9話 玲の方程式

9話 玲の方程式


「好きです。付き合ってください」


 言葉が与える心理の影響は計り知れない。好きという二文字だけで人の心理は揺らぐ。だから言葉というのには責任が生じる。私はそんなことを考えてしまうから想いを言葉にして吐き出すのが苦手だ。


 目の前の男子は女子たちの間でも噂されるイケメン男子。断るのは一生の後悔になるかもしれない。


「ごめんなさい」


 想いは心理を含むことがわかっているからこそ、決断も慎重にならなければならない。


「私、好きな人がいるから」


 曖昧な感情のまま人と関係値を築くのは誤っていると思う。目の前の男の子は残念そうな表情を見せた。また人を傷つけてしまったことに申し訳ないという気持ち。


「本当にごめんなさい」


「いや、大丈夫。そうだよなぁ。でさ、玲さんの好きな人って誰なの?」


「それは…」


 私の名前は月崎玲。実は好きな人がいます。


・・・・・・・・・・・・


 好きな男子は別にかっこいいという訳では無い。告白してきたイケメン男に比べたら地味だしあまり目立たない(ごめんなさい!)。でも私の初恋の相手になる。


 私はその人を追いかける形で、この学校に入学した。学年ごとにクラス替えがあったけど、2年生でも同じクラスになることは叶わず。


 関わりを持とう!と勇気を振り絞るけど、私に出来る精一杯の行動は、教室を通り過ぎる時にちらっと見ることだけ。その人は友だちとワイワイしながらスマホゲームに集中していた。


「玲、どうしたの?早くパソコン室行こう」


「う、うん」


 私はその男子、奏斗にずっと伝えたい言葉がある。


・・・・・・・・・・・・


 想いは伝えなければ届かない。


 やはりこのままではいけないと私は思った。奏斗に想いを伝えなければいけない。伝えないまま3年間を終えるなんて以ての外だ。


 私は奏斗の乗る電車の時間に合わせて乗ることにした。心の遠慮から1つ隣のドアから乗り込む。


 しかし、結局言葉では上手く伝えられず。だから手紙を握りしめて奏斗の教室へ向かった。移動教室を狙って、誰もいないうちに奏斗の机の中に手紙を入れようという作戦だ。


 電気が消えていることを確認して教室に入ろうとした瞬間、教室から出てきた大柄の男の子とぶつかった。持っていた手紙を慌てて後ろに隠した。


「ご、ごめん、誰もいないと思って」


「れ、玲さん?俺の方こそごめん、ってか俺たちのクラスに何か用?」


「あ、教室間違えた」


「そんなことある?」


 ぶつかった相手は、奏斗の友達の雄大。奏斗と雄大は小学時代からの親友同士である。雄大は学校内では有名で生徒会の役員でもある。


 私は自分の教室に帰ろうとする。雄大に手紙を渡してもらおうと思ったが、それぐらいは自分でやりたい。そんな私の足を止めたのは雄大の言葉だった。


「あ、ちょっと待って、玲さん」


「どうしたの?」


「あのさ、ずっと前から玲さんのこと気になっていて、っていや、好きとかじゃなくて好きなんだけど、…ってあの、れ、連絡先とか交換できない?」

 

 このとき、私は考えてしまった。

 

 雄大と繋がれれば奏斗まで繋がれるかもしれない。雄大を利用すれば奏斗と関係を持てるかもしれない。想いというものは伝えなければ届かないからこそ、隠すことは容易い。


「まぁ、連絡先交換とかなら、うん」


「本当に?Twigramでいい?」


「うん、いいよ」


作者の描く小説を乱したのは私の責任だ。


・・・・・・・・・


 雄大とは連絡先の交換後、何度かやり取りをしていた。好きになって欲しいという訳ではなく、関係性を続けることが奏斗への最短ルートだと思っていた。


 そんなある日の放課後、私は雄大に呼び出されて少人数教室へと向かった。窓に打ち付ける雨の音と、体育館から聞こえてくる微かなバレー部の掛け声が遠くから聞こえる。


 少人数教室には既に雄大が待っていた。生徒会の仕事をしていたのだろう。連絡先を交換した日から直接話すことは無かった。

 

「あのさ、前から気になってたんだけど、奏斗のこと好きだよね。そして俺を利用して奏斗に想いを伝えようとしている。違うか?」


「なんで奏斗くんが出てくるの?」


「視線。移動教室のとき、ちらっと俺たちの教室見ることあるでしょ。その時の視線は俺じゃなく、奏斗を見ていた」


「違うよ。本当に」


「正直に言って欲しい。奏斗には好きな人がいると思う。急いだ方がいい」


 雄大の言葉は答えへの最短ルートになるのかもしれない。でも私の中のプライドが邪魔をする。雄大に手伝ってもらって奏斗と付き合っても、私は以後「そういう人」という括られ方をするだろう。


 自分のことばかり考えて、他人のことなど考えない私。安易な気持ちで他人を利用する私。他人の好意を簡単に踏みにじる私。


 雄大に手伝ってなんて言えるわけなかった。雄大は私のことが好きなんだから。


「雄大」


 私は解き方を知らなかった。伝え方が分からなかった。雄大は私の涙に目を丸くした。その涙は何の涙なのだろうか。


 今の私ができる最低限の方法。雄大を傷つけたくないからその言葉を発することにした。自分自身が傷つきたくないから曲線を描くことにした。奏斗に近づくために私は感情を代入した。


「…付き合って」


 奏斗に好きな人がいるという事実。私では無いという確実性。私が奏斗に近づくためには雄大を利用しなければならなかった。


 こうして一つ、虚数を描いた。

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