20話 君との距離 0cmかつ4万km (2章終)
20話 君との距離 0cmかつ4万km (2章終)
体育祭当日。最高気温は40度越えの予想となり、街歩く人の手には小型扇風機が握られている。
ニュースになっていたけど、小型扇風機による熱風が、熱中症の原因になるとも言われているらしい。そんなこと言ったって暑いもんは暑い。
「おはっよっ!奏斗!」
「おはよう、隼也。テンション高いな」
こんがり肌の隼也。可愛い女性を見るために毎週海に行っていたらしい。
「当たり前だろ。なんて言ったって今日は体育祭。男と男の体のぶつかり合い、女の意地のぶつかり合い、煌めく汗、透ける女の…」
「気持ち悪いなぁ、はやく学校行くぞ」
「あ、ちょいまて…」
グラウンドでは体育委員会と生徒会が準備をしていた。綺麗なラインパウダーが、陽光を反射して放物線の光を放つ。
シーブリーズの匂いが混ざり合う校舎は、夏を感じさせる。匂いと想いはよく似ていると誰かが歌っていたのを思い出した。隼也は、廊下ですれ違う女子を見ながらにやにやする。
「いいな、やっぱりいいな!体育祭」
「そろそろ本気でキモいと思う」
そのとき『あの』足音が聞こえた。その足音を聞いた時、隼也はブルっと身震いした。
「この音は、この空気は、」
「奴がやってくる…」
柿太郎電鉄のメガボンビー登場シーンを彷彿させる。プッチョ(文香)が満面の笑みで走ってくる。僕でさえ寒気を感じているのだから当の本人は…
「おい、大丈夫か」
顔面蒼白だった。
・・・・・・・・
「奏斗おはよう、奏斗もハチマキにメッセージ書いてくれるか?」
「うん、いいよ。僕のもお願い出来る?」
「おう、もちろん!」
白いハチマキはメッセージのインクで黒く染っていく。そんな想いの詰まったハチマキを眺める。
もう一度整理すると、
萌衣と徹は赤組、
美穂と玲は青組、
僕と雄大は白組、
ついでに隼也と文香は緑組だ。
「頑張れ…か」
ハチマキの端っこに、細い黒インクで書かれたその言葉。小さく書かれた萌衣という名前。僕は、ハチマキを結びグラウンドへと向かった。
・・・・・・・
熱気で空気がグラグラと揺らいでいた。炎天下の中、選手宣誓を誓う応援団長。
太陽光が校長の頭に反射する。光を一点に集めて物を燃やす虫眼鏡の実験を思い出した。
雄大がマイクを持つ。
「えー、続いては校長先生の話です。校長先生お願いします。まじで暑いのでなる早で」
生徒からの笑い。こういう所は忘れない雄大。校長は笑いながら登壇する。
「輝きなさい!生徒諸君。私の頭以上に!」
静まり返る生徒たち。完全に硬直した校長。雄大は慌ててマイクを持つ。
「大丈夫ですよ。私だけはついていきます。頑張りましょう、校長先生!輝くぞぉ!おぉ!」
予想通りグダグダの開会式となった。
「次に、生徒会長の話です。暑いので飛ばします」
「ふざけるな!」と生徒会長に怒られる。生徒会長はスタスタと壇上に上がる。
「本日は体育祭当日です。また、本日を持って雄大は生徒会役員をクビになります。以上」
生徒会長の挨拶が終わった。みんな大爆笑。そして拍手。
そして本当に生徒会の権利を剥奪されたのは後の話である。
・・・・・・・・
午前は200m走と綱引き、応援合戦が行われた。午後は男子騎馬戦、女子ダンス、リレー、親交ダンスの順でプログラムが組まれていた。
昼休憩、家族と一緒に昼ごはんを食べる。
「父さん、疲れてるのに来てくれてありがとう」
「いや、昨日から有給取ってるから元気いっぱいだよ」
母の作ったサンドイッチを食べる。ハムとチーズの組み合わせは最強、黒胡椒のかかった甘いタマゴのサンドイッチは最高だ。
「やっぱり母さんのサンドイッチは美味しいな」
「僕もそう思う。美味しい」
「そんなこの言われると照れるなぁ」
父と母の会話を聞いているだけで嬉しい気持ちになる。
「本当はなっちゃんも来たかったらしいんだけどね。部活の県大会らしくて」
なっちゃんとは母の親友の子どもで、僕の幼なじみでもある。確か今は中学三年生になっていた気がする。
「そういえばなっちゃん、この学校受験するらしいよ」
「そうなの!?」
嬉しいけど、なっちゃんの性格上、方程式がややこしくなるなぁと思う。すごく人懐っこくて、小さかったなっちゃん。小学校時代に会ったのが最後の記憶だ。
そして予想通り、来年、なっちゃんの登場で方程式がぐちゃぐちゃになる。
