19話 ペアノの公理

19話 ペアノの公理


僕の予想が半分的中して半分外れた。美穂はおそらく萌衣のために徹と別れた。そして徹と萌衣を付き合わせようとした。しかし、当の萌衣が徹の告白を断った。


僕だったら、関係式が玲との間で立式されたなら、玲の告白も素直に受け取ってしまうだろう。玲の想いは雄大に向いているにしろ、その想い変えられることに期待する。


萌衣は吹っ切れた様子でステーキを頬張る。


だけど、まだ徹を想う気持ちはあるはずだ。想いというものは簡単に消えるものでは無い。


「分かった」


「何が?」


そんな想いではいつもの繰り返しだ。 僕たちは想いに想いを重ねて本当の想いを遠ざけている。想いの皮をタケノコのように剥がしていけば最初に抱いた想いが残る。


「奢るよ。食事代」


僕もそろそろ決めなければならない。


・・・・・・


「次はどこ行くの?」


「公園」


公園は閑散としていて、遊んでいる子どもは誰一人としていない。というのも遊具はブランコ以外撤去されており、3ヶ月後には月極駐車場にするための工事が始まるらしい。


「本当に諦めるの?」


「なんで何回も聞くの?私はもう諦めたの。私の気持ち分かるでしょ。仮だとしても彼氏なら!」


分かる。


だから聞いているんだ。


徹を諦めたのなら、なぜ、


「なら、なぜ泣いているの?」


「泣いてなんか…」


萌衣は自身が涙を流していたことに気がついていなかったのだろう。必死に涙を拭う。でも止まらない涙。


萌衣は諦めて、そして、


「本当は悔しい。辛い」


僕に抱きついてきた。こんなとき、どんな言葉を掛けてあげるべきなのだろうか。


あの日、萌衣の告白がもし失敗したらという話をした。あえて深くは振れなかったけど、付き合ってもいいと思った。


「奏斗、お願いがあります」


萌衣は、涙でくしゃくしゃになりながら僕の胸に顔を埋める。そして小さく言った。


「付き合ってください」


僕は、決めなければならない。


・・・・


「萌衣」


僕は知っていた。萌衣も大人っぽいところを見せるために、休みの日に会う時は薄く化粧をしている。


そういう子どもっぽい雰囲気も好きだ。頑張って大人として見て欲しいという行動も好きだ。


それに対して僕は何一つとして変わっていない。こんなに萌衣は頑張っているのに、まだ何もしていない。


「僕は玲に告白しようと思う」


実際分からない。今、玲を好きなのか、萌衣を好きなのか。玲に告白して、上手くいっても嬉しいと思えるのか、それさえも分からない。このまま萌衣と付き合っても、真っ直ぐな気持ちで向き合えないと思った。


これは僕の区切りである。


「分かった。ただし約束をして」


萌衣は僕を見た。萌衣の目に僕の姿が映る。こんなに近くで人を見たのは人生で初めてだ。


「上手くいったら絶対に私に連絡をしないで。私、たぶん奏斗のこと諦められなさそうだから」


僕はこのとき、萌衣と付き合っていればよかったかもしれないと後悔を予測した。だけど、それでは萌衣自身が徹と同じ立場だということに後々気づくだろう。徹に振られたから奏斗に告白した人だと自分を責めるだろう。そんな人ではないと僕は十分に理解している。だけど萌衣自身が自分を許さないはずだ。


だから、萌衣を後悔させないためにも、失敗した時、萌衣に告白するのは僕からでいい。


それに返事することや、別れること、それらを決めるのは萌衣でいい。萌衣には自分の方程式を生きて欲しい。


「告白が失敗したら思いっきり笑ってバカにしてくれ。それで」


「それで?」


僕はずるいけど、萌衣は多分許してくれる。


「僕と、付き合ってください」


想いを抱え込むのは、僕だけでいいんだ。

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