17話 僕と親

17話 僕と親


気付けば夏休みが終わろうとしていた。


クーラーの効いた部屋でゴロゴロする。スマホゲームアプリ【パズホラ】の夏季イベントがもうすぐで終わってしまうので、周回をしなければならなかった。課題の答えをみせて欲しいと雄大と隼也から同時に連絡が来ているが無視する。


「奏斗、昼ごはん出来たわよー」


「分かった。今行く」


昼ごはんは冷やし中華。塩っぱい汁を中和するハム、キュウリ、タマゴ、そして紅しょうが。どれもその他のものを邪魔しない素晴らしい組み合わせだ。


「そうだ。奏斗、せっかくの休みなんだし、どこか出かけようか」


「珍しいね」


「奏斗が家にいるなんて滅多にないからね」


ご馳走様でした。と僕と母。ちなみに父は単身赴任で離れたところに住んでいる。


・・・・・・


母の運転する車で、千葉県のラザー牧場に来た。昔、母が学生時代に働いていたところらしい。


牛も暑さを訴えてくる。元気のなさそうにモォー(暑いよぉ、助けろ)と鳴く。


そんな牛の想いなど、どうでもよいと言わんばかりに、母は写真を連写する。母は有名なインスタグラファーであり、何かあるとすぐ写真を撮る。


もしかして、写真を撮りたかったのではないだろうか。


・・・・・・


「うぅん!やっぱりここのソフトクリーム最高だわ」


「確かに他とは違う」


絞りたての牛乳からつくったソフトクリームは、食レポを忘れるほど濃厚で美味しかった。バニラ味とミルク味のコクの違いを実感する。


「昼ごはん何食べたい?奏斗の好きなものでいいよ」


「いいの?じゃハンバーグが食べたいな」


こうやって甘えていられるのも高校生までと思うと、寂しいものを感じる。


高校を卒業したあとは東京の大学に進学する。親とも話し合った結果、一人暮らしをすることに決まった。


「分かった。じゃガスポ行こうか。チーズオンハンバーグ好きでしょ」


「うん」


一人暮らし始めたら、バイトで生計立てながら、親に迷惑かけないで生きていこうと思うが、結局迷惑はかけることになるだろう。


・・・・・・


ファミリーレストランガスポに着いた。研修中の名札を付けた店員が案内をする。シワの無い新品の服を着て、背筋を張りながら歩いていく。


「こちらの席でもよろしいでしょうか」


店員は、緊張で引きつった笑顔を見せる。荷物を置いて席に座るまでしっかりと待つ。


「ご来店ありがとうございます。おすすめのメニューは、えーっと…」


言葉を忘れてしまったらしい。その光景を隣のカップルが笑う。母はニコリと笑って言った。


「大丈夫ですよ。お仕事頑張ってください」


「すみません。ありがとうございます」


そしてカップルを気づかれないように横目で睨みつけた。カップルが別に嫌いという訳ではない。他人の頑張りをあざ笑う人が嫌いだ。


・・・


「お待たせしました。チーズオンハンバーグです」


「ありがとうございます」


「鉄板がお熱いのでお気を付け下さい」


ナイフを刺すと溢れる肉汁。ヨダレが肉を求める。期待に答えるべく、口にハンバーグを運ぶ。美味い。ただ、美味い。うめぇぇ。


母はおろしハンバーグを注文した。おろしも中々に美味しそうだ。一見合わなそうなハンバーグとおろしの組み合わせのハーモニーを想像。


「そういえば奏斗ってさ、」


「なに?」


「彼女って作らないの?」


ブヘッッっとむせる。近くにあった水を急いで飲んでゆっくり喉を通す。


「何でそんなことを聞くの?」


「だってもう高校生でしょ。そろそろ作りなさい」


母には、玲や萌衣のことは話していない。萌衣との関係性を話したところで理解は得られないだろう。さらに言えば萌衣とはここ1ヶ月弱会っていない。


1ヶ月前、萌衣から徹に告白することを伝えられた。僕は、彼女の想いは違うことに気がついた。


萌衣は徹を想いつつ、僕と付き合っていたに過ぎない。だからといい、徹に告白するための道具とも考えられていなかったと感じる。僕のことも一人の人間として好きでいてくれた。


