35話 冬の解法

35話 冬の解法


クリスマス当日。

ケーキは残すところ僅かとなっていた。私と佐倉先輩は大きく背伸びをする。同時に背中がポキッと鳴る。


「ふぁ、よし、残り20個ぐらいだし、玲ちゃん、先上がっていいよ」


「ありがとうございます!」


帰る身支度をしようと思っていた矢先、親子が店内に入ってきた。お父さんが不安そうな顔で私に声をかける。


「すみません。今日ってまだケーキ売っていますか?」


「申し訳ございません、本日は予約のみの受付でして、一般販売は中止させていただいております」


「パパ、ケーキ食べられないの?」


「ごめんな、今日はケーキ売ってないんだ。スーパーのケーキでもいい?」


「嫌だ!ここのケーキ食べたい」


「そうは言ってもなぁ」


私はしゃがんで女の子と目線を合わせた。私の次の発言に、後悔という言葉は考えなかった。


「よし、お姉ちゃんが作ってあげる!」


「えっ、それは申し訳ないです。大丈夫です」


「いえ、この子に食べて欲しいので。佐倉先輩、スポンジとホイップ、イチゴ残ってましたよね」


「うん、あるよぉ」


「お父さん、少し時間いただきますけど大丈夫そうでしょうか。あとまだ修行中なので形は保証できません!」


「いいんですか?ありがとうございます。何時間でも待ちます。よかったな」


「うん!お姉ちゃんありがとう!」


時計を見て奏斗との待ち合わせを思い出す。待ち合わせにはギリギリ間に合わない。それでも私は目の前の女の子を優先させることにした。


・・・・・・・


約20分後、目の前には形の崩れたケーキができていた。なんとかトッピングとイチゴで紛らわしているが、母に見せたら売り物にならないと言われる。大丈夫。味は変わらないはずだ。


「わぁ!美味しそう!」


「本当にありがとうございます」


「とんでもないです。よかったです。喜んでもらえて」


「お姉ちゃん、これあげる!待ってる間に作ったの!」


「お、クリスマスツリーだ!」


「うん!今日幼稚園で習ったの!」


お父さんは何度も頭を下げる。女の子は見えなくなるまで手を振っていた。私も何度も手を振り返した。


「玲ちゃんは本当に優しいのね。ケーキ全部配り終わったし、私も今上がるから一緒に夜ご飯でも食べに行かない?」


「す、すみません!人と待ち合わせしていて」


「そうなの!?時間は大丈夫?」


「大丈夫です!走りますので!」


待ち合わせは19時。


急いで店を出て奏斗にメッセージを送る。時間は18時半になろうとしていた。


・・・・・


「お知らせします。ただいま電車は1本先を走ります電車の車内トラブルにより、状況を確認しております。情報をお待ちください。…えー、今入ってきました情報によりますと、車内に異音が検知されたため、確認しております。運転再開の目処は19時を予定しております」


私は急いで電車に乗り込んだが1分後に急ブレーキをかけて停止。スマホを胸に抱えて、ひたすら変わらない風景を眺める。


結局隣の駅に着いたのは19時30分だった。多くのカップルと親子をかき分けて前へ進む。集合場所の噴水が私に迫ってくる。そして、ずっと話したかった男の子が見えてくる。


私の初めて好きになった相手。あの時、ガラスの蝶に願ったのは病気の完治ではない。


願ったのは、


《もう一度奏斗に会えますように》


生とか死とかよく分からなかった。私の生きる意味が分からなかった。でもあの時初めて生きたいと思った。それは奏斗にもう一度会うために。


そして願いは叶った。あとは私の行動次第だ。


でも、


それが無理だった。


反射神経で走り出した足は、遅延していた感覚神経から命令を受けて止めた。


奏斗には手が届かなかった。


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