第八話 面接


 ワシが生産者ギルドのギルドマスターになってから、十数年。


 これまでいろんな冒険者と出会って来たが、彼女の様な冒険者は初めてだ。


 目の前にいるのは『エト』という名の、赤い髪をした猫耳族の幼い少女。


 記録に残る『伝説の鍛治師エト』の特徴と全く同じだ。


 なるほど、これは興味深い。



 例のドラゴン騒ぎで、ワシを含むギルド職員全員が大量の仕事に追われていたそんなある日。

 ギルド受付のナーシャが、とある冒険者の面接予定を強引にねじ込んできた。


 その予定内容を見ると、今や誰も利用しない『生産初心者補助制度面接』というものだった。


 今のこの状況をわかっていないはずがないだろうに、どうしてこんな忙しい時に、そんなくだらない事を?

 金がないのなら手頃なモンスターでも狩って稼げばいいし、この制度を利用するにしても、ギルドマスターのワシがわざわざ時間を割いて面接をする必要もない。

 ワシは当然その場で却下したが、ナーシャは断固として引かなかった。


 理由を聞いても、「会えばわかる」の一点張り。

 ワシの言い分も今の状況も、ナーシャは十分わかっているはずなのに、何度断っても引かなかった。


 ただ、ナーシャがその冒険者の事を相当気に入っているという事だけはわかった。


 あのナーシャにここまで気に入られる冒険者というのも珍しい。

 元・考古学師としての肩書も持つナーシャは、当然【目利き】スキルを持っているが、それに以上に“人を見る目“を持った人物だ。

 その冒険者には、よほど変わった何かしらがあるのだろう。


 結局、そんなナーシャのゴリ押しと、ナーシャにここまでさせる、その新人冒険者が気になり始め、ワシはその冒険者に会ってみる事にした。


 会って、すぐに理解した。


 ワシの持つ【目利き】スキルが、とても激しく反応する。

 こんな事は、今までにない。

 目の前には自身を『エト』と名乗る少女。

 その名前から連想される、というか同じ名前である、歴史上の偉人『エト』。

 この2つの『エト』には、何かしらの繋がりがあるはずだと、ワシのスキルが強く訴えてくる。

 恐らく、伝説の鍛治師エトの系譜を持つ、直系、あるいはそれに近い血筋の末裔の一人なのだろう。


 ナーシャはそこまで理解していたわけでは無いのだろうが、彼女独特の直感が何かを感じ取ったのだろう。


 そんな事を考えていると、『エト』と名乗る少女がワシに尋ねてきた。


「あのお、差し支えなければポドルさんの【目利き】スキルはどのくらいの事がわかるのか、教えてもらっても良いですか?」

「ん?どのくらいか?まあ、構わんが」


 ふむ。

 どうやらワシの【目利き】スキルが気になるようだ。

 確かに、このスキルは人によって読み取れる範囲が違うので、自分との違いが知りたいのだろう。


「そうじゃな。大体の事ならわかる。とは言っても、何となくわかるだけのスキルじゃし、かつて存在していたらしい【鑑定】のスキルの様に、あらゆるものが数値や等級で判るような事はないがな」

「な、なるほど。という事は、今日の面接はそれを使うためにわざわざポルドさんが?」

「まあ、それもあるかの」


 たった一人の駆け出し冒険者の面接の為に、ギルドマスター本人がわざわざ出向くというのは、やはりおかしいと思うのだろう。

 明らかに警戒している様がうかがえる。


 このエトという名の少女は、ワシの返事を聞いた上で何かを考えている。


「安心しろ。悪いようにはせん」

「どういう事?」

「エト君はどうにも普通ではなさそうじゃが、あれこれ詮索するつもりなはい。この面接は、エト君の人となりを知るためのものじゃ」

「……わかりました」


 どうやら多少は警戒レベルを下げてくれたようだ。

 本音を言えば、ギルマス権限であれこれと根掘り葉掘り聞きたいところではあるが、流石にそれは横暴というものだろう。

 それに、そんな事をしたらきっとナーシャが黙っていない。

 ヤツを怒らせると、毎日、報復という名の地味すぎる嫌がらせが一日中繰り広げられ、相当に面倒くさい。

 前回は、ワシの読んでいた本のしおりが3ページ進んでいたり、机の引き出しの1段目と3段目が入れ替わっていたり、赤のインクの中身がケチャップに変わっていたりと、問題にするにはくだらな過ぎる、地味な嫌がらせの乱れ打ちを連日仕掛けられ、本当に散々な目に遭った。

