第六話 冒険者登録
この世界が500年後の世界だという事を聞いた時から、なんとなくそんな予感はしていた。
500年前のエト、いわゆる伝説の鍛治師エトがどう言う最期を迎えたのかは分からないが、当然、もう死んでいる事になっている。
となれば、その冒険者としての登録データは抹消、少なくとも生存する冒険者のリストからは外れていると考えるのが普通だ。
よって私は、500年前の『伝説の鍛治師エト』と同じ名前の、全く別人の『ただの鍛治師エト』としてこの世界を生きなくてはならない。
要するに、ギルド登録から一からやり直しという事だ。
しかし、これは書類上においての別人と言うだけで、実際のエトは同一人物だ。
なので、身分や肩書きが無くなっただけで、これまでに獲得したスキルや育てたステータスは何も変わらない。
簡単に言えば、無職の一般人に転職したと言うだけだ。
もちろん、ゲームの仕様としてその職に就いていなければ覚えられないスキルというものもあるが、鍛治師としては既にフルコンプしているので、特別困る事はない。
無職の状態でも、ちゃんと【異次元工房】が使えたわけだし。
ただ、ジョブ補正に関しては微妙だ。
ゲームの仕様としてあった、職業によるステータス補正。
これがこの世界でも有効なのかどうかがわからない。
さすがに自分のステータス数値の細かい部分までは覚えていないが、若干減っている様な気もしなくもない。
まあ、気のせいかもしれないけど。
でも、鍛治師として再登録はしておくべきだろう。
どのみち、しばらくはこの世界で過ごす事になるだろうし、わざわざ慣れない職業で始める意味もない。
取り敢えず、ランクは上げた方がいいだろう。
ランクが上がれば色々と融通も効いて動きやすくなる。
たぶん、ランクAまでは割とすぐに行けると思う。
ランクSは……どうだろう。
あれは実力と同じくらい運も必要になってくるし、またレア素材を集めて、一か八かの神級武器の製作をしなくてはいけない。
そもそも、行動の自由度を上げる為だけならそこまでのランクは必要ない。
むしろ悪目立ちするだけの様にも思う。
まずはランクAを目指しつつ、帰還の方法を探していこう。
「よしっ!頑張ろう!」
「そうですね。5人目のランクS目指して頑張って下さい」
「……あ」
そういえば、今は生産者ギルドで受付のナーシャさんに話を聞いている所だった。
すっかり自分の世界に入っちゃってたよ。
「何か?」
「いえ、が、頑張ります」
「はい」
危ない危ない。
思わずキョドってしまった。
取り敢えず心の声が漏れていなくて良かった。
「それで、本日はどういったご用件で?」
「あー、えっと……。そう、ギルド登録をしに来ました。あ、冒険者登録もまだなんでついでにそれも一緒にお願いします」
「え?」
「あ、職業は鍛治師で。腕前はそれなりだとは思うのでちょっと上のランクから始めてもらっても大丈夫です」
「そう……ですか。かしこまりました」
そう言うと、ナーシャさんは何やら難しそうな表情で、私をジロジロ見つめてくる。
「えっと、何か不味いですか?」
「あ、いえ、申し訳ありません。まさか未登録だとは思わなかったもので」
「あー。そういう事。まあ、ちょっといろいろあってね……あはは……」
本当はちょっとどころではないが、さすがに一から説明する訳にも行かないので、なんとか苦笑いで誤魔化しておく。
「……失礼致しました。では、冒険者登録、および鍛治師でのギルド登録でよろしいですね」
「はい。お願いします」
