【女神】有馬 世駆兎
二年生に【女神】の二つ名を持つ生徒がいる。
その人気ぶりは中学生の頃から凄まじく、高校生になっても健在のようだった。
彼女目当てで受験する生徒もいるほどで、それぐらい地元では有名な少女。
誰にでも分け隔てなく接し、誰にでも優しい。人の陰口なんて一切言わず、常に前向きで明るい女の子。
俺の従姉だ。
父親の姉の娘。
いつも柔らかく笑っていて、のんびりした雰囲気の女の子。
ピンクブラウンの髪が背中でふんわりと広がっていて、巻いてなくても巻いたかのように毛先が丸まっている。
顔立ちは女神と称されるだけあって美しく、肉付きも良い。特にバストは学年で肩を並べられる人間がいないほど豊満だった。
話しかけるだけでも気後れするほどの美人だが、普段は眉尻が下がっているせいか、愛嬌があって親しみやすい印象を受ける。
怒った姿を見た事がないくらい温厚で、人を叱る時もやんわりと窘める程度。
そう、今まで怒った所を見た事が無い。
怒った所を見た事が無い世駆兎が、マジギレしていた。
明日美と共に家に帰ると、先に帰っていたらしい世駆兎がいつも通りの笑顔で俺を迎えてくれる。
レジーナが顔を青褪めさせて家を訪れた時、世駆兎は身の毛がよだつほど冷たい笑顔を浮かべるようになった。
「あ、あの……」
「え? なに?」
「す、すまない、何も言わず、留年して……」
「留年するくらいIQ低い人と、会話って成立しないんだよね~」
世駆兎の喋り方は普段と同じ間延びした可愛らしいものだが、背筋がゾワゾワするほどの恐怖を感じる。
「私はただ、瑠美奈と一緒になりたくて」
「そうだねぇ。学校でもずっと一緒だと楽しそうだよねぇ。私も一緒になりたかったなぁ」
レジーナに向かって言うというより、独り言のようにぐちぐちと呪詛を吐き出す。
「相談して欲しかったなぁ。そうすれば私だって一緒に留年したのに」
「いや、私の願望に君を巻き込む訳には……」
「は? なんて?」
「ご、ごめんなさい」
冷や汗を掻きながら二人を見守っていると、袖を明日美に引っ張られる。
「ルーミ、ゲームしよ」
「おお……」
明日美に請われるがまま、ゲームへと興じる。
しかし、後ろで行われている二人の会話が気になり過ぎてゲームに集中できず、俺のキャラは雑魚敵にすらボコボコにされてしまう。
それでもなおゲームを続けていると、突然世駆兎に背後から抱き着かれた。
たわわな胸がぐにゃりと形を変えるくらい、密着される。彼女の吐息を耳元で感じた。
「……なに?」
「瑠美奈。お姉ちゃんも来年は留年するから、一緒に修学旅行とか、文化祭とか、楽しもうね」
「生徒会書記が留年はまずくね」
「そんなのどうでもいい。瑠美奈が最優先だから」
「ちょっと、世駆兎。ゲームしてるんだから邪魔しないでよ」
気がついたら俺が操作しているキャラは死んでいた。
明日美がスタートボタンを押してコンティニューを押す。
チェックポイントから再スタートし、キャラクターを動かし始めると、今度はペットの犬がコントローラーの上に乗りかかってくる。
今年で三歳になる、ラブラドールレトリバーの女の子。名前はルナという。太っているわけではないが、特に身体がでかい個体で、じゃれつかれると重い。
「ルナ、邪魔」
腕を引いてコントローラーをルナの頭の上に持ってくるが、構って欲しいモードになってしまった彼女は、執拗に持ち上げた腕に絡みついてくる。
めちゃくちゃ面倒くさい彼女みたいな行動をとってくるルナが愛おしくて、俺はコントローラーを捨て、代わりにルナを抱きしめて撫でる。
「ねー、真面目にやってよー」
「邪魔してくんだもん」
放置された明日美は不貞腐れ、ゲームをポーズさせて仰向けに倒れた。
ルナは腕の中ではしゃぎまわり、俺の肩の上にある世駆兎の顔を舐める。世駆兎はくすぐったそうにしながら、嬉しそうに笑った。
「サイファー、慰めてくれるのか……良い子だな、君は」
後ろでは世駆兎に絞られて打ちひしがれていたレジーナが、ハスキー犬のサイファーに慰められていた。
サイファーは二歳の男の子。
サイファーとルナとは別にもう一匹、雌の子猫、ミミもいる。
この三匹は、俺の家で暮らす家族達。
二匹の犬は父親が贈ってくれたものだが、ミミは保護猫である。家の近くで捨てられていたので拾った。
ペット達がじゃれ合っている姿を動画に収めて動画投稿サイトにアップすると広告でそこそこお金が稼げるので、金儲けに利用している。働かざるもの食うべからずの精神なので罪悪感はない。
背後の世駆兎のポケットから、バイブレーションが響く。
「あ、優君からだ」
世駆兎が携帯を取り出してメッセージを確認すると、わざわざ俺に見える位置に持ってきた。
”優君”と世駆兎があいつの名前を呼ぶだけで苛立ちが募る。
世駆兎にメッセージを送って来たのは、
小学校からの腐れ縁で、幼馴染。中肉中背でザ・平凡を地で行く男。
幼馴染なのを良い事に、ワンチャンに賭けて明日美やら世駆兎やらレジーナやらを狙ってくるクソ野郎。本当に鬱陶しくて嫌い。
俺が明日美達と話していると、どこからともなく現れて会話に混じってくる。自分から話しかける勇気がないからと、俺が明日美達の誰かに話しかけるか、話しかけられるのを静かに待っているクソ気持ち悪い奴。
よほど三人の内の誰かをモノにしたいのか、わざわざ仁和令明まで追いかけてきた男。
『学校。疲れた』
優斗からの簡素なメッセージ。
「お疲れ様、明日から一緒の学び舎で頑張ろうね、と」
世駆兎は打つ内容を言葉にしながら、当たり障りのないメッセージを送る。その間も、スマートフォンの画面は俺の目の前にあり続けた。
世駆兎の腕の下からルナが顔を突き上げて、俺の顎をぺろぺろと愛おしそうに舐めた。
「もーいいでしょー、ゲームしよー」
「分かったから。世駆兎、ルナ」
「はいはい。ルナちゃんおいでー」
俺の家は今日も賑やかだ。
ずっとこのままでありますようにと、永遠を願う。
祈るのは
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