第39話 本気のプロポーズ



 施設を出て外に出ると、もう夕方になっていて日も沈みかけていた。

 夕飯はそれぞれの家で食べるつもりなので、もう帰ることになった。


 電車に乗って最寄駅に着く頃には、ゲーセンを出た時の恥ずかしさはなくなっていた。


「誠也、呼び捨てするのには慣れた?」

「まあそうだね。ようやく慣れたって感じかな」

「そう、ならいいけど。ずっと不自然な感じだったから、今日で慣れなかったら戻してもいいと思ってたから」

「えっ、そうなの?」

「まあ誠也が慣れないでそこまで難しいっていうなら、もう戻してもいいと思ってたわ。だけど慣れたのなら問題はなさそうね」

「うん、呼ぶのは大丈夫だと思うよ」


 ただいつもの告白が呼び捨てで出来るかどうかは、別の問題だった。


 だけどさっきのプリクラでの出来事で、ようやく出来るようになったと思う。


 それをこのデートの最後に、伝えよう。


 最寄りからしばらく歩き、香澄の家の前に着いた。


「香澄、ちょっと話があるんだけど、いい?」

「……ええ」


 もう告白のことについてだと気づかれているようで、香澄も少し緊張しているようだ。


 多分、今日は言える。

 だけどまず、今まで言えなかった理由がなんなのか。


 それが俺の中で少し整理出来たから、それを伝えよう。


「香澄。ここ一週間くらい、避けててごめん」

「いえ、それはいいわ。私がいきなり呼び捨てで呼んでって言ったから、それに慣れるまで時間がかかるのはしょうがないと思う」

「だけど避けたのは申し訳なかった」

「……まあ少し寂しかったのは否定しないけど」

「うん、ごめん。これからは大丈夫だと思うから」

「今日のデートで、呼び捨ては慣れた?」

「そうだね、結構慣れた」


 俺は一度息をついてから、話す。


「初めて出会った時からずっと『香澄ちゃん』と呼び続けてたから、それに慣れてた。それと、それによって成長が出来てなかったんだと思う」

「成長が、出来てなかった?」

「小学一年生からずっと呼び続けてたから、なんとなくだけど、小さい頃に惚れた女の子、可愛らしい女の子、という印象をずっと持っていたのかもしれない」


 小さい頃に一目惚れてして、ずっと「香澄ちゃん」と呼び続け、プロポーズをし続けた。


 それに関しては全く後悔はないし、もう一度小学生からやり直せるとしても、同じことをし続けただろう。


 だけど俺の中で、「香澄ちゃん」というと小学一年生の頃に惚れた、可愛い女の子というイメージのままだったのかもしれない。


 もちろんずっと一緒に成長してきたのはわかってるけど、「香澄ちゃん、結婚しよう」と言うのが、小学一年生の頃から感覚が変わっていなかったかもしれない。


 だから気軽に言えたし、毎日言ってきた。

 本気で言ってきたつもりだし、毎回断られる度に傷ついていたつもりだ。


 だけど「いつも通り断られる」と心の中でどこか諦めていたかもしれない。


 だが「香澄」と呼び捨てすることによって、気軽にプロポーズが出来なくなった。


 それは多分……。


「香澄って呼び捨てすることによって、香澄が女性として成長して、もう結婚出来る歳になって、本当に本気で結婚が出来るようになったと認識するようになったんだと思う」

「っ……そ、そりゃ、成長するわよ」

「うん、当然だ。だけど俺はそれに気づかず、小学一年生の頃の『香澄ちゃん』に何度もプロポーズしているような感覚だったのかもしれない」

「……そう、かもね」


 十年間、変わらずに、ずっとプロポーズしてきた。


 それは気持ちが変わらずにしてきたから、すごいことなのかもしれないけど、成長していないと変わりないのかもしれない。


 だけど今は、可愛い女の子の「香澄ちゃん」じゃない。


 成長してとても綺麗になった、だけど今も可愛らしい「香澄」に、告白するんだ。


「――香澄」

「……なに?」


 ああ、緊張する。

 もしかして俺は、プロポーズする時に緊張するのは、初めてかもしれない。


 小学一年生の初めて出会った瞬間にプロポーズをしてから、その後はずっと勢いでしてきたから。


 だから今、初めて、緊張しながら、言う。


「俺は、香澄が大好きだ。初めて出会った時から変わらない、むしろその想いは香澄を知っていくことでもっと大きくなった」

「っ……」

「香澄……結婚しよう。一生、香澄と一緒にいたい」


 心臓がバクバクと鳴りながらも、俺は香澄にそう告げた。

 香澄もいつもとは違い、顔を真っ赤にしながら聞いてくれた。


 ああ、本当に、心臓が口から飛び出そうだ。


 告白っていうのは、ここまで緊張するものだったのか。


 香澄の返事はいつもよりも遅かったのか、それとも俺の体感の時間がとても遅く流れたのか。


 ようやく香澄が、口を開く。


「……むり」


 いつもの答え、だ。

 わかっていた、ことだろう。