 心の底から面倒くさい。



「そうじゃな。まずはエト君が何故鍛治師になろうと思ったのかを聞こうかの。生産職は言わば裏方、他にも色々選択肢はあったと思うが」

「うーん……。

 何故かと改めて聞かれると答えに困るけど……私の父も鍛治師で」

「ほう」

「そんな父を見ていて、何となく鍛治師というものに憧れを持ったと言うか、別にこれって言う明確な何かは無かったけど、でも、私の中で鍛治師への道を思い描いた時、これ以外にはあり得ない、これしか無いって思ったんだよね」

「なるほど。血と言うやつかの」

「あーうん、そう言うことかも。なんか、ちゃんとした理由とかじゃなくて申し訳ないけど」

「いやいや、むしろ下手な理由を並べられるよりも、よっぽどわかりやすくて納得できるわい」

「そっか。ありがと」


 なるほど。

 こやつは驚くほど純粋に、鍛治師という生き方を愛しておるのじゃろう。

 そこには損得や打算は一切なく、恐らく、幼い頃から見て来た父親の背中を追っているのじゃろう。


「ちなみに、お前さんのご両親は今?」

「あー、うん、いや……なんだろ、この世界にはいないと言うか、別の世界にいると言うか……すごく遠いところに居るって言うか……」

「おっと……、無神経な質問をしてしまったようじゃな。すまない」

「え?ああ。いやいや、別にそう言う意味じゃなくて、今は会えないけど、ちゃんと生きてるから」

「そうか。いや、そうだな。大丈夫だ。ちゃんとわかっておる。変な事を聞いて悪かった」

「エトさん……なんて健気……」

「えええ……」


 こんな幼い子供が一人でギルド登録に来ていた時点で察するべきだった。

 話をしていて、どこか見た目よりも大人びた雰囲気をしていたのも、幼いながらに一人でなんとか生きてきたからなのだろう。

 ナーシャもあれでいて、割と子供が好きだからな。

 どうにも放って置けなかったのだろう。


「鍛治師になろうと思った理由はよくわかった。では、鍛治師としての夢や目標は何かあるか?」

「夢?うーん、夢かあ……。まあ、いずれは父を超えたいとは思ってるけどね」

「なるほど」


 やはり、彼女は鍛治師の家系に生まれた子供のようだ。

 今言った目標も、鍛治師家系に生まれた者としては、ごくごくありふれたものだ。

 しかし、このエトに限っては話が変わって来る。

 恐らく、彼女の家系は伝説の鍛治師エトの系譜をもった家系のだ。

 その技術が代々受け継がれていたとするのなら、何故この500年もの間、鳴りを潜めていたのかは疑問だが、その天才的な技術を持っていたのは初代のエトのみで、後進が育たずに没落したと考えるのが普通だろう。

 しかし、この目の前にいる少女からは特別な何かを感じる。

 実際に今、彼女がどれほどの才能を持っているのかは分からんが、もしその才能が隔世遺伝して彼女に発現しているとするならば、この得体の知れない違和感にも説明がつく。

 古代の技術が失われてから約500年。

 これはもしかすると、もしかするかもしれない。


「エト君、君にはどこか才能を感じる。歳もまだ若いのだし、ランクS鍛治師を目指す気は無いか?」

「え?ランクS!?ランクSって事は、神級武器?」

「うむ。父親どころか、世界中の鍛治師たちを超えて、頂点を目指してみるのもいいと思うぞ」


 ここまで言って、実は大した才能を持っていませんでしたとなれば、言い出したワシは大マヌケもいい所だが、何故かその不安は全くない。

 実際、古代の素材が手に入らない以上、Sランクは無理かもしれないが、何かとんでもない事をやってのけそうな予感がする。


「うーん、そういうのは別にいいかな」

「何故だ?」

「色々聞いてた感じだと、たぶん神剣を作っても大事に保管されて使われる事は無さそうだし。むしろ使ったら怒られそうだし。せっかく作っても使ってもらえないんじゃ作りがいがないでしょ。富とか名声とかの為に苦労して飾り物を作る気はないよ。あと、ランクSとか無駄に目立ちそうだし。面倒くさそう」

「なっ……」


 ランクSを、面倒くさそうだと……!?

