第40話 香澄、激おこ?



 月曜日、俺はウキウキ気分で学校へと向かっていた。

 香澄とは前のデート日から会ってないので、早く会いたい。


 だけど今日は待ち合わせ場所に着いても香澄はいない。


 連絡が来ていたけど、今日は香澄は日直で学校に先に行っているようだ。


 少し残念に思いながら、俺は一人で学校へと向かい、教室に入る。


 香澄はすでに教室にいて、汐見さんと話していた。


 近づいていくと香澄も俺に気づいたようだ。


「おはよう、香澄」

「お、おはよう、誠也……」

「おはよー、誠也くん」

「汐見さん、おはよう。それにしても香澄、今日もすごくかわい……」

「な、奈央! ちょっとお手洗い行こ!」

「えー、もうすぐ朝のホームルームが始まっちゃうよー?」

「い、いいから!」

「あーれー、連れてかれるー」


 香澄は顔を真っ赤にしながら、ニヤニヤと笑っている汐見さんを連れて教室を出ていってしまった。

 なんか違和感を感じたけど、まあ久しぶりに香澄の顔を見れたからよかったかな。


 その後、授業が始まって話すタイミングがなかったのだが、昼休み。


「香澄! 一緒に……」

「きょ、今日はその、優香ちゃんと奈央と三人で食べる約束をしたから!」

「えー、そんな約束した覚えないけどー?」

「う、うるさい! いくよ!」

「あーれー、連れてかれるー」


 またまた香澄と汐見さんはさっさと教室を出ていってしまった。

 ……なんか避けられてる?