「承知致しました」
そう言ってにっこりと微笑むナーシャさん。
笑顔がとっても素敵だね。
けど、ナーシャさんも何か思うところがあるだろうに、何も聞かずに瞬時に切り替えるのはさすがと言うか、何というか。
「あ、そう言えば登録にはお金かかったりします?」
「いえ、初回の登録料は無料となっております。紛失時の再発行や登録情報の変更の際には手数料が掛かりますが」
よかった。
ここに来て冒険者登録も出来なかったら仕事の依頼も受けれないので、今夜の宿代も稼げずに完全に手詰まりになるところだった。
「では、冒険者登録とギルド登録の手続きをはじめますね。基本説明はどうされますか?」
「お願いします」
「かしこまりました」
そう言ってタブレット端末のようなものを操作し始めるナーシャさん。
何だか「出来る女」って感じでカッコイイ。
「それではまず、こちらのデバイスに魔力を流していただき、所有者登録をしていただきます。
最初の初期設定画面が出ましたら、そこに必要事項をご入力下さい。
今後、そのデバイスが冒険者身分を証明するものとなりますので」
「ほう」
ナーシャさんから渡されたのは、デバイスと呼ばれる葉書サイズの板状の端末。
さっきまでナーシャさんが操作していた、どう見てもタッチ式のタブレットPCにしか見えない端末を小さくしたような感じで、ぶっちゃけどう見てもただのスマホだ。
先ほどのナーシャさんの説明から察するに、これはいわゆる、アニメやラノベでよく出てくる『冒険者カード』の様なものらしい。
ただ、これに魔力を流すとか言ってたくらいだし、電気で動く機械ではなく、魔力で動く不思議アイテムなのだろう。さすがは異世界ファンタジー。
「えっと、魔力を流すんだっけ。やった事ないんだけど?」
「……そうですか。では、デバイスの両端を持って、右手から左手に魔力が流れるようなイメージを思い浮かべてください」
「ほうほう」
私は言われた通り、その端末の両端を持ち、体の中の魔力が端末を経由して右手から左手に流れるようなイメージをしてみる。
すると、デバイスがうっすらと赤く輝いた。
「おお」
これが魔力の感覚か。
スキルを使う時とはちょっと違って、なんか変な感じだ。
魔力を通したデバイスは赤みを帯びたまま、画面にいくつかの文字と空白のテキストボックスが表示された。
「なるほど。ここに入力していくわけね」
まるでスマホの初期設定をする様に、私は画面の指示通りに次々と進んで行き、さっくりと設定を終える。
「これでいいのかな?」
「はい。確認しますね」
デバイスの画面をナーシャさんの方に向けて私が尋ねると、ナーシャさんは覗き込むようにして画面を確認した。
そして、すぐに眉をひそめて顔を上げた。
「あの、失礼ですがこの名前の欄は……」
「はい?」
「いえ、『エト』というのは……」
「あー」
そう言えば、エトってこの世界では結構有名人なんだっけか。
その500年前の伝説の鍛治師の名前と同じだもん、そりゃ驚きもするか。
まあ、私がそのエトなんだけどね。
「たまたま同じ名前なので。気にしないで下さい」
「え!?もしかして本名なんですか!?」
「え、そうだけど……。さすがに偽名で登録するわけにもいかないでしょ?」
「え?」
「え?」
あれ、話がなんか噛み合ってないっぽい?
「もしかして私、何かおかしな事言ってますか?」
「あ、いえ、今回の件はこちらの説明不足によるものです。大変申し訳ありません」
「??」
そう言って頭を下げるナーシャさん。
なぜ謝られた?んんん??
