきて」


「なんで」


「昨日、切らしちゃったでしょ?」


「通販で頼むから」


「届くまで二日掛かるよ? 我慢できる~?」


「ああもう! 買っておくから!」


「はい、良い子~♡」


 彼女は背伸びして俺の頭を撫で、離れた。


「じゃ、部活頑張ってね」


「頑張るもクソもない部活だけどな」


「口が汚いです。お行儀よくしないとダメだよ~」


「はいはい」


 去って行く世駆兎の背中を見送る。

 先ほど部室に来たような感じで、クラスでも日常的に愛想を振りまいているのだろう。


「クソが……」


 忌々し気に吐き捨てる。


 世駆兎は蜘蛛の糸じゃない。


 触れようとする者は全員等しく地獄に落ちろ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る