3話 僕と君はすれ違い方程式

3話 僕と君はすれ違い方程式


 初夏に降る雨は多くの生き物にとって恵みの雨となる。生徒は嫌悪感を募らせるが、植物やカタツムリにとってはパラダイス状態だろう。


「じゃぁな奏斗。鍵当番よろしく。俺迎えくるから先帰るわ」


「おう、次は負けないからなぁ」


 卓球部恒例「モップ競走」最下位の特典である鍵当番の役割を終え、一人廊下を歩く。降水確率20%に賭けて失敗した生徒たちは、鞄を頭に乗せて走っていく。僕は傘を持って優越感に浸る。母ナイス!


「って、ふぁ?!」


 昇降口の突き出た屋根の下。困った表情で一人の女子が空を見上げている。横顔を見て思考停止。つまり僕の好きな玲だった。


 今までにも多くの男子が玲に告白をしてきた。学年一番のイケメンが告白したという話を聞いた時は全男子が気が気でなかった。でも、玲は「好きな人がいるから」という理由で断ったらしい。


(玲の好きな人…、僕だったらなぁ、)


 何度も自問自答を繰り返しては、勝手に落ち込み悲しくなる。玲とは、クラスが一緒になったことも無ければ話したこともない。残念ながら玲の好きな相手が僕である可能性は0を下回る。


「か、奏斗…くん?」


「えっ?あっ、」


 あれっ?僕は何秒ここで思考停止していた?少なくとも「今までにも多くの男子がか…」から「0を下回る。」まで、小説を描く40秒ほど停止していた。ってか待て、僕の名前を知っている?はっ?それだけの事実で寿命が千年増えました!(♪人生最も嬉しい効果音)


「「あ、あの」」


 僕と玲の言葉は同時だった。お互いに優先するが、中々話すタイミングが掴めない。3秒前の僕と今の僕は覚悟が違った。とそこへ場を吹き飛ばす救世主が現れた。


「おう、待たせた、玲、…ってえっ?奏斗?」


(は…はい?)


 その救世主の登場は、場を吹き飛ばすどころか僕の物語を吹き飛ばした。現状、頭の中の処理しきれない数式でエラーを起こして始めていた。


 まず分かることから。今、目の前には雄大がいる。そして言葉を発したのも雄大。でも雄大は誰を呼んだ?誰の名前を呼んだ?


「あ、奏斗…えーっとこれはだなぁ」


雄大の声は聞こえなかった。雨の音すら消えていた。唯一聞こえるのは必死に場の計算処理をする脳内音。脳のCOUがパンクする。


「俺たち付き合い始めたんだ」


そして脳はショートした。





・・・・





・・・・と描けば場面が切り替わったかのように感じる。余分なキャッシュを捨て再起動。最初に聞こえたのは雨の音。そして視界には玲と雄大。


 雄大の言葉を脳で理解するのには時間が必要だった。 1単語ずつ噛み砕いて脳の中に飲み込んでいく。ゆっくりと雄大と玲の関係式を構成。って待て待て待て!雄大は何と言った?


関係式の立式。事実、雄大と玲は付き合い始めた。(♪肉体が崩れる人生最悪の効果音)


「じゃまた明日な」


「うん」


 恋愛アニメ『想い出のタイムカプセル』第2章ラストシーン。雨の中、主人公の傘に入るヒロインの女の子。2人の距離は初々しい。


 作者に聞きたい。主人公は僕ではないのでしょうか。恋愛小説だと聞いて浮かれていたのに恋哀小説の間違いだったのでしょうか。


(は、はははは)


 乾いた笑いは雨の湿度にかき消される。なぜ雄大なのだろう。いや、雄大だからなのか。


 僕は大きな勘違いをしていた。確かに主人公は雄大の方が向いている。雄大は生徒会に所属していて、次期生徒会長の候補でもある。僕と雄大では器の大きさが違う。


 傘の大きさが雄大の偉大さを比喩する。僕と雄大は親友だ。でも僕は雄大に勝る部分は何も無い。傘の小さい自分が悔しかった。


・・・・・・

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