33話 天秤の軸
33話 天秤の軸
旅館の部屋にあるよく分からない和菓子。昔おばあちゃんの家で出されたお菓子を思い出した。あの時は、もっとカラフルなお菓子が欲しくて大泣きした。
奏斗と一緒に広縁から窓の外を見る。窓にぶつかった雪はジュワッと溶けて小さな雪の結晶に変わる。東京でも雪を見ることはあったが、北海道の雪は質が違う。綺麗な雪の結晶を美穂にも見せてあげたい。
「奏斗、今年のクリスマス一緒に過ごさない?」
「突然どうした?」
「もう一度だけ言うけど、奏斗、クリスマス一緒に過ごせない?」
純粋な気持ちで想いを伝えた。クリスマス一緒に過ごすということはそういうことだろう。それは奏斗も分かっている。私と奏斗は仮でも恋人の関係だ。仮だからクリスマスに会うというということは仮では無い特別な意味を含む。
奏斗は10秒ほどの間を空けて返事をした。
「…ごめん。今年は無理」
「…そっかぁ、そうだよね。玲を誘うの?」
「違う。萌衣、クリスマスに会うのは僕じゃなくて徹だと思うよ」
(なんで…)
なんでだろう。私と奏斗の想いはほんの少しだけズレている。決して解は一致しない。でもこれが私たちの冒頭の約束であり、私たちの優しさだった。
「…わかった。奏斗、スマホ貸して」
「何するの?」
「クリスマス一人になっちゃうと寂しいでしょ。だから奏斗のスマホで玲を誘ってあげる。奏斗には私のスマホを貸してあげる」
小説の冒頭で私が奏斗と出会わなければ、奏斗と玲は付き合っていた。単純な一次方程式を複雑な連立方程式に変えたのは私の責任だ。私が勝手に物語を複雑にして想いを抱いてしまった。
でも、私だって奏斗のことが好きだ。奏斗に告白する権利は私にあってもいい。想いを伝えるのは自由だ。
私は半ば強引に奏斗のスマホを取り上げる。私は自身のスマホで、徹との個人チャットを開いてスマホを渡す。
【クリスマス、一緒に過ごせますか?】
私は送信ボタンに指を持っていく。これを押すことで、奏斗と玲は付き合うことになるかもしれない。私と奏斗は別れることになるかもしれない。
でもこれでいいんだ。
送信ボタンを押す。悔しかった。本当に悔しかった。私はスマホを奏斗に返す。だけど小説の作者さん、このクリスマス編、私はただのモブキャラプチトマトでは終わりません。
私は天秤に想いを載せる。ほんの小さな、本当に小さな想いがいつか天秤を傾けると信じている。
「奏斗、私は奏斗のことが好きだった。今までありがとうございます」
奏斗は大きく目を見開く。天秤の傾きがどうなるかなんて分からない。先の未来にプロットが出来ていたとしても変更は何度でも可能だ。
「ありがとう。僕も萌衣のことが好きだった。今までありがとうございます」
私たちは進む。もしくは戻る。
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