「誠也ー、飯食おうぜー」

「……ああ、まあ二人で食うか」


 健吾に誘われて教室で食おうとしたのだが、教室の入り口に優香がいるのが見えた。


「お兄ちゃーん、香澄お義姉ちゃん知らない?」

「ん? 香澄なら汐見さんと優香と一緒に昼飯を食べるって言って、食堂に行ったけど」

「えっ、あ、本当だ。メッセージ来てたけど見てなかった」


 スマホを見て香澄からの連絡を確認する優香。


「優香、なんか俺、香澄に避けられてる気がするんだけど」

「あー、香澄お義姉ちゃんもお兄ちゃんに似て意気地なしなところがあるからなぁ」

「優香さんって意外と辛辣なところあるよな」

「いえいえ、仲良い人にだけですよ、小林先輩」


 後ろから健吾が優香にツッコんでいた。


「なんか二人、仲良くなってる?」

「あー、この間、奈央と優香さんと俺の三人で、ちょっと遊んだからな」

「そうなの? なんかよくわからないメンバーだな」

「まあ、そうかもな」


 なぜそのメンバーが集まったのかわからないが、まあ優香と仲良くしてくれるなら兄としては嬉しいことだ。


「お兄ちゃんと小林先輩はどこで食べるんです?」

「教室で食べようと思ってたけど」

「じゃあお二人も食堂に行きましょう!」

「別にいいけど、俺は香澄に避けられてる気がするんだけど、一緒に食べていいのか?」

「別にメッセージでお兄ちゃんと小林先輩を連れてこないで、とは言われてないんで、大丈夫大丈夫!」

「なるほど、それなら大丈夫だな」

「……大丈夫じゃないだろ」


 後ろで冷静にツッコミを入れていた健吾だが、俺達は食堂へ向かった。


 食堂に着いて香澄が俺のことを見た瞬間、香澄が優香に鋭い視線を向けた。


「……優香ちゃん? なんで小林くんと誠也を連れてきてるのかな?」

「連れてきちゃダメって言われなかったんで!」

「あはは! 優香ちゃん、さっすがー!」

「いえーい!」


 ハイタッチをしている優香と汐見さん。

 この二人も波長が合っていると思っていたけど、だいぶ仲良くなってるな。


「香澄、ここ座ってもいい?」

「……え、ええ、いいわよ」

「ありがとう」


 俺は香澄の前に座り、俺の横に健吾が座った。

 前には香澄、優香、汐見さんという順番で座っている。


「なんか久しぶりにこのメンバーが集まった気がするねー」

「そうですねー。先週はお兄ちゃんがお義姉ちゃんのことを呼び捨てで呼ぶのを意識しすぎて、全然一緒にいられなかったですから」

「うっ、それはごめんって」

「ふふっ、私は二人の空気感を見てるの楽しかったけどねぇ。優香ちゃん的にはもどかしかったみたいだけど」

「私は奈央先輩みたいに経験豊富じゃないですから」

「えっ、な、奈央って経験豊富、なのか?」

「……ふふっ、どうだろうねぇ? まあ健吾も知ってる通り、私はモテるからね?」

「っ……そ、そうかよ」


 なんか健吾が気まずそうに顔を逸らしたのだが、どうしたのだろうか。


「まあ私の話は置いておいて。二人のもどかしくて可愛らしい空気感は無くなったけど、代わりに違う空気感が出てる気がするけど?」

「それも私的には早く解決してほしいです!」

「優香ちゃん、そういうのは若い二人に任せるべきなのだよー」

「私の方が若いですけど?」

「あはは、そうだったね」


 なんか想像以上に仲良くなっている二人だ。


 違う空気感というのはよくわからないが、前は俺の方が香澄を避けていたけど、今は香澄が俺のことを避けている感じはある。


「香澄」

「っ……な、なに」


 香澄は頬を赤くしたまま、俺と目線を合わせずに返事をした。


 やはり香澄の様子がおかしく、俺は少し避けられているのは確かのようだ。

 それなら……。


「香澄、俺は待つから」

「……えっ?」

「俺だって先週は香澄を避けてたし、香澄には待ってもらってたから」

「あれは別に、誠也に呼び捨てを求めたからで、私が待つのは当然だったし……」

「それでも待たせたのは俺だから。次に待つのは俺の番だよ」

「――違う」


 香澄が小さな声で、だけど強くそう否定した。


「えっ?」

「違う、待たせたのは、私でしょ……?」


 身体を少し震わせ、俺のことを睨むようにしながら言った。


「いや、俺が呼び捨てで呼ぶのを待たせて……」

「私の方が、ずっと待たせた」

「えっと、何を?」


 そう問いかけると、香澄は顔を真っ赤にしながら真っ直ぐと俺の目を見つめてくる。


「ずっと、返事を、待たせたから……」

「返事?」


 何のことだかよくわからない。

 俺が首を傾げると、香澄は我慢出来ないというように徐々に大きな声になり始める。


「ずっと待たせたでしょ……! 私が、意気地なしだったから……!」

「別に俺は何も待ってないけど……」

「っ! 待たせたわよ!」

「か、香澄、落ち着いて」

「ずっと好きって言ってくれたのに、ずっと結婚しようって言ってくれてたのに……!」


 香澄はブツブツと呟いてから、顔を真っ赤にしたままキッと俺を睨んでくる。


「私はもっと、誠也と対等でいたいの! だからもう、待たせないから! ようやく、誠也の気持ちに答えて、もっと対等になって、並びたいと思ったのに……!」

「香澄……?」

「……決めた」

「えっ?」

「私は、もう、待たせないから」


 香澄は顔を赤くしたまま、俺を睨みながらそう宣言した。


 どういうことだろう?


「誠也、さっきまで避けてて、ごめん」

「えっ、あ、うん、大丈夫だけど」


 なんか冷静になったのか、静かにそう謝ってきた。


 香澄、大丈夫かな、情緒不安定じゃない?