「冒険者の名前についてなのですが、一般的に、冒険者は本名を隠し、自分で決めた冒険者名を名乗るのが一般的になっております。
理由としては、自身の出自を詮索されないためであったり、自身の行動により身内にトラブルが向かないようにするためであったり、そもそも自分の名前を持たないという種族も存在します。
そういった理由から本名とは別の名前で活動する事が冒険者の間では一般的になり、冒険者になる時には別の名前を名乗るというのが、今では主流となっています。
もちろん、本名で活動する事に何の問題もありませんが」
「な、なるほど……」
うーん。そんな事なら偽名を使っておけばよかったかな……。
『エト』って名前は結構有名っぽいし、そのせいで色々とややこしい事に巻き込まれそうな気もするし。
でも、ここまで来たら今更かなぁ。
そもそも、冒険者は本名とは別の名前を使うのが常識って言うのなら、逆に言えば私がエトって名乗ってても、それが本名だとは思われないって事だよね。
家具屋で会ったステラ商会の会頭さんにもエトって名乗ってるし、ナーシャさんにもバレちゃってるし、何より私がエトって名前に愛着を持っちゃってるから、今更違う名前でやっていくのは気が進まないんだよね。
「どうしますか?変更されますか?」
「うーん、すぐに出来るんですか?」
「はい。通常は審査が必要ですが、今回は冒険者登録の完了直後ですので、この場で変更可能です。ただし、変更手数料が発生しますが」
「ふむ。ちなみにいくらですか?8Gくらいですか?」
「5000Gです」
「あ、じゃあいいです」
まあ、足りるわけないよね。知ってた。
いつでも簡単に変更出来るなら、一旦取り敢えず偽名に変えておこうかとも思ったけど、予想以上に高かった。
そんな簡単にぽんぽん名前を変えられたら、それを利用して悪いことをしようとする輩も出て来るだろうし、仕方ないよね。
私の名前はやっぱりエトがいいや。
◆
「ではこれで、冒険者登録及び鍛治師としての生産者ギルド登録は完了いたしました。
そちらのデバイスは今後、エトさんの身分を証明する大切なものになりますので大事にお持ちください」
「うん、ありがと」
「では次に、細かい説明に移りますね。ではまず……」
この後、ナーシャさんから冒険者と生産者ギルドについて、更にはデバイスの使い方についての色々な説明を受けた。
まず、冒険者とギルドに関しては、私の知っている知識で間違っていた部分はほぼ無かったが、知らない部分は多かった。
冒険者は基本的に「流浪人」や「旅人」と同じ分類となる為、冒険者登録をすると国民としての登録が無効となる。
その為、国の行政サービスを受ける事は出来ず、相手から見た自分は、書類上では住所不定の非自国民という扱いになる為、取り引きや契約、裁判などの場面でとても不利だ。
しかし、国民ではない為、国に税を納める必要はなく、国と国を渡る際の移動にも制限がなくなり、国の政策や要請などにも従う義務がなくなる。
また、家族との縁が切れるわけではないが、家督の相続トラブルや望まない縁談などからも解放されるため、それだけの為に冒険者登録を行う者も多いらしい。
ギルドに関しては大体知識通りだった。
ギルドは冒険者登録をしている者のみが加入出来る専門組織。
そして、所属できるのは一つのギルドだけ。
もちろん、生産者ギルドを退会して別ギルド、例えば商業ギルドに加入する事は可能だが、鍛治師という職業を失い、商人になるので、商人ランクも1から再スタートとなる。
一応、レベルや取得したスキルはそのままなので、“鍛治を打てる商人“という育て方も可能だ。
しかし、それには倍以上のギルドポイントや時間が必要となるため、かなり茨の道となる。
結果として、大抵はどちらも中途半端になってしまい、余程の廃人でもない限り、あまり現実的ではない。
そして、デバイスについて。
これに関しては、当然私の知識には全く無い要素だ。
このデバイスはスマホよろしく、とても多機能だった。
身分証としての機能、周辺の地図表示機能、ギルドやほかの冒険者とのメッセージ送受機機能、及び、音声による通話機能。さらには写真撮影機能に動画撮影機能もあり、アラームや時計の機能もある。
うん、これ完全にスマホだね。
あとはゲームアプリのダウンロードとか出来たら完璧だったかも。
「……と、こんな感じです。何か質問などございますか?」
「いえ、色々教えてもらえて助かりました」
「どういたしまして」
そう言ってニコリと微笑むナーシャさん。
色気のある美人系なのに、笑うと可愛いとかマジずるい。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。ちょっと嫉妬を、いや、何でもないです」
「はあ」
危ない危ない。思わず本音が。