「あ、奏斗のお母さん、お父さんこんにちは。友だちの雄大です」
「あ、雄大くん。あらまぁ大きくなったねぇ」
雄大とは昔からの同級生なので母も父も知っている。
「奏斗、アイス今10%引きらしいから行列できる前に行こうぜ」
「お母さん、行っていい?」
「うん。もちろん。午後も頑張ってね。雄大くんもこれからもよろしくね」
「任せてください!奏斗を俺が正しい道に進ませます!」
僕と雄大はアイス売り場に走った。
・・・・・・・・・
「いよいよだな」
「そうだな」
僕と隼也はゴクリと唾を飲みこむ。1番楽しみにしていた種目、それは、
「オクラホマミキサー!」
この学校の伝統種目フォークダンス。毎年、体育祭では男女の親睦を深めるためにフォークダンスを踊る。
「女の子の手が俺の手に…やばい、汗が止まらないぜ」
「それはキモすぎる。女子もさぞかし嫌だろうな。あとあと言われるよ。『隼也くん手汗やばくなかった?まじキモくないー?』」
隼也、ズボンで必死に手汗を拭く。
オクラホマミキサーの初期位置はクラス単位で並ぶこととなっていた。雄大は生徒会役員のため、本部で音楽を流す係になっている。
「雄大残念だな。女子と手、繋げなくて。でも彼女がいるからいいのか」
隼也のそんな話を無視しながら僕はある人物を探す。もちろん、それは、
(いた…)
玲は男子に向かい合いながら立っていた。雄大という彼氏がいながらも男子からの視線は冷めることがない。何人もの人が玲と踊れることを楽しみにしているだろう。
玲も周囲を気にしている様子だった。目線が合いそうになって逸らす。とある変態同級生の情報によると、オクラホマミキサーが流れる時間は毎年9分13秒。玲と会うか会えないかギリギリの計算。
「なぁ、奏斗」
「どうした?」
なぜか隼也も玲のいる方向を向く。そしてにっこりと笑った。
「頑張れよ」
どういうことなのだろう。どういう意味なのだろう。短い言葉ながらも隼也はそこに深い意味を含ませた。
もしかして、玲を好きなことが、隼也に気付かれているのかもしれない。
以前聞いたが、隼也は過去、玲に告白をしているらしい。断られたと言っていたが詳しい理由は教えてくれなかった。
「隼也、ありがとう。頑張る」
そして、いよいよ僕らのオクラホマミキサーが今始まる!
と、そのときだった。
「おい、お前ら」
担任が僕たちの方に走ってきた。嫌な予感がして寒気を感じる。
「ジャンケンしろ」
「「へ?」」
僕と隼也は顔を見合わせて困惑する。オクラホマミキサーが始まろうとしているのにどういうことなのだろうか。
僕らはジャンケンする。僕はグーを出して隼也はチョキだった。僕の勝ちだ。
「あのな、負けた方には悪いんだが、男女の比率が合っていなくてな。男子の方が余っている状況なんだ。だから隼也、お前は女子の列に並んで男子と踊れ」
「え、嫌っす!俺、嫌っす」
「ジャンケンだ。仕方がないだろ。大丈夫だ。先生も混ざって男子と躍る」
隼也が泣く寸前の子どものような顔をして無言で訴えかけてくる。担任もさすがに可哀想な表情をするが、隼也を引っ張る力は緩めない。
僕は心の中で大笑い。先程隼也に言われた言葉をそのまま返す。
「隼也、頑張れよ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
あんなに楽しみにしていた隼也は先生に連れられて女子の列に混ざった。他にも何人かの男子がいる。みんな人生に絶望に満ちた表情をしていた。
オクラホマミキサーの曲と共にどんどん人が入れ替わっていき、僕は玲に近づいていく。その距離5mぐらい。少し目が合ったような気がした。
「ドクッ」
胸の鼓動が響く。
僕はまだ玲に告白できていない。そもそも行動に移せていない。萌衣のためにも、そして僕自身のためにも想いを伝えなければならない。
とりあえず何か話したかった。きっかけを作りたかった。もし、玲のところまで行けたら言う。話がしたいと伝える。それで断られたらいい。
あと4人。4m。
体育祭をきっかけに話すしかないと思った。全校生徒が触れ合う機会は体育祭ぐらいしかない。これを逃したら僕はまた逃げるだろう。仮の彼女の萌衣のところに逃げるだろう。
あと3人。3m。
もし、断られたとしても後悔はない。しっかりと萌衣と向き合って行こうと思う。断られたから萌衣のところに逃げたんじゃないかと思われるかもしれない。だけど、玲に告白しない方が僕の後悔になる。萌衣に怒られる。
