【魔王】レジーナ・レクスクラトル
「やあ、おはよう。
高校生になって、初めて登校した俺を待っていたのは、おおよそ理解に及ばない出来事であった。
歳相応に感じていた高校初日の緊張さえ吹き飛ぶほどの衝撃に襲われる。
間違いなく一番乗りだと言えるくらい、早い時間に自分の教室に辿り着いた俺よりも、先に来ていた生徒がいた。
さも当然と言わんばかりの態度、涼しい表情をして俺の席に座っていたのは、幼馴染のレジーナ・レクスクラトルだった。
レジーナはフランス人と日本人の血を引くクォーターで、日本生まれの日本育ち。日本語の他、一応フランス語も話せる。
かつてのフランスでもそうはいない銀色の髪は太陽光を反射する雪原の如き美しさで、嫌でも目を惹きつけられる。
世界でも珍しいグリーンアイ、緑色の瞳の持ち主。身長は俺に匹敵する175cmで、クラスの女子の中ではヴィクトリアに大きく差をつけて一番身長が高い。
街中を100m歩く度にスカウトとエンカウントするほど存在感が凄まじく、並んで歩くだけでも苦労する。
問題なのは、レジーナは今年で17歳になるということ。
つまり、本来なら高校二年生ということになる。
だというのに、何故か彼女は一年生の教室にいるのだ。
「どうしたんだい? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
「何してんすか。ここ一年の教室ですよ」
「あはは、いやなに……仕事が忙しかったせいで出席日数が足りなくてね。進級できなかったんだ」
「絶対嘘」
いや、絶対嘘。
多忙な時があるのは事実だが、彼女の両親は留年してしまうようなスケジュールは組まない。
「すまない、冗談だよ。本当は期末考査の成績が良くなくてね。この有様になってしまった」
「絶対嘘」
陰で努力なんてしてないのにも関わらず、テストの順位は毎回トップ3に入っているような女だ。ありえない。
「本当だとも。テストに名前を書き忘れたんだ」
「はぁ……」
思わず額に手を当てて溜息をついてしまう。
「ふふっ、ははは……もちろん嘘だよ」
彼女はおかしそうに笑うと、座ったままほんの少し上半身を屈めて下から上目遣いで覗き込んでくる。
「君と一緒に学校生活を送りたかったんだ。だからわざと留年した」
「色々捨てすぎじゃないですかね」
「何も捨ててはいない。君と一緒にいることが、私にとっては至上の幸福なのだから」
「それは嬉しいけど」
静かだった学校に、人の気配が僅かに漂い始める。
この教室にも他の生徒が来る頃だろう。
「いいかな?」
「はいはい」
レジーナが右頬を差し出した。
彼女の頬に自身の頬を擦り付けながら、耳元でリップ音を鳴らす。
すぐに左頬を向けてきたので、同じように左頬をくっつけてリップ音を鳴らした。
手慣れたもので、二秒も掛かっていないビズ。
ビズを終えて油断していると、レジーナは突然唇にキスをかましてくる。
びっくりして思わず彼女の両肩を掴んで引き剥がす。
「いきなりすぎ」
「すまない、つい」
すまないと言いながらも、堂々とした面持ち。微塵も申し訳なさそうな顔をしていない。
廊下からは誰かの足音が響いてきていた。
この教室に入ってくるか、あるいは教室を通り過ぎる気配があったので、俺は一歩離れる。
「そこ俺の席なんすけど」
「ところで君はどの部活に入るのか決めたのかな?」
「会話して」
レジーナは渋々といった態度で立ち上がり、席を開けた。
たった今、空いた席に腰を下ろす。
「それで?」
「適当な文化部にしますよ。バイトもしたいんで」
「なんだ、サッカーはもうやらないのか?」
「サッカーやると碌なことにならないんでいいです」
「ははは、確かにそうだな……そうかそうか……まぁ、サッカー部だと練習練習で一緒にいられる時間が短くなってしまうからな。私としても文化部の方がありがたい」
俺とレジーナしかいなかった教室に生徒が入ってくる。
彼は一度こちらを見ると、慌てて視線を逸らした。黒板に貼られた座席表を確認し、自分の席へ向かう。
一人入ってくると、すぐさま二人目が、続いて三人目が。
あっという間に俺とレジーナだけの空間は消えてなくなり、少しずつ騒がしくなっていく。
「それじゃあ、また後で。瑠美奈」
「お元気で」
銀色の髪を靡かせて、レジーナは自身の席へ向かう。
容姿と才能に恵まれただけではなく、圧倒的なカリスマ性も持ち、更に言えば彼女の家は凄まじいほどの金持ちだ。
学籍を置く仁和令明にも多額の寄付をしているらしく、逆らったら強制的に退学させられるなんて言う噂もあるらしい。
嫌でも違う次元の存在だと思わせる彼女だから、畏怖と敬意を込めて、【魔王】なんて二つ名で陰ながら呼ばれているのだろう。
俺から見れば、【魔王】でも何でもない、ただのヘンテコな女の子だけれど。
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