 十年間も告白してきたんだ、俺の告白する時の気持ちが変わったくらいで、答えが変わるわけがない。


 だけど、いつもよりも……胸が張り裂けそうなほど、痛いな。


「――今は、むり」

「……えっ?」


 答えに何か付け加えられたようだが、よくわからなくて聞き返した。


「い、今は、って言ったの」


 香澄は顔を真っ赤にして、視線を逸らしながら言った。


「今は……って、どういうこと?」

「っ……だ、だって、誠也は、その……まだ結婚できる歳じゃ、ないじゃん」

「……あっ、確かに」


 俺と香澄は高校二年生、つまりまだ十六歳、今年の誕生日で十七歳を迎えるだけだ。


 十八歳にならないと結婚は出来ない。


「だ、だから……今は、むりでしょ」

「え、えっ? それってつまり、俺が十八歳になったらいいの?」

「っ……せ、せめて高校卒業してからが、いいけど……」


 香澄の言葉に、俺はさっきの胸の痛みが消えて、心臓が興奮で跳ねていた。


「こ、高校卒業したら、結婚してくれるの?」

「ま、まだわからないけど……この先のことなんて、いろいろ変わるかもしれないし……」


 確かにそうだけど、それはなにが変わると思ってるのだろう。


 もしかして俺の気持ち?


「俺が香澄を好きじゃなくなるなんて、絶対にありえないけど」

「っ、そ、それは別に、疑ったことはないけど……」

「じゃあ、香澄の気持ちってこと? えっ、というか、香澄は俺と結婚していいの?」


 香澄の気持ちはどうなんだろうか。


 今は結婚してもいいと思っているけど、今後は変わるということだろうか。


「俺から結婚したいって言ったけど、無理に結婚したいって思ってるわけじゃないから。香澄がしたくないなら、俺はすごい残念だけどまた頑張るから」

「……私は、高校卒業したら、って言ったけど」

「うん、だけどその、無理に結婚してもいい、って言ったんなら……」

「私が、誠也に押し切られて、仕方ないと思って結婚すると思った?」

「えっ?」


 顔が赤いまま香澄は俺のことを少し睨んでくる。


「こんな長い付き合いなのに……好きでもない相手と結婚してもいいって、私が言うと思ったの?」

「い、いや、そんなことは……」


 少し怒っているように言う香澄。


 しかしそれなら、つまりは……。


「私は――昔から真っ直ぐで、バカで、アホで、可愛くて、最高にカッコいい、好きな人じゃないと……絶対に、結婚したくないから」


 香澄は顔を真っ赤にしながら、俺のことを睨みながらそう言った。

 その言葉に俺は呆然とし、頭で理解しても心で理解するのが遅れた。


 香澄は、好きな人じゃないと、結婚しない。


 俺とは、高校を卒業をしたら、してくれる……。


 ということは、つまり――。


「っ……も、もう私、家に入るから!」


 俺の返事がなかったからか、香澄は顔を真っ赤にしながら早足で家へ入ろうとする。

 俺はハッとして、急いで呼び止める。


「香澄!」

「っ……な、なに?」


 もうすでに香澄はドアを開けていて、半身が家の中に入ろうとしている。


 今日の別れの言葉、最後の一言は……。



「香澄が大好きだ! 愛してる!」

「っ……わ、私も、大好きよ! 誠也のアホ!」



 顔を真っ赤にしながらそう叫んだ香澄は、バタンと扉を閉めた。


 俺はしばらく香澄の家の前で呆然として……ようやく、香澄の言葉を理解した。


 身体が、震え始める、喜びで。


 香澄ちゃんが、俺のことを、好きって、言ってくれた……!

 俺はその感動に酔いしれながら、家への道を無心に歩いていた。


 そして家に着き、「ただいま」も言わずに自分の部屋に行き、ドアを閉める。


 ここだったらもう、誰にも注意されることなく、喜びを露わに出来る。


「――よっしゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

『お兄ちゃん、うるさい!』


 隣の部屋にいる優香に壁ドンされてしまった。


「ごめん!! しゃあああぁぁぁぁぁぁ!」

「うるさいって言ってるでしょ!?」


 優香が部屋に突撃してきた。


「悪い! ちょっとこの気持ちの衝動が抑えられない!」

「香澄お義姉ちゃんとデートしただけで? 前からして……いや、この様子だと本当に今回で進展があった?」

「おっしゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

「お兄ちゃん、枕に顔を埋めて叫んどいて。私はお義姉ちゃんに詳細を聞かないと!」

「わかった! ぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!」


 だいぶ抑えられた俺の声だが、まだ叫び足りなかった。


 嬉しすぎて、爆発しそうだ。


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