14話 私の変曲点

14話 私の変曲点


ミンミンゼミの鳴き声の降り注ぐ公園の脇道。草むらの中では親子が虫取りをしていた。私も小さい頃は親とよく虫取りをする活発な女の子だったらしい。今は触ることは絶対出来ない。


プカッ、プシュー


炭酸が日常に解き放たれる音。この音が似合うのは間違いなく夏だ。缶のタブ開け音選手権があったら私は上位に行けるだろう。口の中で暴れるサイダー。弾けながらコロコロと喉を通る。


奏斗と連絡をやめてから1週間が過ぎた。私は徹に想いを伝えると言いながら、行動に移せないでいた。自転車小屋に着くと一人の男子が自転車に乗りながらスマホゲームをやっていた。ストッパーで浮いた後輪が回転している。


「おはよう、萌衣」


「おはよう、徹」


「萌衣もこんな早くから来てるのか」


「まぁね。それにしても本当に徹はゲーム好きだね」


自転車を降りた私の背中を追う徹。私を待っていてくれたのだろうかと思ったが、早く着きすぎて、心細かっただけだろう。


呼び捨てで呼ばれる仲まで距離は近くなったが、それは理想とは少しだけ異なっている。私と徹の間には必ず美穂が存在する。


今流行りの来来来世という曲。隣では徹が下手ながら頑張って踊る。前の人を見ているので、全てが1テンポズレている。少しは覚えたらどうだろうか。


休憩時間、隣に徹が座る。この時間が好きだったが、徹から出る美穂の話は少し辛かった。差し入れのポッキンアイスを2つに割って、1つを徹にあげる。


「ってかさ、奏斗と最近会ってる?」


私の気持ちに気付いてくれないことにモチモチしながらも返答する。


「まぁ。最近は会ってない。そっちは」


「そっか。俺はなぁ…」


少しの間が空いた。きょとんとする私の目と徹の目が合い、徹は視線をそらした。どうしたのだろうか。


「雲行き怪しいなぁ」


「美穂と何かあったの?」


「う、ううん。別に」


話の続きを聞こうとした時、すごい速さで誰かが走ってきた。


「そこをどけぇぇぇ!」


なんだと思ったら奏斗の友だちの隼也がこちらに突っ込んでくる。私と徹は道をあける。隼也が通り過ぎて、そのあとにドスドスと何かが向かってくる。身体の大きさと足の速さが比例しないレベルで物体が通り過ぎる。とあるジブラ作品のカ○ナシ暴走状態を思い出した。


「仲良いなあの二人」


「そうなのかな」


そんなんで休憩時間が終わった。その時点でポツポツと雨が降っていた。


・・・・・・


雨天のため、練習は早めに終わることになった。雨が上がるという少しの期待を信じて、自転車小屋でスマホに向き合いながら雨上がりを待つ。


「あれ、萌衣」


そこに徹がやってきた。


「もしかして傘持ってない系か」


「ん。そういう系」


「迎えは来ない系?」


「来ない系」


俺は優秀だ、と徹は鞄の中から折り畳み傘を取り出した。私に見せびらかしてくる。


「よかったねぇ」


「へぇ〜いいのかよ、入れてあげようと思ったのに。」


「そうですかぁ〜、って、えっ?」


何か予想だにしない言葉を聞いたような気がする。徹はニコッと笑う。


「折り畳み傘だから傘は小さいけど何とか2人入れるだろ。どうする」


どういうつもりなのだろうかと思ったが、そこまで深く考えてもないのだろう。嬉しさ半分、疑問半分の気持ちで、遠慮がちに傘に入ることにした。


・・・・


私と徹には想いの距離=傘の中の2人の距離。私を守ってくれている徹の右肩は雨に濡れている。


「どうしてそんなに濡れているの?」


「どうしてって、当然でしょ」


「当然ではないと思う」


こういうところが徹だった。


こういうところが好きだった。


私は徹との距離を縮めようとした。私がそれを行動に移す前に、言葉にしたのは徹だった。


「さっきの話なんだけど」


「さっきの話?」


「美穂と最近会ってるかっていう話」


「あぁ、うん」


同じ傘の下にいるのに、他の人の話はあまり聞きたくはない。だからと言って、美穂がいなければ今の関係は成り立たない。


「美穂と別れた」


「え?」


私は耳を疑う。美穂とは一昨日、ビデオ通話をしながら宿題を進めていたのに、そんな話は聞かされていなかった。


「本当に?」


「うん。別れ話を持ちかけてきたのは美穂の方からだった」


私たちは無言になる。その話をして、私にどうしろというのだろうか。美穂に説得して仲を戻して欲しいとでも言うのだろうか。


「美穂から別れ話を切り出されて気付いた。こんな事言うのも間違っているかもしれないけれど、萌衣に話したいことがあって今日早く学校に来たんだ。でもなかなか言い出せなくて」


徹の言葉の展開、一瞬脳裏に過ぎる予感。ずっと待っていたその解。どれだけ微分しても求められなかったその点。


でも今じゃなかった。


今だけは嫌だった。



徹に対する価値が、



好きだという気持ちが



崩壊する。

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