てか、冒険者登録も済んだし、そろそろ本題に入らなきゃ。
いい加減に日も暮れて来そうだし。
「それで、早速なんですけど、何か仕事を斡旋して貰えませんか?」
「仕事、ですか?」
「はい。出来れば短時間で済みそうなやつで」
そう、もともとここへは仕事を探しに来たのだ。
さくっと仕事を受けようとしたら冒険者登録されてなかったので、だいぶ時間を使ってしまった。
日暮れまでに何か仕事を受けて宿代を稼ごうと思ってたけど、ちょっと厳しいかな……。
こりゃ、夜通し働くか、野宿も覚悟したほうが良さそうだ。
初日から本当にハードだなぁ……。
「なるほど。仕事の斡旋を希望という事ですね」
「はい。何かいいのありますか?」
「そうですね……」
もしなければ、依頼掲示板から適当なものを選ぶ事になるが、出来ればギルドから紹介された仕事の方がいい。
もっと言えば、ギルド発行の依頼であれば尚更いい。
「なくは無いですが、ギルドからの斡旋となると、仲介料なども発生しますので報酬は低めになりますよ?」
「はい。一泊分の宿代くらい稼げれば大丈夫です」
まだこの世界の事がちゃんとわからない状態で、見知らぬ依頼人と金銭のやり取りをするのは流石にちょっと、まだ怖い。
まさに今さっき、常識の違いを目の当たりにしたところだし、気付かないうちにボロを出したり、無自覚にトラブルを起こすのは目に見えている。
しかも、もしそうなった時に私一人で対処出来る自信が全くない。
むしろ余計にトラブルを引き起こしそうだ。
「宿代、ですか?もしかして、この国の通貨をお持ちではないとか?」
「ま、まあ、そんな感じです」
本当はこの国の通貨はおろか、ほかの国の通貨も持ってないんだけどね。
「そうですか……」
そう言って何やら考え込むナーシャさん。
そんなお手軽な依頼は無いのかな?
「でしたら、『生産初心者補助制度』を利用されてはいかがでしょうか」
「ん?なにそれ?」
そんなのゲームの時にあったかな?
そもそも、さっきの説明の時にも出て来てなかったよね?
「はい。この制度は、新たに生産者を目指す駆け出しの職人向けのものでして、少しではありますが金銭を融資させて頂いております。
失礼ながら、見たところエトさんは初心者の鍛治師でもないようですし、身なりからそれなりに裕福だと思いましたので、説明を割愛しておりました。
ですが、形式上はギルド登録直後の駆け出し生産者扱いにはなりますので、問題なくこの制度をご利用いただけます」
「ほうほう!」
「ただし、上限は10万Gまでで、融資額を決める為の面接審査がございます。小額であれば、即日での貸し付けが可能です」
「それいいね!」
ナーシャさん曰く、一定以上のランクの装備品をその場で作ることが出来れば、1~3万G程度の融資が可能らしい。
それ以上になると、資金の運用方法や返済計画などを細かく審査されるので、割と面倒でオススメしないということだ。
「1万と言わず500Gくらいで十分なので、サクッとお願いします!」
「い、いえ、そんな小額を貸し付けても逆にこちらが困りますので……」
「そう?ぶっちゃけ500Gでもいいくらいなんだけど」
「いやいや、そんなお小遣いみたいな額をギルドから借りようとしないで下さい。能力を高く評価されれば、資金の融資以外にも、空き店舗の提供も可能ですので」
「え!?お店!?それはちょっと興味あるね!」
お店いいね。
ついさっき、自分の大切な店をよくわからないおじさんに乗っ取られたばかりなので、とってもタイムリーだ。
「私、頑張る!」
「フフ、急に元気が出ましたね。頑張って下さい」
「うん、自分のお店は欲しかったしね!」
私が現金にもわかりやすくテンションを上げると、それを見たナーシャさんは笑いを堪えるように微笑み、丁寧語ながらもまるで子供をあやすかのような感じで私に話しかけて来た。
「でしたら、本日は当ギルド会館のレンタルハウスに泊まっていただき、明日の朝から面接を受けていただくということでどうでしょう。レンタルハウスの代金は私が立て替えておきますので」
「え!?!?いいの!?」
「はい」
微笑むナーシャさん。あなたが天使かっっ!!
でも、本当にそれは助かる。
これから面接、しかも本気面接となるとそれなりに時間がかかりそうだし、それ以前に今日は色々とありすぎて流石に疲れたので、そうして貰えるとめちゃくちゃ嬉しい。
「むしろ、面接官のスケジュール的にも、その方が都合はいいので気にしなくてもいいですよ」
「おおお!助かります!!って、あれ?ナーシャさんが面接するんじゃないの?」
「はい。私はただの受付ですからね。おそらく、エトさんの面接は当ギルドのギルドマスターが直接する事になると思いますよ」
「えええ!?」
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