第七話 鍛治場


 翌日、しっかりと睡眠を取ってリフレッシュした私は、再び生産者ギルドの受付に向かい、昨日とは違う受付嬢に『生産初心者補助制度』の面接を受ける旨を伝えた。


「話は伺っております。あちらの“4番特別実技室“でお待ち下さい」

「わかりました」


 実技室か。

 そう言えば装備品をその場で作って見せるとか言ってたし、鍛冶場の設備のある場所なのかな。


 そんな事を考えながら、受付嬢に言われた場所まで移動し、“4番特別実技室“と書かれた部屋のドアを開け、中に入った。


「おお……」


 中に入るとそこは、広いレンガ造りの部屋で、私が思い描いていたよりも立派で本格的な鍛治場だった。


 現実世界では無い、ゲームのような世界とは言え、私の憧れだった本物の鍛治場を目の前に、感慨はひとしおだった。


「凄い。どれもこれも本物だ」


 これまで、いろんな資料や、体験学習で見て来てはいたが、今からここで実際に自分が槌を振るうと考えると、言葉にならないものがある。


 自分の知識や、エトの持つ鍛治スキルの影響か、私はこの部屋に備えられた設備や道具を見て、それらの使い方や動き方を何となく理解出来た。


 しかし、そんな中にいくつか理解のできない道具もあった。


「いや、あれが何なのかは見ればわかるけど、なにあれ?」


 それは、部屋の隅に置かれた一本の槌と金床。

 至ってシンプルな、どこにでもよくありそうな、一般的な形をした槌と金床だった。


 そう、形だけは。


 それはこの部屋で、とにかく圧倒的な存在感を放ち、異質だった。


「こんな巨大なハンマー、アニメでしか見た事ないよ……」


 それは、昔のアニメに出てきた、もっこり系ハードボイルドの相棒が使う、超巨大なハンマー武器にそっくりな物だった。

 それの全長は約1メートル、体積は通常の数十倍、そして重量は千倍以上はありそうな、木槌型のあれである。

 そしてその隣には同じくらいの比率で巨大化した金床が置かれており、どうやらこのハンマーは武器ではなく、鍛治用の槌のようだ。


「なんだろう、この見た目なら武器としても通用しそうだね」


 なんて事を考えながらも、私は一応、鑑定スキルで見てみる事にする。



 武器名:100tハンマー

 武器ランク:A

 攻撃力:312

 耐久度:578

 鍛治生産用装備

 製作者:カーオール



 数値だけで見れば普通に武器だった。


 私の持つ『星砕きの槌』も同様、この類の装備アイテムは分類的には道具扱いだが、武器としても装備可能だ。

 いわゆる、RPGゲームなどで『たいまつ』を武器として装備するような感じだ。

 通常、道具系の装備品は攻撃力が1~2桁くらいしか無く、私の持つ超レアアイテムの『星砕きの槌』でも、その例に漏れない。



「なにこれ!?生産用の槌だよね!?」


 鑑定では確かに鍛治生産用となっている。

 なのに、攻撃力が300!?!?

 そりゃ、同じランクAの武器と比べればかなり低い数値だけど、ランクBの普通の武器くらいの強さはあるよ!?!?

 なんだこれ!?


「—————フム。なかなかの観察眼はある様じゃのう」


 え!???


 突然後ろから聞こえてきた声に驚く私。

 思わず振り返ると、そこには白髪白髭の老人と、その隣には昨日の受付をしてくれた受付嬢のナーシャさんが立っていた。


「ギルマス、後ろから突然声を掛けては、エトさんが驚いてしまいますよ」

「ホッホッホ。それはすまんの。一応声は掛けたんじゃがな」


 そう言って微笑み掛けてくる老人。

 二人の会話から察するに、この人がギルドマスターのようだ。

 あと、ナーシャさんも同伴なんだね。


「すみません。ちょっと考え事をしてたもので」

「いや、構わん構わん。なにを考えていたのかは大体わかるからの。まあ、取り敢えず立ち話もなんじゃし、あちらの椅子にでも掛けなさい」


 ギルマスはそう言って部屋の隅に設けられたテーブルとイスの方へ視線をやり、再びこちらに向き直った。


「まずは落ち着いて話をしようじゃないか。一応、面接という事らしいからの」

「あ、はい」


 ◆


 この部屋に設置されたテーブルはそれほど大きくはなく、作りも上等なものではない。

 むしろ、ボロいと言っても良いほどのものだった。

 そして、そのテーブルの両側にはイスが一脚ずつ置かれており、やはりそれらもボロい感じのものだった。

 恐らくこれは、ただの休憩スペースだ。

 こんな所で面接するの??