僕も萌衣のことは好きだ。好きになってしまった。玲を好きなのとはまた別の感情だ。


(萌衣、徹に想い伝えられたかな)


成功しても失敗しても微妙な気持ちに陥るんだろうなと思う。僕はハンバーグの横に転がっているハッシュドポテトを食べる。カリカリホロホロの調度良い塩加減のポテト。


「母さんは父さんと高校生の頃から付き合っていたんだよね」


「そうだよ。別に好きじゃなかったけどね」


「えっ?」


「なんか流れでそうなったんだよね。野球部の部長とチア部の部長が付き合うとか自然と決まってるみたいな。私チア部部長だったんだよ」


「はっ?全然見えな…」


「なんか言った?」


「なんも言ってません」


チア部の部長をしていたなんて想像が出来ない。お父さんは、The野球部みたいな感じがするので分かる。それによく酒飲みながら野球観戦している。僕も小さい頃はよく連れて行ってもらっていた。


「だからさ、周りの期待に答えるために付き合い始めたんだよね」


母はメロンソーダを取りに席を立つ。僕はガルビスをお願いした。


萌衣と別れた後、特に連絡はない。上手くいったのなら連絡はしなくていいと伝えてある。萌衣と徹が付き合い始めたときに、僕という存在は邪魔になるだろう。そういう約束だ。


「お待たせ。ガルビス持ってきたよ」


「ありがとう」


ハンバーグの味で満たされていた口内に、ガルビスの味が澄み渡る。再度、口はハンバーグの味を求める。


・・・・・


最後をガルビスの味で締めるか、ハンバーグの味で締めるかという重要な選択を迫られる。家に帰るまでの道のりはガルビス、ハンバーグどちらがいいだろうか。


「で、そのあと、私はパパと別れたんだよね」


「えっ?」


「何も想いを抱いていない人と付き合っても仕方がないじゃない。私は正直なことを言って別れたよ」


でも…と母。結論、滅多に食べられないハンバーグの余韻を家に持って帰るためにハンバーグの味で締めることにした。


「でも別れてから気づいたんだよね。パパがいない寂しさに」


母はデザート頼む?とメニューを渡してきた。僕は大丈夫と返す。母は店員を読んでチーズケーキを注文した。


「不思議だよね。別れた後に好きだったことに気づいた。で、私の方から振ったのに私から告白した。そして今、私とパパ、そして奏斗がいるわけ」


チーズケーキが届いた。僕も注文しておけばよかったと若干の後悔。


「あのさ、」


「なに?」


「好きな人に好きな人がいたら母さんはその人を諦める?」


今まで母に恋愛相談などしたことはなかった。というかこの歳で出来るわけない。母、僕の悩みをほんの数秒で返した。


「諦めなくていいんじゃない?人を好きになるなんて自由だからね。好きになることを諦めなくていいんじゃないかな」


例えば大好物のチーズオンハンバーグが一生食べられなくなったとしよう。だけど食べられないからって大好物を諦めるのか。確かにそれは違う。一生食べられなくても好きでいたい。


そしてチーズオンハンバーグを好きになることは自由だ。僕が好きになったところで文句言う人はどこにもいない。チーズオンハンバーグを好きでいることが自由であるように、人を好きになるのは自由だ。


「ありがとう」


「心晴れた?」


「うん」


進展もしてないのに何故か心が軽くなった。やっぱり母は偉大だ。


満腹感と不規則に振動する車の居心地。家に着き母に起こされる。僕は大きくあくびをしながら家に入る。


「そうだ、僕は玲のこと諦めなくていいんだ。玲は雄大と付き合っているけど、僕は諦めない。どういう結果に陥ることになっても好きでいよう。想いを伝えよう」


スマホから通知音が聞こえた。僕はその通知を見る。そして思わず呆れて笑ってしまった。


「この覚悟は何処へ。いつまで悩めばいいんだろう」


その通知は萌衣からだった。


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