辺獄
バイトも服装も自由な仁和令明高校だが、一つだけ、特別な理由がない限りは部活動に所属しなければならないという煩わしい規則がある。
文化部は帰宅部の仮の所属先として選ばれることがもはや暗黙の了解となっており、俺もそうするつもりだった。
俺はと言えば、適当に部活動のリストに目を通し、男子二十三名が所属する総合芸術部を選んだ。
他の部活動が配ったり掲示しているような派手な広告はなく、部活動紹介では舞台に出ることすらなかった。
参加希望用紙に載っていて、初めて存在を知ったようなよく分からない部活。入学式後の一週間は体験入部期間なのだが、それすらも行われていなかった。多分、全員幽霊部員なのだろう。よく潰れないものだ。
明日美も俺に合わせて総合芸術部を選択した。
どうせサボるからどこでもいいのだろう。
放課後、明日美を迎えに行き、そのまま部室へと向かう。
「あっ……ちょっと待ってっ!」
後ろ姿を見つけられたらしく、後ろから慌てたようにして追いかけてくる、鈴木 優斗。
思わず舌打ちしそうになった。
「明日美ちゃん、書道部だったよね? 一緒に行かない?」
「総合芸術にした」
「ええ?! じゃあ、僕もそっちにしようかな……一人だとつまんないし……」
「明日美はどうせサボるんだからどこにしたって関係ないだろ」
「そ、そうかもだけど……」
総合芸術部云々の話は先週のもの。
今日まで訂正しなかったのを見るに、明日美はわざと話さなかったのだろう。意地が悪い。
「とりあえず、僕も総合芸術にするよ」
「あっそ、いいんじゃね」
反射的に出そうになる舌打ちを抑えるのに苦労する。
明日美も眉間に皺を寄せて微妙そうな顔をしていた。
今は移動教室と部活でしか使われていない旧校舎へと入り、四階にある部室を目指す。
とにかく、情報が無さ過ぎて謎が多い総合芸術部だが、
総合芸術部は、廃部を免れるために文芸部、写真部、漫画研究部、映画部、天文部が合併したモノらしい。一度に全てが混ざったのではなく、一つずつ、一つずつ合併していき、最終的に総合芸術部が出来たのだと言う。
総合芸術と謳う割に、美術部と書道部は独立している。どれだけ人気が無いのか。
人気が無いとはいえ、実質帰宅部のような総合芸術にいまいち人が集まっていないのは、恐らくe-sports部とテーブルトーク部が活気的で大人気なのが影響しているのだろう。
その二つは女子部員も多く、なおかつ部活動の参加も自由気まま。幽霊部員でも咎められることはない。帰宅部特化の総合芸術と比べると、部活動を楽しんで青春できる分、完全上位互換のようにも受け取れる。
「瑠美奈、疲れるからよろ」
「重すぎて身体折れそう」
「おい」
二階の踊り場で、唐突に明日美がジャンプして俺の背中に乗っかった。仕方なく両足を支えて、明日美を背負う。
彼女は首の前に両腕を回し、俺の頭を抱きかかえるように密着する。
一部始終を見ていた優斗は、虚しそうな表情をしていた。死ね。
明日美をおぶったまま階段を登り切り、無事四階に辿り着く。
降ろそうとしたが、明日美が離れなかったのでそのまま部室へと向かった。
部室の前に到着した所で、ようやく明日美は降りる。
「失礼しまーす」
適当に声を出しながら入ると、既に来ていた三人の生徒と目が合う。
「藍川さん達もこの部活にしたんですね」
一体何の冗談なのか。
【聖女】
【天使】シャルロット・グランデ。
【女王】ヴィクトリア・シグーリナ。
ゲームでしか見ないような二つ名を持つ、生きた宝石みたいな女達が、何故かこの寂れた総合芸術部の部室に集まっていたのだ。
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