「では、始めるかの」

「あ、はい」


 テーブルを挟んだ正面で椅子に腰掛けているのは、白髪で白髭を長く伸ばしたギルマスらしき老人。

 ナーシャさんは、その斜め後ろに控える様に立っている。


「さて、まずはワシから自己紹介をしておこうかの。

 ワシはこの生産者ギルドのギルドマスターであるポドルじゃ」


 やはりこの老人はギルマスで、ポドルという名前らしい。


 ギルマスのポドルは、この街では珍しい作務衣の様な和風の着物を着ており、さすがの風格と言うべきか、それを見事に着こなしていた。


 ちなみに、その作務衣は恐らくレア装備だ。

 鑑定のスキルを使ったわけではないが、なんとなくわかる。

 例えていうなら、RPGゲームなどで、登場キャラのグラフィックを見ただけで、それがただのモブキャラなのか、今後関わる事になるキーキャラなのかが何となくわかってしまうという様な感じだ。


 勿論、鑑定スキルで調べればはっきりする事だが、流石に人や人の装備品に対して鑑定スキルを使うのは、マナー違反だ。

 それに、もしかすると鑑定をされた側がそれを感知できる様な仕様、あるいはスキルがあったりするかも知れない。

 ここまで来て、余計な事をするのは絶対にナシだ。


「エトです。鍛治生産暦はそこそこ長いけど、ギルドには登録したばかりです」

「ふむ、エトか。また思い切った名前にしたもんじゃな」

「あはは……」


 やっぱり自分を『エト』と名乗るのは悪目立ちする感じっぽい。

 例えば、『私の名前はクレオパトラです』とか言っちゃう様なもんだ。

 うん。おかしい。

 なら、本人だって明かす?

 いや、それはさすがに駄目だろう。


「で、エト君は【目利き】のスキルを持っている様だが、あれが槌だとよく見抜いたのう」

「ん?」


 目利きのスキル?

 なにそれ?

 そのスキルは初めて聞くスキルだ。

 話の流れやスキル名からして、恐らく【鑑定】のスキルのようなものなのだろうとは思うが。


「なんじゃ、まさか【目利き】スキルを知らんのか??さっきの反応を見る限り、てっきり持っているもんだと思ったのじゃが」

「目利き?鑑定みたいなもの?」


 取り敢えず知らないフリをする。

 いや、本当に知らないんだけどね。


「そう。【目利き】スキルじゃ。【鑑定】のような古代スキルは、それこそ500年前の本物の『エト』クラスの人物なら持っていたかも知れんが、今はない。

 まあ、「対象のあらゆる情報を数値として読み取れる」なんて言う、都合の良すぎるスキルが、本当に実在したのかも怪しいがな」

「な、なるほど」


 鑑定スキルはこの世界では存在しないのか。

 思わず鑑定で見た情報を言ってしまうところだった。

 口を滑らせる前に知れて良かった。


「一部の者の間では【目利き】スキルの事を【鑑定】スキルと呼ぶ者もいるようじゃが、それは全く違う。

【目利き】は、何となく察する事が出来るだけのスキルじゃからな。まあ、それでも十分に凄いのじゃが。

 それなり以上の商人になりたければ必須のスキルじゃな」

「なるほど」


 この時代には鑑定スキルは無いけど、その代わりに目利きスキルと言う下位互換の様なスキルがあるようだ。

 私の装備を業物だとすぐに見抜いていた人達は目利きスキルを持っていた、それなり以上の商人や職人だったって事だね


 多分、あの武具店赤猫の店主は間違いなく持ってないね。


「で、結局あの巨大な槌はなんだったんですか?」

「分からん。恐らく鍛治打ち用の槌で間違いはないとは思う。

 太古の時代の冒険者鍛治師が作った物らしいが、目的は不明じゃ」

「太古の時代……」


 要するに、私のいた500年前の時代。

 ゲーム時代の冒険者が悪ノリで作った物と言うことか。

 うん。十分にあり得る。

 ゲームではみんな好き放題してたからなぁ。

 無駄に自由度の高いゲームだったから、プレイヤーが各自でイベントを企画したりして好き勝手に遊んでいた。

 かく言う私も、ロングソードそっくりの魔導士用ロッドとか言う、ネタ武器を作っていた様な気もする。

 性能は二の次の、完全に見た目だけにリソースを振り切った、純粋なネタ用武器だったけど、あれはあれでなかなか評判が良かった。

 たぶん、あの巨大な槌もその類のものだろう。

 鑑定で見た時の作成者の銘を見ても、完全に某アニメを意識して作られた事は間違い無さそうだ。

 私の言えた事でも無いが、ほんと鍛治スキルの無駄遣いもいいところだ。


「太古の鍛治師が遊びで作ったやつかもね」

「ああ。かもしれんな」


 て事はやっぱり、この世界は私のプレイしていたゲームの未来の世界という事で間違いなさそうだ。

 500年後のゲームの世界か。

 私、元の世界に戻れるのかなあ……。

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