第4話 うっかり女神様

「ちょ! ちょっとテイエス様ぁ!? こ、この姿はなんなんですか!?」

「ちょ〜かわいい女の子」

「それはわかりますっ! いや、可愛いのがわかってるって意味ではないんですけど……いや、可愛くないわけでもないんですけど……って、そうじゃなくって! なんで俺、女になってるんですか!?」


 ナギサの憤りもごもっともである。

 ギルドに再加入するための試練だったはずなのに、何故姿まで変えられなくてはいけないのか。しかも女に。そんな話は聞いていないのだから当然だ。

 だからそのことを問い詰めたのに、テイエスは何故かいつの間にかメガネをかけたスーツ姿になり、手には指示棒を持って不敵に微笑んでいた。


「ふっふっふ……それでは説明しよう! ほら、キミはこのギルドを辞めるのがイヤでしょ? そして自分を追放したパーティーに戻りたい。だけどそのパーティーは女の子だけで組みたい。だからキミは追放された。なら答えは簡単! キミが女の子になればいいのさっ! いっつぱ〜ふぇくと! お〜け〜? っていうか、そもそもここでの試練は女の子になるかならないか、だけだもん」

「そんなぁ……」

「がんばっ! それに、今のキミみたいになった人も他にもいるからだいじょ〜ぶっ! シャルだって元は男だし」

「……え、えぇっ!? ギルドマスターのシャルティアさんも!? だ、だってマスターシャルティアはあんなに若く見えてても、綺麗で結婚もしてて確か子供もお孫さんも……」

「知ってる知ってる〜♪ 会わせてもらったことあるからね! シャルの見た目に騙されちゃダメだよ。彼女は長寿種だからあの見た目だけど、中身はおばあちゃんだから」

「おじいちゃんではないんですね……」

「それはシャルは自分が女であることを受け入れたからね!」


 それを聞いてナギサは愕然とする。自分もそうなってしまうのか? と。


(いや、そんなはずは無い。いくら見た目が女になったとしても俺は俺だ。それに俺が男と……なんて考えたくもない。冒険を続けていれば男に戻る秘宝も見つかるかもしれない。世界にはまだ未踏の地が沢山あるんだ。きっと見つかるさ。よしっ!)


「わかりました。俺もこのまま頑張ってみます。それで、マスターシャルティア以外にも俺みたいな奴っているんですか?」

「いるよ〜! けどそれが誰かはひ・み・つ♡」


 ナギサはウインクをしながらそう言うテイエスに小さくため息をつき、ずり落ちそうな服を押さえると少しカッコイイ顔(とは言っても今の容姿ではただ可愛いだけなのだが)をして口を開く。


「じゃあテイエス様。お願いします!」

「……え? なにを?」

「いや、なにをじゃなくて。元の場所に戻してくれませんか?」

「なんで?」

「なんでって……。だって試練は終わったんですよね? なら一刻も早く戻ってアイツらのパーティに入れてもらわないと! 新しいメンバー決まっちゃうかもしれないじゃないですか!」

「あぁ、大丈夫大丈夫! こっちの空間はあっちより時間経つのか〜な〜り、遅くしてるからねぇ〜。それより……」


 ニヤリと笑いながらジリジリとナギサに近付くテイエス。


「な、なんですか……」

「元の場所に戻る為にはここで済まなさないといけない事があるんだよねぇ〜」

「それはいったい……って待った待った! なんで服を脱がそうとするんですか!?」

「大丈夫よ。お姉さん、優しくするから」

「ひいっ! いつの間にかそっちの姿に!? てか優しくするってなにをですかぁ〜! 」


 一瞬のうちに大人バージョンになったテイエスはナギサの服を剥ぎ取って産まれたままの姿にすると、目の前に真新しい装備と服を一式置いた。


「さ、それに着替えてもらえるかしら。その剣はサービスね。ソレ、とっても強いのよ? そして着替えたらその体の使い方を教えるわ。男と女じゃ違うから、それでいきなり戦場に出たら死ぬわよ」

「わかりましたけど、別に無理矢理脱がす必要はなかったんじゃ……ってこれ、露出高すぎじゃありません? いくら俺が元男とは言ってもこれは……」

「いいから着なさい。そしてその服は趣味よ。あと、女の子としての言葉遣いや仕草も叩き込むからそのつもりで。そうね……まずは歩き方からいきましょうか」

「ひぃぃぃっ!」


 そして、容赦の無いテイエスの女の子指導によるナギサの悲鳴が、何も無い白亜の空間に響き渡った──。


 ◇◇◇


 そして朝も昼も夜もない空間でどれだけの時間が経ったのかもわからなくなった日、ナギサとテイエスは向かい合って立っていた。


「えっと、今までお世話になりました」

「じゃ、がんばってねぇ〜♪」

「はいっ! テイエス様、に色々と教えてくださってありがとうございました。この剣も大切にしますね♪」


 そう応えるのは長い琥珀色の髪を大きなリボンで結い、雪の様に白い肌を鎧と言うには少し心許ない露出の高い装備で包み、両手に大事そうに剣を抱えたナギサ。


「うんうん♪ もう完璧に女の子だねぇ〜。超カワイイよっ! スタイルもいいし、これじゃあ男冒険者達の視線も釘付け間違いなしだねっ!」

「やだっ! そんな事言われたら照れちゃうじゃないですかぁ〜。へへ〜♪」


 頬を染めながら剣で胸元を隠して答える姿は、最早完全に女の子そのもの。しかもとびきりの美少女だった。


「じゃあ送るよ〜。シャルによろしく言っといてちょ」

「はい、お世話になりました」

「ば〜いば〜い♪ んじゃ、転移開始っと!」


 テイエスがそう言うとナギサの足元にはシャルティアの部屋で見たものと同じ魔法陣が現れ、光を放つと同時にナギサの姿は消えていった。


 そして残ったテイエスの元に一人の少女が近付き口を開く。


「マスター。よろしかったのですか? あの剣を渡してしまって。マスターが大事にしていたものでは?」


 その少女は先程の試練で三番目に出てきたパーマのかかった気の強そうな子。しかし、今の彼女は感情が抜け落ちているかのように無表情だ。


「ん、このままココに置いといても……ね。それにその方がの為になるかもしれないでしょ?」

「そうですか」

「そうそう。ん〜っ! また暇になっちゃったなぁ〜!」

「そういえばマスター」

「ん〜? なぁにぃ〜?」


 テイエスはぐーっと腕を伸ばし、気の抜けたような返事をする。それを見ても少女は顔色を変えることなく話を続けた。


「先程の彼女に伝えなくても良かったのですか? 彼女の力は【女子力】で上がり、男っぽい行動や仕草をすると下がる事を」

「…………あ」

「やっぱり忘れていましたね」

「そ、そ、そんなことナッシング! ほ、ほら! あっちにはシャルもいるし、【あの子】もいるし! だいじょ〜ぶいっ!」

「そういうことにしておきます」

「んなっ!? あっれ〜? おかしいな……。こんな反抗するように作ってないはずなのに……」

「人間で言うところの成長というやつです。マスター」

「かっちーん! テイちゃんは怒った! よってこちょこちょの刑にする! まてぇ〜い!」

「はいはい。こちらですよ」


 少女は真顔で逃げ、テイエスはそれを笑顔で追う。楽しそうに。けれどもどこか寂しそうに──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る