8話 僕と私のねじれ方程式

8話 僕と私のねじれ方程式


 屋上へ向かう階段は、古苦い埃が宙を舞っている。【出入り厳禁!】と書かれた貼り紙を無視して錆びたレバーを押した。重いドアは、耳に残る嫌な金属音を響かせる。

 

「よっ」


「よっ」


 私に興味が無いことを知っているから、想いを気にせず話すことが出来る。相手を考えず言葉を吐き出すことが出来る。奏斗の横に立って街並みを眺める。昨日の雨水が、陽光を反射して街全体を煌びやかに輝かせていた。


「で、徹の告白はどうだった?」


「成功した」


「そうなんだ」


 気持ちを誰かに話したかった。共有を図って落ち着きたかった。その安心は一時の感情でしかないことは分かっている。でもそれでもいい。誰かに吐き出せるのと吐き出せないとでは天と地の差だ。だから私は奏斗を屋上に呼び出した。


「で、これからどうするの?」


「わからない。どうすればいいんだろう」


 進めば進むだけ答えは見いだせなくなる。描けば描くほど距離が遠くなる。徹が好きなのに、なぜか離れていく。徹との交点が求められなくなる。


「私は徹を振り向かせたい。でもどうすればいいか分からない。なんで奏斗は平気そうな顔をしているの?好きな女の子取られちゃったんでしょ?」


「悔しいに決まってるでしょ辛いに決まってるでしょ。でも雄大に勝る要素は持ってない。同じだよ、僕だってどうすればいいか分からない。玲を振り向かせる?無理だよ、僕には方法すら思いつかない。もう諦めるしかないんだよ」


 今の私たちは相手の道の平行線上にいない。

 そして想いの垂直線上にもいない。

 想いを寄せる相手はねじれの位置にいる。

 ねじれの位置だから、どこまで伸ばしたって交わることは出来ない。


 今までの私だったら、そうやってウジウジして何もできずに徹への想いは消えていく。大して努力もしていないのに、もう駄目だと早々に決めつける。


「奏斗、お願いがあります」


「お願い?」


 この小説を書いている人がどんな人なのかはわからない。でも、私は負けない。作者が描く小説通りには動かない。私はこの小説の主人公になる。モブキャラプチトマトにはならない。

 

「私は徹を諦めないから、奏斗も玲を諦めないでほしい。私が道を踏み間違えときは教えてほしい。このお願いは奏斗にしか頼めない。もし奏斗が道を踏み外すなら私が正しい道に戻す。私一人で答えが求められなくても二人なら絶対想いが伝えられる。好きだという言葉が言える」

 

 こうして、私の方程式は奏斗の方程式に関わることになった。恋立方程式は、後に奏斗の想いを変えてしまう。そして私の想いも変わっていくことになる。人と関わるということは想いを抱くことになる。


 恋立方程式を立式させたのは私の責任だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る