北海道
舞鶴を出航してから20時間後に小樽港に着いた。時刻は午後の8時を回っていて、空はもう真っ暗になっていた。
この時間に小樽に着いても行く所も無く、居酒屋で時間をつぶそうかと思ったが、コロナ禍の時期てもあり、考え直して旭川市まで走る事にした。小樽から旭川市までは4時間弱で着くので、旭岳ロープウェイ手前の無料駐車場で朝まで仮眠を取る事にした。
私が旭川市に来たのは旭岳に登るためだ。
妻は生前、いつか2人で高山植物の開花を見に行きたいと話していた。人に霊が有るのなら妻の霊を連れて、花を見に行こうと思ったのだ。
旭岳は途中までロープウェイがあり実際の登山は大した距離ではなくハイキング気分で登れる。所々に残雪は有るが雪の溶けた所には高山植物が開化していた。私は花の写真を撮ろうとスマホを開けた。スマホの待ち受け画面には妻の笑顔があった。
彼女の霊はスマホの中に居るのだろうか、それとも私の心の中に居るのか、そんな他愛の無い事を考えながら私はシャッターを押した。
私は妻への供養になると思い、大雪山系の山を縦走したり、阿寒国立公園など北海道の山々を歩いた。そして8月の終わりになり最後に北海道の最北端にある小島 利尻山を登った時のことだった。私は早朝4時半頃に登山口を歩き始めた。時間も早いし平日なので私だけかと思っていたら、1時間ほど歩いた所で先行者に追いついた。60代後半ぐらいの男性だった。
「おはようございます!」と声を掛けるとその人は「おはようございます、どうぞ先に行って下さい。この山は年寄りにはきついです。」と言って笑った。
「地元の方ですか?」と聞くと札幌からだと言う。札幌から利尻は遠い、とても地元と言える距離ではない。私が島根から来たことを言うと彼は大変驚いた様子で「登山マニアですねえ、普通 島根県の人は利尻島は知らないでしょう。」と笑った。
ちょうど見晴らしの良い所に出たので一息入れようと立ち止った。彼もそこで休憩しながら「私、山歩きは初心者なんですよ。仕事を辞めたんで暇つぶしです。」と言う。「私はコロナで妻を亡くしましてね、妻は山が好きだったものですから、供養のつもりで歩いてるんです。」と言うと「それはいい話だなあ、奥様も喜んでいらっしゃいますよ。」と言いながらジュースのボトルを取り出した。
「私は68才になるんですが。妻はまだ47才なんです。ですから、もっと仕事を頑張らなければならんのですが、年をとると職場でバカにされるんですよ。なかなか仕事もしずらいです。」「それで仕事を辞められたんですか。」と私が聞くと「バカにされながら仕事をするのもねえ、、妻がね、自分が働くから働かなくて良いって言うんですがね、それは男として辛いです。」と彼は顔を歪めた。
私が歩き始めると彼も私を追うように歩き始める。利尻山は上に登るほど勾配がきつくなる。昼前になってやっと頂上にたどり着いた。海上にある利尻山頂から眺める海の景色は素晴らしい。周りぐるりが海で隣の礼文島が近くに見える。後を追うように登って来た先程の男性もしきりに感動して写真を撮影している。
私はバーナーでお湯を沸かしカッブ麺を取り出した。「あなたも食べますか?カッブ麺は2つ有りますから、、」と誘うと「頂きます、こんな所で食べたら最高ですねえ。」と笑顔で答えた。まったくその通りだ。山頂で食べれば何でも美味いのだ。インスタントコーヒーですら極上の味がする。
カップ麺を食べながら「奥様が若いって事はいい事ですよ。もう少しお仕事 頑張られたらどうですか。」と私が言うと「はい、妻のためにも頑張るつもりなんですがね、、私が言うのもなんですが妻は美人でしてね、、見て下さいよ。」とスマホの写真を見せる。驚いたことに上半身裸のヌード写真で美しい女性だ。ポーズも決まっていてとても48才の素人には見えない。「妻はモデルをやってるんです。いい女でしょう。私ね、最近 下半身が約立たずでね、もう68才ですから。これじゃあ妻に捨てらられるかも知れませんん。」と苦笑いをする。
「人生の大先輩に言うのもなんですが、夫婦はお金やセックスだけでは測れませんよ。妻が亡くなって気がついたんです。もっと深い根のところで繋がってるんです。きっと奥様もあなたを失いたく無いと思いますよ。」と私が言うと「確かに、あなたのおっしゃるとうりです。分かっているんですがね、何とか自分を立て直さないと、、」そう言いながら、彼は立ち上がってリュックを背負い「そろそろ私、降りますので、ご馳走様でした。」そう言って来た道を引き返して行った。
8月が終わると道北は急に秋が訪れる。そして、10月の半ばには北の方から冬が下りてくるのだ。本州と比べると1ヶ月以上季節が早い。私は冬から逃れるように北海道を南下して11月には青森に渡った。そこから東北の観光地をあちこちまわりながら11月下旬には関東にまで南下した。
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