「私が誠也に、だ、大好きって言ったから、恥ずかしくて逃げちゃったの」

「っ! そ、そっか」


 まさかそんな正直に言われるとは思わず、俺も顔に熱が集まる。


「だから誠也のせいじゃないし、誠也が待つ必要はないから。私が、は、恥ずかしいのを、我慢すればいいだけだし、うん」

「そ、そうかもだけど、無理してない? 大丈夫?」

「む、無理してないと思う?」

「すごい無理してると思ってるよ」


 めちゃくちゃ顔真っ赤だし、涙目だし、身体がプルプル震えている。


「だけどもう、私は、待たせないって、決めたから……! 無理しても、頑張るの……!」

「香澄、無理してるんだったらやめた方が……」

「だ、だから! 私は誠也と対等にいたいから、やるの!」


 顔を真っ赤にしながら声が大きくなるから、周りに声が響く。


 ここは食堂だから周りに人がたくさんいて、香澄の声ですでに少し注目を浴びていた。


「香澄、周りに人いるから、少し声を押さえて」

「っ……う、ううん、私が誠也と対等にいるには、人に注目されてても、やらないといけない。だって誠也はずっとやってきたんだから」

「俺がやってきた? 何を?」


 そう問いかけると、香澄は真っ赤な顔のまま立ち上がった。


「誠也!」

「は、はい!」


 大きな声で名前を呼ばれたので、俺もバッと立ち上がってしまった。


 食堂中の人の目が俺達の方を向いた瞬間――。


「――だ、大好きよ!」

「……えっ?」


 その言葉に、俺は惚けた声を出してしまった。


 ガヤガヤとうるさかった食堂も、香澄の声が響いたのかとても静かになる。


「いつから好きかは覚えてないけど! 小学校の頃から好きだし、ずっと好きだったわ!」

「えっ、あの……」

「これからは対等で、なりたいから! だから私が、これから毎日、告白するわ!」

「えっ!?」

「誠也は十年間、ほぼ毎日やってくれたんだから、私も十年間、やり続けるわ!」

「か、香澄、マジで……?」

「マジよ!」


 十年間、つまり二十六歳くらいになるまで、ずっと?


「だ、だから、今日から、始まりだから……!」


 香澄はチラッと周りを見てしまい、すごい注目を浴びていることに気づく。

 いや、気づいていたんだろうが、改めて認識してしまったようだ。


 しかし香澄は、真っ直ぐと俺の目を見て――。


「誠也、私と、け、けっこ――!」

「っ……!」

「――……っ! や、やっぱりむりぃ!!」

「えぇ!?」


 俺も周りの人達も次の言葉を待っていたのだが……香澄は恥ずかしさが限界突破したのか、その場から走り出して食堂から消えてしまった。


 香澄があんなに速く走っているところを、初めて見た……。


 シーンとしていた食堂はまたガヤガヤと騒ぎ出したが、まだ俺のことを見てくる人達が多い。


 だがもう見られても特にやることはないのだが、香澄もいないし。


「……お兄ちゃん、とりあえず座りなよ」

「えっ、あ、ああ、そうだな」


 優香に言われて、椅子に座る。


「っ〜〜! ま、まさか、香澄が、あんなことするなんてね……!」

「奈央先輩、笑いすぎじゃないですか?」

「あはは、だって、しょうがないでしょ? もちろんすごい頑張ってたのは認めるけど、最後は逃げちゃって……!」

「ふふっ、だけどお姉ちゃんの性格的によくあそこまで頑張ったなって思いますよ。お兄ちゃんと対等になりたいって言ってたけど、よくわからないところを対等にしたなって思います」

「十年間、誠也くんに告白するんだって。楽しみだね、誠也くん」

「あ、ああ、そうかな?」


 香澄の方から、これから告白され続けるのか?


 さっきの告白もすごい嬉しかったし恥ずかしかったのに、これから毎日?


 ……幸せすぎて死ぬんじゃないか、俺。


「あーあ、私も誠也くんや香澄みたいに、みんなの前で愛の告白をしてくれる男性がいれば、すぐに付き合っちゃうのになぁ」

「ぶふぅ!?」


 ん? 俺の隣で水を飲んでいた健吾が、コップ内に水を噴き出した、汚いな。


「んー? 健吾、どうしたのー?」

「い、いや、なんでもないけど……?」

「そっかー」

「……マジでか、え、告白するとしたらあんな感じで、恥かかないといけないのか? 普通の告白じゃダメなのか? 今みたいなのを、俺が? だけどやらないと、付き合えないっていうなら、やるしか……」


 健吾はなぜか顔を赤らめた状態で、口元を隠して何かブツブツと言っているが、隣にいる俺にも聞こえなかった。


 汐見さんにも聞こえてないと思うのだが、健吾を見て楽しそうな笑みを浮かべていた。


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