29話 僕と石森の七日目 (3章終)

29話 僕と石森の七日目


七日目。


僕は病院の玄関にいた。僕と親は院内学級の先生に挨拶をする。辺りを見渡すが玲の姿はなかった。


「奏斗くん、これからも頑張るんだよ。またいつでも遊びにおいで」


「はい。短い間でしたがありがとうございました」


 院内学級の先生は辺りを見渡して微笑した。


「玲さんに声かけたんだけど、やっぱり来ないみたいだね。まったく、恥ずかしがり屋なんだから」


「玲らしさがあっていいと思います。院内学級の皆、そして玲と出会えて良かったです。最高の夏休みになりました」


 右手の虫カゴにはカブトムシ。左手には院内学級のみんなからの手紙。まだ夏休みは半分以上を残している。


 七日目と言っても、午前10時で病院を去ることになっていた。車に乗り込む直前、玲の病室を見る。窓から安西さんが手を振っていた。僕は手を振り返す。そこに玲の姿は無い。


「本当にうちの奏斗をありがとうございました。何が迷惑とかかけませんでしたか?」


「とんでもないです。院内学級のみんな『でかいお兄ちゃん来た!』って喜んでましたよ。怪我はしないで欲しいですけど、またいつでも来てください」


 僕と親は頭を下げる。院内学級の生徒に見送られながら車に乗り込む。


 僕は東京に帰る。ここは簡単に来れるようなところでは無い。「またいつでも」という言葉に深い意味はなく挨拶程度の意味でしかない。


 たぶんもう玲には会えない。好きだと言わなかったのは、この短い七日間の短編物語に終わりを付けるためだった。この物語は続かない。いや、続けられない。僕は元気な状態の玲を未来に残す。


「奏斗、心残りはないか」


「うん」


 そして車が出発した直後。


 一人の女の子が息を切らして病院の入り口から出てきた。その女の子を見て目を見開く。


「お父さん、やっぱり止めて!」


「どうした?」


 僕は車のドアから飛び出した。玲は苦しそうに咳き込む。


「ごめん先生、病院の、エレベーター、遅いから、階段使っちゃった」


 その女の子――玲はゆっくりと歩いてくる。そして手作りのミサンガを差し出した。


「テストで勝った方の言うことを聞く約束だったよね。私と再会するまで私を忘れないこと」


「再会したら忘れていいの?」


「い、いや、駄目だけど」


「大丈夫。覚えておくよ。だから必ず再会しよう」


 玲の安堵した表情。間に合ってよかったと一言口にする。玲は僕に笑顔で拳を出した。


「私と友だちになってくれてありがとう。奏斗に会えてよかった」


「僕も。玲に会えてよかった」


 拳と拳をぶつける。そして父の運転する車に乗り込む。車が病院を出る際、僕は最後に玲を見る。


(絶対に忘れない。石森玲。忘れない)


玲は必死に涙を止めようと何度も裾で拭っていた。先生が優しく玲の頭を撫でている。


 これが僕と玲が出会った七日間だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数年後、僕は高校で玲と同じ名前の女の子に出会う。


「月崎玲」


 そして、月崎玲に、昔の想い出を重ねて恋をしている。


 3章 終

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