【妖精】世界 明日美
自己紹介、学校の設備の紹介、教科書販売の説明等々ですっかり午前中を消費し、あっという間に初めての昼休みを迎える。
初めて対面したクラスメイト達が、手探りで繋がりを探していく時間。
午後は部活動紹介を体育館で行った後、解散らしい。
「ヴィクトリアさん、一緒にご飯食べない?」
「いいけど……」
「詩島さん、学食見に行かない? 混んでるけど、席は開いてるってさ」
「分かりました。是非」
「ロッテ、俺らと一緒に食べない?」
「悪いけど、先約があるの」
「そっか。悪い、止めて」
「また今度ね」
約束されたカーストトップであるヴィクトリア、詩島、シャルロットは大人気で、明るい見た目の人達から引っ張りだこにされている。
レジーナも多くの生徒に昼食を誘われていたが、彼女は俺に一言告げた後、二年生の教室に向かっていった。
「ルーミ、一緒に食べよー」
よく通る麗らかな声。アニメに出てるような愛らしい声。教室の雑音をすり抜けて、窓際の席の俺の元まで届く。
思わずクラス中の生徒が、否応なしに声の主を探す。
皆が来訪した少女を見つけた一瞬、不気味なほど教室が静まり返り、徐々に色めき立つ。
レジーナと同じく、俺の幼馴染である
明日美は最初から俺の位置が分かっていたらしく、探すような素振りも見せず、俺の下へとやってくる。
「え、何あの子、可愛い……」
「お人形さんみたい」
「まだあんな可愛い子いたのか……やべーなこの学校」
明日美を見たクラスメイト達は、小声ではあるものの、彼女への興味を隠そうともせずに、各々好き勝手言ってのける。
彼女の第一印象は、儚い。
人種の影響が大きいヴィクトリアと違い、明日美は単純に不健康で肌が白い。
身長は特別低いわけではないものの、胸とお尻が薄く、普段の姿勢も悪いせいでやや低く見えがちだ。
艶やかな黒髪は背中を通り越して腰の辺りまで伸びており、トイレの時とか、風呂上りに乾かす時とか、お手入れの時とか、苦労しそうなほど長い。
前髪に隠れた明日美の左目は義眼で、黒いプラスチックの半球体に、大きなルビーが嵌め込まれている。瞳の位置にある赤いルビーは、親馬鹿な彼女のパパが830万ドルで落札したものを使っている。
やたらと外国の血が目立つ美少女群の中で、彼女は純粋な日本人代表としてよく対抗していた。
小顔で愛嬌のある顔立ちは、アイドルグループに入ったら間違いなく顔だけで一番人気になれるぐらいには整っている。運動能力と体力がゴミなのでダンスと歌は無理そうだが。
「よー、瑠美奈」
明日美の後ろには、見慣れた顔と見知らぬ顔がいた。
見慣れた顔の方は、中学の頃からの友人、
陰のある美しさを持つ明日美とは対照的な、太陽のように明るい美しさが目立つ。
生まれつきのレッドブラウンの髪色。前髪を中ほどで分けて、片方をヘアピンで留め、もう一方を編み込んでサイドに流していた。長い後ろ髪は編み込みで纏めている。
女みたいな名前で、女みたいな顔をして、女みたいな声で、女みたいな体つきの男である。男子生徒用の制服が違和感しかない。
身体がどう見ても華奢なのだが、これでも中学時代は同じサッカー部でミッドフィルダーを務め、しかもエースだった。
女性より気を遣っているんじゃないかってくらいお手入れされた肌と唇は相も変わらず艶々していて綺麗だった。油断していると視線が釘付けになる。
「こいつは
「よろしくー」
火恋の隣にいる
陽火は控えめに言って見た目がぶっ飛んでいた。初見時のインパクトは、恐らくクラスの美少女達を超えている。
ブリーチしたアッシュブロンドの長髪はよく目立つし、左頬から顎にかけてタトゥーがあるし、左目が黒く、右目が鳶色のオッドアイだし、耳にピアスめっちゃ着けてるし。
身長も180cm近く、近くで立たれると威圧感がヤバイ。これ絶対まともな人じゃないでしょ。
うちの学校ってタトゥーありなのか? 帰宅指導まっしぐらな気がするんだけど。
割と人を見る目がある火恋が良しとするなら大丈夫そうだが、それでも見た目の厳つさが半端ない。
端正に整った顔は、間違いなく別人種の血が流れている。少なくとも日本人の顔付きではなかった。
「じゃあ、適当に席繋げて食べるか」
空いてる席を適当に二つ並べて、四人で囲む。
弁当を並べて食事の挨拶をし、それぞれのペースで弁当をつつく。
「明日美は友達できたか?」
「できたよ、たくさん。ぼっちのルーミとは違うんだから」
「可愛い娘は殆ど1-Aに取られたからか、初孫レベルで可愛がられてるよ」
陽火の補足。
「私、超美少女だから」
「それに比べて俺らは全然人寄ってこないよなぁ? 陽火」
「何でだろうね?」
「その冗談、面白すぎて夜眠れんわ」
ガチガチの引き籠もりゲーマーな明日美だが、社交界を経験しているだけあってコミュニケーション能力は意外と高い。
火恋と陽火に人が寄ってこないのは、息を吸うと呼吸ができるくらい当たり前のこと。
「ルーミ、今日は終わったらすぐ帰るでしょ?」
「いや、トレーニングルームの講習行くけど」