あと2人。2m。
でももし成功したらどうなるのだろう。雄大と玲の関係性はどうなるのだろう。僕と雄大の関係性はどうなるのだろう。おそらく僕と雄大の関係性はギクシャクする。想いを伝える前に雄大にしっかり話しておくべきだっただろうか。
あと1人。1m。
そして僕と萌衣の関係性はどうなるのだろう。今度は玲に萌衣を重ねないだろうか。玲の方を見る。心臓がドキドキする。手汗拭きたいなぁ。
その距離は1mを下回り、センチメートルを刻み出す。でも一定間隔で減っていた数値はピタリと止まった。
なぜ想いは僕を嫌うのだろう。
なぜ願いは僕を拒むのだろう。
玲と目が合う。
想いは物理の限界を迎えた。
その1歩が、
その30cmが、
届かなかった。
・・・・・・・・・
「あ、」
玲も1歩その足を出そうとして、半歩でその足を止める。お互い気まずそうに目を逸らす。
結論、音楽が止まった。オクラホマミキサー、終わりの合図。想いを伝える伝えない以前にそのチャンスすら作者はくれなかった。
本部に座る雄大を見る。遠くにいるため分からなかったが、雄大もこちらを見ているように思えた。
雄大は急いでマイクを持った。
「連絡します」
雄大の声。友の声。たぶん雄大は、
僕が玲を好きであることに気付いているのかもしれない。
「時間があるのでもう1回やります!絶望の淵にいるそこの男子諸君、このままで終わっていいのかぁ!?」
「おい、勝手に決めるな!」と雄大の隣にいる先生怒鳴る。女子列に並ぶ男子の歓声。雄大と先生が2分ほど話し合って雄大が再びマイクをとる。
「女子の列に並んでいた可哀想な男子諸君!チャンスだ。もう一度やるぞぉぉ」
〖ひゃっっっほほほほほほーーいいいい!〗
隼也の雄叫びが遠くから聞こえる。よほど嬉しかったらしい。その声はグラウンドの隅から隅まで響き渡った。
「男子を入れ替えるから五分ぐらい待っていてください!その間、目の前の人と何か話でもしててください!」
生贄の男子が再選択されていく。その時間、僕と玲はお互いに正面に立つが、目を合わせない。合わせられない。
「「あの」」
ようやく出せた声は、玲の声と重なる。玲も何か話そうとしていた。譲る動作をすると、玲は振り切るように声に出す。
「あの、奏斗くんは、高校生になる前に私と会ったこと覚えてる?」
どういうことなのか。僕の記憶には存在しなかった。そんな大切なことなら覚えているはずだ。
玲は少し寂しそうな顔。僕は大切な何かを忘れている。想いを忘れている。
「奏斗くんが聞きたいことは何?」
「えっ、えっと、」
「うん」
「玲さんは、好きな人いる?」
聞きたかったこと、伝えたかったこととずれていく。本当は想いを伝えたかった。その言葉を代入したかった。
玲は困った表情をする。雄大と玲が付き合っていることは知っている。雄大が好きだと言うに決まっている。
「私の好きな人は…」
自分でも感情が分からない。僕が欲しい返答は何だろうか。求める答えは何だろうか。どの解を導いてもそれは答えではない。
「私の好きな男子には想いが届かない。その人には彼女がいるんだ」
玲はまっすぐに僕を見て言った。その目、瞳孔に映る僕の顔。1つ気付いたことがある。朝の通学電車の中で目が合った理由。軽く会釈をしていたのは、単なる知り合いという関係ではなかったからだ。
僕は大きな間違いをしていた。
この連立方程式、どこでずれてしまったのだろうか。解ける、解けない以前に、立式する過程から間違っていたのだろうか。
「だから、その人には、その彼女を大切にして欲しいなって思う。だから奏斗くん」
オクラホマミキサー2回目が始まった。僕は玲の手をとる。玲は僕の手を繋ぐ。僕は伝えられる言葉が無い。
「奏斗くんは、本当に好きな人を大切にしてあげて」
「本当に好きな人…」
僕と玲、物理的距離0cm。
想いの距離4万km。
僕の本当に好きな人。
【それは月崎玲ではない。】
【そして清水萌衣でもない。】
僕が月崎玲を好きになった背景には、別の女の子が関係していた。
「好き」という言葉を代入すればいい、最も簡単な恋立方程式が、僕には解けない。
2章 体育祭編 終
3章【僕と石森の過去編】へ続く
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