 悪目立ちしたくないという部分に関しては百歩、いや千歩譲って理解できるとしても、まるで神剣を作る事自体は難しくないような言い方……。

 まさか本当に作れる……いや、まさか。それは流石にない。


「な、ならば、鍛治師として何を目指すと言うのじゃ?」

「これと言って具体的に目指すところは今のところ無いけど、誰かのためになるものを作れて、それで喜んでもらえるのが一番かな。もちろん、より良いものを作りたいから、そういう意味では上を目指す気持ちはあるけど」

「そうか」


 富や名声はその結果として付随して来るものであって、それが目的とはならないと言うことか。

 理解はできるが、なかなか言えることではない。

 記録に残る、初代エトの作品も、言われてみれば実用的なものばかりで、名作として名を残した作品は少なかった。

 そしてそのエト自身も、神剣を作り上げた後に姿を消したと言う。

 まるで、富や名声など必要ないと言わんばかりに。


「わかった。『生産初心者補助制度』の適用を認めよう」

「え!?ほんとに!?」

「うむ。ついては、貸し付け金額を決めなければならんのだが、参考までに、エト君が自分で作った物を見せてもらいたい。このあと実際に鍛治打ちも見せてもらうので持っていなければないで構わんが」

「え?あー。うーん」


 む。何か迷っているようだ。

 迷うと言う事は、自作の何かは持っていると言う事だろう。

 だが、自信がないのか、それとも、何か見せられない理由があるのか。

 後者だとすれば、ぜひ確認しておきたい。


「あるのならば見せてみると良い。もちろん情報は外に出す事はない。作った物の仕上がり具合をみるだけじゃ。出来によっては取引先や、あるいは店舗の斡旋を商業ギルドに口利きしてやらんこともない」

「店舗!?!?あ、出します!!はい、これ!」

「うむ」


 思いの外、凄い食いつきだ。

 そう言えば、店を持ちたがっているとナーシャが言っていたな。


「では、見させてもらう」

「お、お願いします」


 エトが鞄から取り出したのは一本の剣だった。

 というか、マジックバック持ちか。

 身につけている装備品もなかなかの業物と思われるが、マジックバックまで持っておるとは。

 どうしてそれで無一文なのかがさっぱり理解ができん。

 まあ、どれも気軽に売って良いような物ではない事はわかるが、適当な物を作って売れば良いだろうに。


「さて、どれどれ……」


 色々と思うところがありつつも、早速エトから受け取った剣を【目利き】スキルも併用して見てみる事にした。


「……ん?何じゃこれは??」

「え?片手剣だけど??」

「いや、そうでは無くてじゃな」

「名前なら『覇斬の剣』だよ。結構自信作なんだけど」

「知らん。初耳じゃ」

「え?そ、そうなの?」


 これはどういう事だ?

 ギルマスであるワシが知らん武器などあるはずがない。

 あるとすれば、新しく創造された武器か、まだ世に出ていない古代の武器のどちらかだ。


「これはお前さんが作ったんじゃな」

「え、うん。あ、いや、どうだったかなぁ~。あはは」


 ヘタクソか。

 明らかに動揺しまくりで、嘘丸出しではないか。


 しかし、なるほど。出し渋るわけだ。

 実際に切れ味を確かめるまでもなく、これは間違いなく一級品だ。

 これ程までに圧倒的な存在感を放つ武器は、なかなかお目にかかれない。

 しかも、武器図鑑にも未登録の武器ときている。

 さらに、それを作ったのが、まだ年端もいかない猫耳族の幼い少女。

 やはり、伝説の鍛治師の生まれ変わりか。

 ナーシャの奴め、とんでもないのを見つけて来よったな。


「まあ良い。ならば次は、実技試験じゃ」


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