第34話 いつ呼び慣れるのか



 昼休みが終わって、放課後。


 部活もやってないのでいつものように帰ろうとして、バッグを持って誠也を探す。


「誠也、一緒に帰ろ」

「あ、うん……香澄、帰ろうか」

「……うん」


 やはりまだ慣れないのか、少し視線を逸らしながら名前を呼ぶ誠也。


 そんな溜めて名前を呼ばれると、私も毎回ドキッとするからやめてほしい。


 二人で教室を出る直前、小林くんが誠也に話しかける。


「お、誠也、お前も普通に帰るのか?」

「そうだけど、お前もってことは健吾も? 部活は?」

「今日はないんだよ」

「そうなのか、珍しいな」

「そうなんだよ。だから一緒に……」


 小林くんが言い切る前に、その後ろから近づいてきた奈央に腹を小突かれた。


「うっ!?」


 不意打ちで脇腹を突かれたので、呻いて脇腹を押さえる小林くん。


「健吾ー、ほらー、今日は私と一緒に帰るよー」

「お、お前……なんで、脇腹を……というか力強すぎじゃね……」

「えー、こんなか弱い女の子に力が強いなんて、健吾は本当に冗談が好きなんだねー」

「冗談じゃねえよ……」

「ということで誠也くん、香澄、私達は先に帰るねー」


 脇腹を押さえている小林くんを連れて、奈央がさっさとこの場を離れていってしまった。


「なんだったんだろう……だけどあの二人はやっぱり仲良いね」

「まあ、そうね」


 多分、奈央が気を使って、私と誠也を二人きりで帰るようにしてくれたのだろう。


 その気持ちはありがたいけど、小林くんの犠牲が可哀想と思うけど……。


 まああの二人もおそらく両想いだし、別にいいのかな。



 そのまま二人で学校を出て、帰路に着く私と誠也。


 しかしいつもは誠也から話しかけてくれたりするんだけど……。


「……」

「……」


 誠也はやはりというべきか、無言だった。

 まあ別に私から話しかければいいし、気まずい雰囲気とかではない。


「誠也、水曜日からテスト期間だけど、今回はどう?」

「あ、ああ、いつも通りって感じだね」

「つまり全部満点取れるってこと?」

「ケアレスミスをしなければ、特に間違えるところがないくらいには勉強してるからね」

「さすがね、誠也。私も一つくらいは誠也に勝つか並ぶくらいにはなりたいわ」

「香澄……も、そのくらいは出来ると思うよ。数学とかの理系科目だったら、俺よりも出来るんじゃない?」

「前の勝負で勝ったのは誠也が計算式を書いてたのに、私は暗算をしたから早かっただけでちょっとしたズルだけどね」

「難しい応用問題を暗算で出来るってのがすごいと思うよ」

「まあ、ありがと」


 ……なんだかやっぱり話もぎこちない。


 誠也が私を褒める時も、いつもの勢いが足りない感じがする。


 多分、「香澄ちゃん」って呼べないから、そこが難しいのだろう。


 ……そういえば今日、「結婚しよう」って言われてない。


 いや、別に毎日言われないと不安になるとかじゃなくて、誠也が毎日言ってるから……って前に同じような言い訳を自分で考えた気がするわね。


 多分、それも呼び方が変わったから、言いづらいだけだろう。


 そんなことを考えながら誠也と喋っていたら、もうすでに私の家の前に着いていた。


「……送ってくれてありがとう、誠也」

「いや、送るのは当たり前だよ……香澄」


 いつもはすぐに「じゃあね」「まあ明日」と言って別れるんだけど、今日は私も誠也も、家の前で足を止めた。


「えっと、香澄」

「ん、なに?」

「っ……い、いや、なんでもない! また明日、香澄」

「……うん、じゃあね」


 誠也は何も言うことなく、頬を赤く染めたままその場を去っていった。


 いつもの「結婚しよう」と言われることはなかったけど、前のように心配になることはないかな。


 今はまだ呼び捨てで呼ぶことに慣れてないけど、慣れてくれればいつも通りに戻ると思うから。


 そう思いながら私は家に入ったが……その時の私は、考えもしなかった。



 ――誠也がここから何日も、呼び方に慣れないなんて。


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