「なぁぁぁんでぇぇぇ」
「講習受けないとトレーニングルーム使わせてもらえないみたいだから」
この仁和令明には商業施設もびっくりなトレーニングルームが備わっている。流石大人気私立、金を持ってる
文化部に所属する予定なので、適度な運動はそこで行うつもりだった。
「やだー、帰ってゲームしようよ」
「すぐ終わるって」
「うっ……左目が、痛い……視界が90度しかない……皆は180度あるのに……」
明日美がいきなり左目を抑え、苦しそうに呟く。俺に構って欲しい時によくやる茶番だった。
「それで動かそうとするのやめろ」
「だってぇ……」
「これ、どういうくだり?」
内輪ネタについて行けない陽火が、火恋に解説を求める。
「明日美が左目を失った原因は、瑠美奈が蹴ったサッカーボールが直撃したから」
火恋があっさりと過去を話す。
火恋の話した内容は真実だ。
中学二年生の時、昼休みのグラウンドで俺がシュートしたボールがゴールポストを僅かに外れ、友人と談笑していた明日美の顔面を直撃した。
その一撃で眼球が破裂し、失明。交感性眼炎が起きてもう片方の目も失明する恐れがあるとのことで、眼球摘出する運びとなった。
以来、彼女の左目は義眼に。そして、一年後には830万ドルのルビーが嵌った、超高価義眼に成り代わっていた。
明日美の件で俺はシュートを撃てなくなり、ゴールキーパーに転向。新たなポジションで滅茶苦茶活躍した。終わりよければ何とやら。
「あー、それは、残念……」
なんて反応していいのか分からなくて、陽火は露骨に困惑していた。
「別に気にしなくていい」
「おい加害者が言うな。もっと重く受け止めろ。一生引き摺れ」
「被害者がこれだからな……」
呆れながら、弁当のおかずを口に含んで咀嚼していく。
勿論、罪の意識が無い訳ではない。明日美の左目を奪った責任は一生負っていくつもりだった。彼女が拒絶するまで、ずっと傍にいるし、傍にいさせる。
「つーか、ハルくん、見た目厳つくね」
陽火の見た目に突っ込むと、本人よりも先に火恋が反応した。
「えー、ちょーカッコイイじゃん」
「カッコいいけども」
けども、である。
「せっかくの高校デビューだから張り切ってみた」
「デビューは成功だぁ」
カッコよければ全てよしを地で行く男、百鬼 陽火。
「つーか、お前も人のこと言えないくらい派手だかんな」
「俺は常識の範囲内だから」
陽火は空いてる方の手でピースサインを浮かべ、ニコリと微笑む。
会話中、明日美がさり気なく俺の弁当に野菜を移すのを見逃さない。
「明日美、野菜食べろ」
「残したら勿体ないし、お手伝いさん泣いちゃうから。はい」
一緒に食事をする時、明日美はよくこうして野菜を押し付けてくる。
「わがまま貧相ガール。一生レジーナに追いつけんわ」
「違いますけど?! 親の遺伝ガチャだし!」
ぎゃーぎゃー喚く明日美を、俺を含む男性陣が温かく見守りながら、弁当の中身を片付けていく。
「「ごちそうさまでした」」
俺と火恋が同時に手を合わせて、食後の挨拶を済ませる。続いて陽火が、「ごちそうさま」と、弁当を片付け始めた。
大して会話もしていない上、俺らよりも小さい弁当箱の癖に、明日美はまだ半分ほどしか食べ終わっていない。
「食べるの遅っそ」
「うるさいなぁー、もー。自分のペースで食べてるの」
文句を言いながら、ハムスターみたいに頬を膨らませてご飯を胃に収めていく。
食事の所作は綺麗で文句の付け所が無いが、ほっぺが膨らむほど頬張る癖は幼少期から未だに治っていない。可愛いので無理やり矯正するほどでもないが。
「放課後、私も一緒についてく」
乱暴に弁当の蓋を閉めながら、そんなことを宣う。
「いいけど暇じゃん」
「携帯ゲーム機あるし」
「ならいいけど」
明日美の前髪の陰からチラチラと覗く赤いルビーの瞳は、今日も妖しく光っている。
「この子達付き合ってるの?」
「んー、幼馴染以上恋人未満じゃね」
陽火の小声の問いかけに対し、火恋はカフェオレを飲みながら適当に答えた。
「それじゃあ、後で迎えに来るからね」
「りょ」
長い黒髪を重たそうに連れながら、明日美は教室を去っていく。
取り残された明日美のクラスメイト達に問う。
「明日美は大丈夫そうか?」
「大人気だよ」
「【妖精】みたいって言われてる」
「妖精……」
確かに消えてなくなりそうな儚さはある。というかインドア派なせいで存在が弱々しい。
『ずっと私の傍にいてくれるなら、許す』
唐突にフラッシュバックする、明日美との記憶。
左目を失った明日美は、怒る訳でも、悲しむ訳でも無く、静かに微笑んでいた。
気が触れた笑顔でも無く、恨み辛みも、呪いも、皮肉も込められていない。
明日美は本当に、心の底から幸せそうに笑っていた。
当時は笑顔の意味が理解できず、本気で恐れていた。
「妖精というより、化物だな……あれは」
「ひど」
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